もっと簡単な道のりがあったと思いました
「サオリいいいいぃぃ。なんで……なんで……今日来てくれなかったんだああああああああ」
キリカ姉ちゃんが吠えている。ちなみにここはサオリことあたしの部屋である。
「私頑張ったのに。力自慢の男達をばったばった倒して格好良くキメたのに。どうじで見にぎでぐれながったのおおおおお」
大粒の涙を流しながらあたしにうったえてくるキリカ姉ちゃん。いつもはキリっとした表情でまさにクールビューティーという感じなのに、あたしやエリカっちの前ではたまにこんな感じになる。
「今日はさ。Sランク冒険者って人がいてさ。ちょっとヒヤってするような瞬間があったけど、それでも一撃で倒してさ。それで私が一番自信のある角度でアキトの方に振り向いたのに……」
そう言いながらあたしのベッドに寝っころがりジタバタする。
「なんでいないのおおおおおお」
闘技場にはあたし達勇者パーティー用の席が常に準備されている。この国の王子であるオニキスは王族用の席で観戦しているからいないのだが、いつもはあたしたちが座っている。
「ってか、キリカ姉ちゃん。いっつもあたしたちの方にキメ顔してくると思ったら、あれはあれで姉ちゃんなりのアピールだったのね。ぶっちゃけあたしとエリカっちは気づいてたよ」
「アキトに気づいてもらえなきゃ意味がないじゃないいいい」
ハァ……姉ちゃん面倒……。
「そもそも聞きたかったんだけど、なんであんな回りくどい事したのさ。おかげですこぶるややこしくなってんじゃん」
「え、回りくどい事って?」
「あれだよ。キリカ姉ちゃんを力でねじ伏せた人を夫にするってやつー!」
「あー」
あたしの言いたいことを理解したのか急に泣き止んだキリカ姉ちゃんがベッドの上にアヒル座りでこちらを向く。ただし目線はあげない。
「あ、あれは……えっと……この世界の人達を納得させるためにはこれが一番良いかなって……」
「本当に?」
「ほ、本当だ!本当だとも……ただなんというか……ちょっと求められたいというか。ほらわかるだろ?」
「まぁわからなくはないけど、それで有象無象が集まってきてるけどそれについてはどう思ってるのさ」
「どうって……どうとも思ってないぞ。なんたって私にはあいつがいるからな。それ以外の男など眼中にない!」
ハァ……他の男は眼中にない、でも意中の男性に求めてほしいからこんな事をねぇ。
「面倒臭いよ姉ちゃん」
「め、め、面倒な女じゃない!私だって女だ。一番愛しい相手と結婚したいじゃないか。そのためには必要な事だったんだ」
必要な事……ねぇ。確かに、キリカ姉ちゃんに世界を救った勇者という肩書がある以上、伴侶となる人にはそれなりの格がいるだろうね。だからもし本人たちが望んだとしても兄ちゃんと姉ちゃんはすんなりとは結婚できなかったと思う。同じ勇者パーティーとはいえ僧侶では勇者とは不釣り合い。それは勇者とは物語の主役であり、僧侶は脇役なのだから。
たぶん世間が一番伴侶に望むのは、勇者パーティーの一人でありこの国の王子でもあるオニキスだったんだと思う。王もそれを狙ってオニキスを同行させたんだろうしね。実際この国で女神に選ばれたものの勇者パーティーとして同行しなかった者もいる。でも、それは今考えれば王の意向によるものだったんだろうね。
結局ラヴィちゃんが出てきたおかげで、格とかそんな話関係なくなっちゃったんだけどさ。例え農夫であろうとキリカ姉ちゃんを倒せば夫になれる。それは神に認められた結婚になるのだから王も覆すことはだろうしね。
「今回、運よくラヴィちゃんが乗っかってくれたから上手くいったけど、もしも乗っかってもらえなくて王様に却下されたら終わってたよ?」
「それについては大丈夫だ! 何か言われたら大暴れしてやるつもりだった!!」
あぁこの人駄目だ。つか、暴れまくって好きな人と結婚しますって言えば良かったのに。
「えへへー。あと十一ヶ月で結婚かぁ。新婚旅行はどこ行こうかな」
しばらく放置してたら、枕に顔をうずめ変な妄想に浸り始めてしまった。それ、あたしの枕だから、よだれを垂らさないで欲しいんだけど。
兄ちゃん今すぐ助けてくれないかなーとか考えてたら部屋の扉がノックされる。
「キリカ様。サオリ様。ご夕食の準備ができましたので食堂までいらしてください」
「ああ、すぐに行く」
メイドさんの声が聞こえた瞬間に、キリカ姉ちゃんの顔が勇者然としたものになり、凛々しい声で答えた。
「あたしやエリカっちの前でも格好良い姉ちゃんでいてほしかったな」
「ん、何か言ったか?」
前を歩く姉ちゃんが振り返る。
「ううん。なんでもない」
「そうか」
そういって「ご飯♪ ご飯♪」とスキップを踏む姉ちゃん。たぶん、あたし達にしか見せないものを、普段から兄ちゃんに見せとけばもっと簡単な話になったんじゃないかなと思った。