僕たちの最後の、足跡
二学期に入った。
あの日以来、春奈と連絡がとれない。
「大丈夫?」と一件のメールを送ったけど、未読無視。
既読さえつけてもらえない。電話してみようかと思ったけど、やめた。
僕は何かあったのではないかと心配していた。
学校が始まってから、いつものように部活も始まって、放課後はそれで残っていた。
先輩が、春奈について呟き始めた。
「滝谷春奈さん」
「! 知り合いなんですか?」
「ううん。さっき人と話してて変な噂を聞いたんだけど」
「私も聞いた。あの、あれでしょ? あれ」
言いにくいのか、誤魔化している。誰かに、言わせようとしている。
「君知らないの? 有名だけど」
「知りません。教えて下さい」
有名ってことは、最近始まったことではないのかな。そうとも限らないか。
僕の心はいつもよりザワザワしていた。
話を聞きたいけど、聞きたくないような。
「いろんな男と、その、ヤッてるらしくて」
嘘だ。僕はホッとした。春奈がそんなことするわけない。
僕は知っている。
彼女がそんな人ではないことを、多分、この学校で一番わかっている。
確かに可愛いけど、浮気をするような人ではない。
真っ直ぐで、純粋で、自分の考えや意思を曲げない人だから。
「ほら、よく言うさ。レイプ」
その言葉を聞いたとき、大きな岩石が頭にぶつかったように、何も考えられなくなってしまった。
浮気ではなく、周りからの無理矢理な接触。
それなら納得できたからだ。
「それ、いつ、誰がやったんですか?」
おそるおそる聞いた。
先輩たちは目を合わせた後、部長が口を開いた。
「花火大会の日、私たち三年A組の男子五人」
僕は走ってその教室に向かった。
先輩たちの止める声が聞こえた、僕の名前を必死に呼んでくれたけど、そんなの聞こえないくらい自分の気持ちに支配されていた。
そう、怒っていたんだ。
教室には男子がいた。
僕は入らず、その人達の話を聞いていた。
「ダンス部終わった後、狙えるよな」
多分、こいつらがやったんだろうと、想像出来た。
当たっていた。
「春奈って意外とピュアだったんだな」
殺してしまおうか。
僕は教室に入り、先輩を殴った。
思いきり、気が済むまで。
でも気がつくと僕はボコボコにされて倒れていた。
唇が切れて、空気にあたるとヒリヒリした。
足が重くて動かない。お腹も蹴られて痛かった。
頬はあざが出来ているのか、口を開けるとちょっと痛くて。
でも、こんなの痛みに入らない。
春奈が受けた痛みに比べれば、僕なんて、僕なんて__。
しばらくすると、部活の先輩たちが来て、僕を介抱してくれた。
保健室から道具を持ってきて、包帯を腕に巻いてくれたり、頬にシップを貼ってくれた。
唇にも絆創膏を貼ってくれて。僕はその優しさに助けられて、泣きそうになった。
「好き、なんだね」
僕は黙って頷いた。
だって僕は、春奈の彼氏だ。
当たり前だ。なんて思ったって、先輩たちはそのことを知らない。
誰にも言わないって約束したから。
下校時刻になって、鞄を持って下駄箱に行くと、ダンス部がいた。
丁度、ミーティングが終わったんだ。
春奈の姿を探した。でもいなくて、今日は早めに帰ったのかと思った。
僕は先輩たちと校門の前で別れて、駅に向かった。
信号が赤で、そこで立ち尽くしていると、後ろから袖を軽く引っ張られて、ゆっくり後ろを向いた。
「冬樹」
そこには春奈の姿があって、僕は少しだけ口を開けて、驚いた。
僕たちは一緒に帰った。
「ごめんね、花火大会」
声が暗かった。いつもと違う。
「ううん。何かあったの?」
知っていながら、聞いてみた。
黙っていた。
僕は、ちょっと意地悪してしまったと反省した。
「ごめん、実はさっき花火大会のこと聞いた」
春奈は悲しそうな顔をして僕を見た。
もう少しで泣きそうだった。
「ごめん、ね」
もう泣けば良いのに。
「さっきね、冬樹が三年生の教室に行ったこと、文芸部の先輩から聞いて」
まじか、言ったのか。途中からいなくなったと思ったら。
「花火大会のことも、今日のことも、ごめんなさい」
彼女の右目から、涙がこぼれ落ちた。
僕は我慢出来なくて、抱きしめた。
笑ってるところも、悲しんでいるところも、泣いているところも、全部かわいい。
僕はなんでも許せた。
「いいよ。大丈夫だから」
「でも、怖くて、連絡も返せなくて・・・・・・」
「僕が春奈だったら、同じことした。いや、君みたいに、素直に謝れるかもわからない。
だから、そうやって素直に言ってくれて嬉しいんだ。僕はそれだけで充分だ。
今度は、ちゃんと僕が守るから。」
そう言ってあげると、春奈は小さく声を出して泣いた。
ずっと、ずっと、泣いていた。
誰もいないこの道で。
とっくに夕日が沈んだ、この時間に。
春奈が泣き止むと、僕は彼女を家まで送った。
僕の家から近いから、安心した。
こういうとき、近所っていいなと思った。
近所といっても二〇分くらいだけど。
「ありがとう。冬樹が好きで、よかった」
僕は優しく微笑んだ。
それからは、またいつも通りの日常が始まる、と思ってたのに。
また、嫌なことが起きるんだ。
文化祭の日がやってきた。
去年は執事喫茶とかやってたなとか、思い出していた。
「今年は、劇やるよ!」
教室で、シンデレラをやるそうだ。
正直楽なことだから嬉しかった。僕は多分、照明といった脇役だろう。
簡単だ、あまり人と関わらないから、間違えなければいいんだ。
役決めをすると、予想取り僕は照明。立候補だけどすんなり許してくれた。
「待って。冬樹は王子さまやってもいいんじゃない?」
彩花が変なことを言った。
周りの女子は「確かに良い顔してるけど」と言い出す。
やめろ、やめろと心の中で一生懸命願っていた。
でも僕の願いは叶わなかった。
「じゃあ渡辺が王子ね。シンデレラは誰がやる~?」
「彩花でいいんじゃない? 渡辺と仲が良いし」
そんなこんだで、彩花がシンデレラ役になる。
僕は目立ちたくないのに。
春奈のクラスは何をやるんだろう。
「え、被った?」
実行委員が「は?」と怒った顔をしてる。
他のクラスと出し物が被ったということか。
どこのクラスだろう。
「隣のクラスだって」
耳がピクッとした。隣のクラスといったら、春奈の暮らすだろう。
僕はF組だから。隣はEしかいない。
きっと春奈がシンデレラやるんだろうなと思った。
似合うし。
相手役が気になった。
何日か経って、文化祭の話をした。
「隣のクラスと勝負することになった」
えっ、てことは僕、責任重大じゃん。
やらなければよかったよ。
「任せたよ! 役の人! 特に主人公さんたち!」
僕はこの日から部活を休み、放課後や昼休みを劇の練習に使った。
勝負に勝ったら何かしてもらおう、そういう景品はなかったけど。
僕は劇が得意ではないから、頑張らないといけないっていう、気持ちが強かったんだ。
彩花はいやという顔も見せずに僕の手伝いをしてくれた。
「ありがとう」「ぜーんぜん。私が無理矢理やらせたようなもんだし」と少し反省しているようだった。
でも王子をやると了解したのは僕だったから、誰も悪くないんだよな。
絶対、成功させよう。
家では、春奈と電話をしていた。準備期間中で、ダンス部はかなり忙しいみたいだけど。
やっぱり、春奈はシンデレラ役だった。
「相手は、春樹って人」
聞いたことがある。スポーツ万能で、すごい女子に人気な人だ。
春奈は「ふふっ」と笑った。
「反対だね。春樹と、冬樹。ほら、感じが」
ああ、確かに。
「春奈と春樹は、一緒だ」
僕はそう言った。自分で言ったのに、ヤキモチを妬いた。
やっぱり僕たちはあわないのかと思い知らされる。
「私は冬樹のほうが好き。名前だけで左右されないでね?」
意表をつかれる。
名前だけで比べてたから、ちょっと落ち込んでいたけど。
そうだな、気にすることないよな。
「春と冬は反対だけど、それでいいじゃない。違うから、いいんだよ」
「みんな違って、みんないいってやつ?」
「そうそう!」
励ましてくれているのか。僕はフッと笑った。
「僕も、春が好き」
電話越しだと、声が一番身近に聞こえる。
耳に囁くような感じになる。
だから、春奈は恥ずかしそうだった。
「は、春が好きなんだ?」
「春奈が好きだよ」
また恥ずかしがった声が聞こえる。
「も、もう・・・・・・。私も冬樹が好きだよ」
「うん。ありがとう」
幸せだ。
初めてできた友達が、初めて恋をした人で、初めての恋人となった。
こんなことあるか?僕ぐらいだろう。
文化祭、頑張ろうと思った。
「沢山人来てるよ」
文化祭当日、本当に人は沢山来ていた。
教室で劇をやるとはいえ、かなり並んでいた。
春奈の教室のほうもけっこう並んでいた。
「投票で決めるんだよね」
うわああ、さらに緊張してきた。
投票とか、僕一人だったら惨敗だぞ。
「今までの努力、無駄なくね」
「うん」
「似合ってるよ、その衣装」
「彩花も、似合ってる」
顔を真っ赤にしていた。
僕は笑ってしまった。
午前はたくさんの人が来ていた。
その中に、春奈もいた。恥ずかしかったけど、頑張ったつもりだ。
午後は休憩時間が
少し入って、春奈の暮らすに行っていた。
正直、似合いすぎて、鼻血が出そうだった。
可愛かった。
ウェディングドレスとか、絶対、絶対、似合う。
春奈は僕に気付いたのか、恥ずかしそうにしたけど、手をふってくれた。
僕も小さく手をふった。
劇が始まると、観客の女子は王子役に夢中だった。
本当に、本物の王子のようだった。
やっぱり僕だと、春奈に釣り合わないな。
あんなに綺麗な子が、僕なんかと付き合っていていいのだろうか。
劇中はそればかり考えていた。
文化祭が終わる。
投票の結果、E組の圧倒勝利。
僕たちF組は負けた。
当たり前だな、って思ったけど、悔しかった。
あんなに練習したのに、僅差でもなく、圧倒的に負けたんだ。
ため息をついていると、後ろから声をかけられた。
「ふーゆーき君」
あ、えと、島田瑞希さんだ。
どこがいいのかわからない僕のことを好きと告白してきた。
最近は連絡とってなかったから、忘れていた。
「劇、上手だったから投票したよ。あーあ、私が冬樹君のシンデレラやりたかったな~」
「頑張ったけど負けた。これって、役をやる人が重要だよね」
なんで他人にこんな話してるんだろう。
でも口が動いてとまらなかった。
「春樹って人と、滝谷さんは似合っていた」
「バカ」
背中を叩かれる。
驚いた。
「そんなこと考えてたら、劇なんて出来ないよ! 私はE組だけど、Fの劇のほうが印象的だったからそっちに投票したんだからね。他の人と同じにしないで」
「・・・・・・ははっ」
笑ってしまった。おかしいんだ。
こんな人、春奈や彩花以外にもいたんだな。
そうだよな、世界って広いんだ。この学年にもいろんな人がいるんだ。
僕がみようとしなかっただけで、たくさんいるんだよ。
「おかしかった?」
「あ、ごめん。おかしくない。違うから」
「あははっ、冗談だよ。笑った顔見れて嬉しい」
なんだか恥ずかしい。
「君さ、僕の何がいいの」
「雰囲気かな。普通で、静かで」
けなしているのか褒めているのかわからないけど、褒めてるんだよな?
「でもやさしい目元だったから、その一面に惚れたの」
真っ直ぐな目だな。
春奈とは少し違うけど。
「瑞希!」
「? 春奈! お疲れ様!」
島田さんは春奈に抱きついた。
その時に、春奈は僕を見て気まずそうだった。
島田さんは、他のクラスに行くと、僕たちは二人になった。
「屋上に行こう」誰もいないだろうから、屋上に向かった。
「勝負とか、嫌だよね」
春奈は手を後ろに組んで、空を見ながら言った。
「衣装、凄く似合ってるよ?」
「あ、ありがとう。春奈も、似合いすぎ。かわいいよ」
頬をほんのり赤くさせて「素直だな~」と恥ずかしがっていた。
「私、冬樹とやりたかった」
僕の胸に手を当てた。
僕はその手を握った。
「今、やる?」
春奈は嬉しそうな顔をした。
ガチャッ!
「あ! 人いたよ」
「じゃあここで食べよっか」
いきなり親子が入ってきたから、びっくりして距離をとった。
「ふふっ、今度やろうよ」
「うん。やりたい」
僕たちの文化祭が終わった。
最後の文化祭が。
後夜祭は、彩花につれられて出た。
去年はあの教室にいたんだよな。
春奈と二人きりで。
懐かしかった。
そして、クリスマスを迎えた。
最後のクリスマスがやってきた。




