表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

姫様が遊びに来ていました

 僕は僧侶らしく神へのお祈り――実態はラヴィオンとの雑談を終えゆっくりしていたところ、晩御飯の準備ができたとメイドさんに呼ばれたので食堂へ向かった。


 僕達四人で使うには、あまりに大きすぎる館。長い廊下を歩いていると、遠くから怒鳴るような声が聞こえてくる。あーこれ、食堂から聞こえてくるよね。嫌な予感しかしない。


「だからなんであんたがいるのさ!」


「わたくしが準備した屋敷ですもの。様子を見に来るのは当然ですわ」


「いやいや、ここはもうあたし達の家なんだから勝手に入られたら困るってーの」


 食堂に入るとサオリが小柄な少女と言い争いをしていた。ピンク色の髪に華奢な体、優しそうな垂れ目、エリカと比べると小さいけど大きめの胸。総括すれば可愛らしい癒し系の少女。見た目だけならね。


「ターシャ姫来ていたのですね」


「アキト様。今夜も遊びに来てしまいましたわ」


 そういって歩み寄ると僕の体を抱きしめるターシャ姫。やわらかい何かが僕のお腹に押し付けられている。ふかふか良い。


「えっと……ターシャ姫……その、近過ぎるというか」


「姫などど他人行儀な呼び方はやめてください。ターシャと気軽に呼んでくださいまし」


 いやいやいや、出会った当初からそう言ってるけど、お姫様を呼び捨てにできるわけがない。


「わたくしアキト様を一目見た時からお慕いしておりますのに。そろそろターシャ、アキトで呼び合う関係になってもいいではないですか。あれでしたらアナタとお呼びしても」


「おい、はなれろやい。変態ピンク!」


「誰が変態ピンクですか、このブラコン!」


「ブ、ブラコンじゃねーし。ちょっと兄ちゃんと仲良いだけやし」


 僕とターシャ姫との間に無理やり体を突っ込んだサオリが吠える。この二人はいわゆる犬猿の仲というやつで、会う度にやりあっている。なのでターシャ姫とサオリが口喧嘩するのはいつものことだが、だからといって慣れるものではないのでやめてほしい。


「二人ともご飯が冷えちゃうので、ひとまず席に着きませんか?」


 言い合う二人に困ってる僕をみかねたのか、エリカちゃんが助け船を出してくれた。僕はそれにのっかるように、すぐに席に着いた。するとすぐに二人も喧嘩をやめておとなしく座った。それができるなら最初からそうしてほしかった。


「皆そろったな。それでは……いただきます」


「いただきます」


 食事を始めると先ほどまで騒がしかったのが嘘のように静かになる。食事が美味しいのもあるのだろうか、なんだかんだで皆行儀がいいのだ。

 席の順は一番奥に家長扱いになるキリカ、キリカから見て右手側にターシャとエリカ、左手側にサオリと僕という席順だ。この席順は配膳したメイド達が決めており、わかりやすく言うとこの国の重要度によってきめられている。勇者が一番重要人物なので奥という感じだ。


 僕は上品にスープを飲むターシャ姫の様子をちらりと見る。アーガレスト王国第一王女。この国唯一の姫君であり、ラヴィオンに選ばれた一人でもある。しかし、本人の意思により魔王討伐には同行せず後方支援に徹していた。彼女の職業は巫女。王の命令によって僕達を召喚したのもターシャ姫だ。

 最初は魔王討伐を渋っていた僕達を、一ヶ月もの間説得してきたのも彼女である。僕達が疑問に思う事、不満に思う事、すべてに対して誠意をもって応えてくれた。知らない土地、知らない人たちに囲まれ、帰る方法もなく魔王と戦えと言われ荒れていた僕達だが、ターシャ姫のおかげで少しずつ戦う事に対して前向きに考えるようになった。

 召喚した負い目があるのかもしれないが、ターシャ姫は僕達にできる限りを尽くしてくれた。だから僕はターシャ姫をこの世界の人の中では一番信じている。王様よりも、何もしないオニキスよりも遥かに。


 そんな事を考えていたら、長く見つめすぎていたのか、視線に気づいたターシャ姫が僕に向かってニコリと笑う。それは慈しむような、それでいて儚げなとても可愛らしい笑みだった。思わず自身の頬が熱くなるのがわかる。


「アキト様。後程夜這いに参りますね」


 思わずスープを吹き出しそうになる。横にいたサオリは我慢できなかったのか豪快に噴出した。


「へ、変態ピンク!? いきなり夜這いって何いってるのさ!!」


「お慕いしてる殿方にあんなに熱く見つめられましたら、王国淑女としては夜這いに参りませんと」


「あたしこの国の法律とか文化を徹底的に調べたけどそんな淑女像ないでしょ!」


「あーら勉強熱心ですのね。でもわたくし知ってますわよ。王城図書館でとある条文を念入りに読み込んでるあなたの姿があったことを」


「ちょ、待てやー! なんで知ってるのさ」


「わたくし、図書館で本を読むのが趣味でして、司書さん達とはそれはもう仲が良いのですよ。なんでもあなた司書さんに聞いたらしいじゃないですか。男性が貴族になれば複数伴侶を持てること、それと血がつながった兄妹でも結婚が――」


「アイスニードル」


 静かに詠唱したサオリの右手から巨大な氷柱が飛び出し、ターシャ姫の顔面すれすれを通り過ぎる。


「こ、このブラコン……殺す気ですか!」


「アイスニードル」


「ホーリーシールド! 今の完全に当てる気でしたわねブラコン!!」


 ターシャ姫の前に光の壁が出来上がり氷柱から自身を守る。


「アイスニードル、アイスニードル、アイスニードル」


「ちょっと落ち着きなさいブラコン。兄妹でも結婚できますわよブラコン。おめでとうございますブラコン!」


 え、なんで煽りまくってるの姫様!?あと兄弟で結婚できることは別におめでたくないだろ。ほら、サオリも嫌がってるじゃないか。

 ターシャ姫はサオリから発射される氷柱を時には避け、時には防いでいる。周囲は氷柱によって穴だらけになっていくのだが、キリカとエリカちゃんはマイペースにご飯を食べているのが地味にすごい。だけど左手に持った剣で氷柱を叩き落としながら食べるのってある意味行儀悪いんじゃないかな。


 穴だらけになった屋敷もサオリの魔術によって簡単に修復できるとはいえ、二人のやりあいはどんどんエスカレートしていく。


「ああもう面倒。全部一切合財凍っちゃえ、アイスコフィン!」


 アイスコフィン――対魔王戦に向けてサオリが考案した術式。その効果は相手を氷の棺の中に閉じ込め完全に凍らせるというもの。大きさを絞れば絞るほど威力を増大させる魔術であるのだが今回の大きさは……


「くたばれええええ!」


 屋敷ごと包み込む氷の棺が出現する。


「サオリ、僕達も殺す気なのか!?」


 僕は加護を発動させ、両足と右手に集中させ走り出す。窓から外に出て僕達を閉じ込めようとする氷の棺を思いっきりぶん殴る。うん、このまま馬鹿な妹もぶん殴ろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ