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夕日の沈む足下で  作者: 久保ゆう
12/12

僕たちの最後の、足跡

二学期に入った。

あの日以来、春奈と連絡がとれない。

「大丈夫?」と一件のメールを送ったけど、未読無視。

既読さえつけてもらえない。電話してみようかと思ったけど、やめた。

僕は何かあったのではないかと心配していた。

学校が始まってから、いつものように部活も始まって、放課後はそれで残っていた。

先輩が、春奈について呟き始めた。


「滝谷春奈さん」


「! 知り合いなんですか?」


「ううん。さっき人と話してて変な噂を聞いたんだけど」


「私も聞いた。あの、あれでしょ? あれ」


言いにくいのか、誤魔化している。誰かに、言わせようとしている。


「君知らないの? 有名だけど」


「知りません。教えて下さい」


有名ってことは、最近始まったことではないのかな。そうとも限らないか。

僕の心はいつもよりザワザワしていた。

話を聞きたいけど、聞きたくないような。


「いろんな男と、その、ヤッてるらしくて」


嘘だ。僕はホッとした。春奈がそんなことするわけない。

僕は知っている。

彼女がそんな人ではないことを、多分、この学校で一番わかっている。

確かに可愛いけど、浮気をするような人ではない。

真っ直ぐで、純粋で、自分の考えや意思を曲げない人だから。


「ほら、よく言うさ。レイプ」


その言葉を聞いたとき、大きな岩石が頭にぶつかったように、何も考えられなくなってしまった。

浮気ではなく、周りからの無理矢理な接触。

それなら納得できたからだ。


「それ、いつ、誰がやったんですか?」


おそるおそる聞いた。

先輩たちは目を合わせた後、部長が口を開いた。


「花火大会の日、私たち三年A組の男子五人」


僕は走ってその教室に向かった。

先輩たちの止める声が聞こえた、僕の名前を必死に呼んでくれたけど、そんなの聞こえないくらい自分の気持ちに支配されていた。

そう、怒っていたんだ。


教室には男子がいた。

僕は入らず、その人達の話を聞いていた。


「ダンス部終わった後、狙えるよな」


多分、こいつらがやったんだろうと、想像出来た。

当たっていた。


「春奈って意外とピュアだったんだな」


殺してしまおうか。


僕は教室に入り、先輩を殴った。

思いきり、気が済むまで。

でも気がつくと僕はボコボコにされて倒れていた。

唇が切れて、空気にあたるとヒリヒリした。

足が重くて動かない。お腹も蹴られて痛かった。

頬はあざが出来ているのか、口を開けるとちょっと痛くて。

でも、こんなの痛みに入らない。

春奈が受けた痛みに比べれば、僕なんて、僕なんて__。


しばらくすると、部活の先輩たちが来て、僕を介抱してくれた。

保健室から道具を持ってきて、包帯を腕に巻いてくれたり、頬にシップを貼ってくれた。

唇にも絆創膏を貼ってくれて。僕はその優しさに助けられて、泣きそうになった。


「好き、なんだね」


僕は黙って頷いた。

だって僕は、春奈の彼氏だ。

当たり前だ。なんて思ったって、先輩たちはそのことを知らない。

誰にも言わないって約束したから。


下校時刻になって、鞄を持って下駄箱に行くと、ダンス部がいた。

丁度、ミーティングが終わったんだ。

春奈の姿を探した。でもいなくて、今日は早めに帰ったのかと思った。

僕は先輩たちと校門の前で別れて、駅に向かった。

信号が赤で、そこで立ち尽くしていると、後ろから袖を軽く引っ張られて、ゆっくり後ろを向いた。


「冬樹」



そこには春奈の姿があって、僕は少しだけ口を開けて、驚いた。

僕たちは一緒に帰った。


「ごめんね、花火大会」


声が暗かった。いつもと違う。


「ううん。何かあったの?」


知っていながら、聞いてみた。

黙っていた。

僕は、ちょっと意地悪してしまったと反省した。


「ごめん、実はさっき花火大会のこと聞いた」


春奈は悲しそうな顔をして僕を見た。

もう少しで泣きそうだった。


「ごめん、ね」


もう泣けば良いのに。


「さっきね、冬樹が三年生の教室に行ったこと、文芸部の先輩から聞いて」


まじか、言ったのか。途中からいなくなったと思ったら。


「花火大会のことも、今日のことも、ごめんなさい」


彼女の右目から、涙がこぼれ落ちた。

僕は我慢出来なくて、抱きしめた。

笑ってるところも、悲しんでいるところも、泣いているところも、全部かわいい。

僕はなんでも許せた。


「いいよ。大丈夫だから」


「でも、怖くて、連絡も返せなくて・・・・・・」


「僕が春奈だったら、同じことした。いや、君みたいに、素直に謝れるかもわからない。

だから、そうやって素直に言ってくれて嬉しいんだ。僕はそれだけで充分だ。

今度は、ちゃんと僕が守るから。」


そう言ってあげると、春奈は小さく声を出して泣いた。

ずっと、ずっと、泣いていた。

誰もいないこの道で。

とっくに夕日が沈んだ、この時間に。


春奈が泣き止むと、僕は彼女を家まで送った。

僕の家から近いから、安心した。

こういうとき、近所っていいなと思った。

近所といっても二〇分くらいだけど。


「ありがとう。冬樹が好きで、よかった」


僕は優しく微笑んだ。



それからは、またいつも通りの日常が始まる、と思ってたのに。


また、嫌なことが起きるんだ。



文化祭の日がやってきた。

去年は執事喫茶とかやってたなとか、思い出していた。


「今年は、劇やるよ!」


教室で、シンデレラをやるそうだ。

正直楽なことだから嬉しかった。僕は多分、照明といった脇役だろう。

簡単だ、あまり人と関わらないから、間違えなければいいんだ。

役決めをすると、予想取り僕は照明。立候補だけどすんなり許してくれた。


「待って。冬樹は王子さまやってもいいんじゃない?」


彩花が変なことを言った。

周りの女子は「確かに良い顔してるけど」と言い出す。

やめろ、やめろと心の中で一生懸命願っていた。

でも僕の願いは叶わなかった。


「じゃあ渡辺が王子ね。シンデレラは誰がやる~?」


「彩花でいいんじゃない? 渡辺と仲が良いし」


そんなこんだで、彩花がシンデレラ役になる。

僕は目立ちたくないのに。


春奈のクラスは何をやるんだろう。



「え、被った?」


実行委員が「は?」と怒った顔をしてる。

他のクラスと出し物が被ったということか。

どこのクラスだろう。


「隣のクラスだって」


耳がピクッとした。隣のクラスといったら、春奈の暮らすだろう。

僕はF組だから。隣はEしかいない。

きっと春奈がシンデレラやるんだろうなと思った。

似合うし。

相手役が気になった。


何日か経って、文化祭の話をした。


「隣のクラスと勝負することになった」


えっ、てことは僕、責任重大じゃん。

やらなければよかったよ。


「任せたよ! 役の人! 特に主人公さんたち!」


僕はこの日から部活を休み、放課後や昼休みを劇の練習に使った。

勝負に勝ったら何かしてもらおう、そういう景品はなかったけど。

僕は劇が得意ではないから、頑張らないといけないっていう、気持ちが強かったんだ。

彩花はいやという顔も見せずに僕の手伝いをしてくれた。

「ありがとう」「ぜーんぜん。私が無理矢理やらせたようなもんだし」と少し反省しているようだった。

でも王子をやると了解したのは僕だったから、誰も悪くないんだよな。

絶対、成功させよう。


家では、春奈と電話をしていた。準備期間中で、ダンス部はかなり忙しいみたいだけど。

やっぱり、春奈はシンデレラ役だった。


「相手は、春樹って人」


聞いたことがある。スポーツ万能で、すごい女子に人気な人だ。

春奈は「ふふっ」と笑った。


「反対だね。春樹と、冬樹。ほら、感じが」


ああ、確かに。


「春奈と春樹は、一緒だ」


僕はそう言った。自分で言ったのに、ヤキモチを妬いた。

やっぱり僕たちはあわないのかと思い知らされる。


「私は冬樹のほうが好き。名前だけで左右されないでね?」


意表をつかれる。

名前だけで比べてたから、ちょっと落ち込んでいたけど。

そうだな、気にすることないよな。


「春と冬は反対だけど、それでいいじゃない。違うから、いいんだよ」


「みんな違って、みんないいってやつ?」


「そうそう!」


励ましてくれているのか。僕はフッと笑った。


「僕も、春が好き」


電話越しだと、声が一番身近に聞こえる。

耳に囁くような感じになる。

だから、春奈は恥ずかしそうだった。


「は、春が好きなんだ?」


「春奈が好きだよ」


また恥ずかしがった声が聞こえる。


「も、もう・・・・・・。私も冬樹が好きだよ」


「うん。ありがとう」


幸せだ。

初めてできた友達が、初めて恋をした人で、初めての恋人となった。

こんなことあるか?僕ぐらいだろう。


文化祭、頑張ろうと思った。



「沢山人来てるよ」


文化祭当日、本当に人は沢山来ていた。

教室で劇をやるとはいえ、かなり並んでいた。

春奈の教室のほうもけっこう並んでいた。


「投票で決めるんだよね」


うわああ、さらに緊張してきた。

投票とか、僕一人だったら惨敗だぞ。


「今までの努力、無駄なくね」


「うん」


「似合ってるよ、その衣装」


「彩花も、似合ってる」


顔を真っ赤にしていた。

僕は笑ってしまった。


午前はたくさんの人が来ていた。

その中に、春奈もいた。恥ずかしかったけど、頑張ったつもりだ。

午後は休憩時間が

少し入って、春奈の暮らすに行っていた。


正直、似合いすぎて、鼻血が出そうだった。

可愛かった。

ウェディングドレスとか、絶対、絶対、似合う。


春奈は僕に気付いたのか、恥ずかしそうにしたけど、手をふってくれた。

僕も小さく手をふった。


劇が始まると、観客の女子は王子役に夢中だった。

本当に、本物の王子のようだった。

やっぱり僕だと、春奈に釣り合わないな。

あんなに綺麗な子が、僕なんかと付き合っていていいのだろうか。

劇中はそればかり考えていた。


文化祭が終わる。

投票の結果、E組の圧倒勝利。

僕たちF組は負けた。

当たり前だな、って思ったけど、悔しかった。

あんなに練習したのに、僅差でもなく、圧倒的に負けたんだ。

ため息をついていると、後ろから声をかけられた。


「ふーゆーき君」


あ、えと、島田瑞希さんだ。

どこがいいのかわからない僕のことを好きと告白してきた。

最近は連絡とってなかったから、忘れていた。


「劇、上手だったから投票したよ。あーあ、私が冬樹君のシンデレラやりたかったな~」


「頑張ったけど負けた。これって、役をやる人が重要だよね」


なんで他人にこんな話してるんだろう。

でも口が動いてとまらなかった。


「春樹って人と、滝谷さんは似合っていた」


「バカ」


背中を叩かれる。

驚いた。


「そんなこと考えてたら、劇なんて出来ないよ! 私はE組だけど、Fの劇のほうが印象的だったからそっちに投票したんだからね。他の人と同じにしないで」


「・・・・・・ははっ」


笑ってしまった。おかしいんだ。

こんな人、春奈や彩花以外にもいたんだな。

そうだよな、世界って広いんだ。この学年にもいろんな人がいるんだ。

僕がみようとしなかっただけで、たくさんいるんだよ。


「おかしかった?」


「あ、ごめん。おかしくない。違うから」


「あははっ、冗談だよ。笑った顔見れて嬉しい」


なんだか恥ずかしい。


「君さ、僕の何がいいの」


「雰囲気かな。普通で、静かで」


けなしているのか褒めているのかわからないけど、褒めてるんだよな?


「でもやさしい目元だったから、その一面に惚れたの」


真っ直ぐな目だな。

春奈とは少し違うけど。


「瑞希!」


「? 春奈! お疲れ様!」


島田さんは春奈に抱きついた。

その時に、春奈は僕を見て気まずそうだった。

島田さんは、他のクラスに行くと、僕たちは二人になった。

「屋上に行こう」誰もいないだろうから、屋上に向かった。



「勝負とか、嫌だよね」


春奈は手を後ろに組んで、空を見ながら言った。


「衣装、凄く似合ってるよ?」


「あ、ありがとう。春奈も、似合いすぎ。かわいいよ」


頬をほんのり赤くさせて「素直だな~」と恥ずかしがっていた。


「私、冬樹とやりたかった」


僕の胸に手を当てた。

僕はその手を握った。


「今、やる?」


春奈は嬉しそうな顔をした。



ガチャッ!


「あ! 人いたよ」


「じゃあここで食べよっか」



いきなり親子が入ってきたから、びっくりして距離をとった。


「ふふっ、今度やろうよ」


「うん。やりたい」



僕たちの文化祭が終わった。


最後の文化祭が。


後夜祭は、彩花につれられて出た。

去年はあの教室にいたんだよな。

春奈と二人きりで。


懐かしかった。



そして、クリスマスを迎えた。


最後のクリスマスがやってきた。

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