妹のネーミングセンスがありませんでした
翌日。
「第一回兄ちゃんを勝たせよう会議を開催ー! どんどんぱふぱふどんどんぱふぱふー」
サオリが小さな胸をはり両手を光らせると、どこかしらからファンファーレが鳴る。さすがは女神に選ばれた魔導師、音のクオリティがとても高くて臨場感たっぷりだ。いや、力の無駄遣い感が凄いんだけど。
「はーい! では、やっとやる気を出した兄ちゃんを勝たせるための案を皆で出してこー」
皆で出してこーと言いつつ、サオリ自身はアイディアがあるわけではないのか、どかっと椅子に座りこみ周りを見渡す。
ここは魔王討伐の報酬として僕達に与えられた豪華な屋敷の一室。与えられても僕達だけでは管理できるわけがないので使用人を十二人つけてもらっている。そして、いつもだったら部屋に一人はメイドさんがいるのだが今回は出ていってもらった。
「皆って言うけど、ここには僕達三人しかいないぞ」
現時刻は四の鐘、つまりは十二時だ。キリカは闘技場で戦ってる真っ最中であるため、ここにはいない。なのでこの部屋には僕とサオリ、そしてキリカの妹であるエリカちゃんのみである。
ちなみに、キリカにはあとから闘技場へ行くと言ってあるがもちろん行かない。
「なーに細かい事言ってるのさ。そんな事より協力しろって言ったんだから、兄ちゃんには何か案があるんじゃないの?」
「いや無い」
「無いの!?」
恥ずかしながら無いものは無い。昨日の宣言はなんというか、その場のノリというか一ヶ月間キリカの戦いを見てたまったものが噴出したというか。
「ハァー……まぁどうせその場のノリとかそんなでしょ」
さすが我が妹。よく僕の事がわかっているようだ。
「それならエリカっちは何かある?」
サオリに指さされたエリカが、顎に指を添え小首を傾げながら考える。テーブルに胸を乗せているため、もともとご立派なものが、なお強調されている。目のやり場に困るな。
「うーん。兄さんが姉さんに勝つ方法ですか……あ、一つだけ確実なものがあるじゃないですか」
「え、そんなものあったっけ?」
んー、僕にも思い浮かばない。
「あれですよ。魔王と戦ってる時に兄さんがみせた謎パワー」
「あ、そういえばそんなのあったね。あたし達がやられてこのまま殺されるって所で急に兄ちゃんが強くなったやつ!」
「そうですサオリン。あの魔王すら圧倒する力であれば姉さんに絶対勝てますよ」
「あれ……あれかぁ……」
魔王との戦いでの事を思い出す。手に残る感触。魔王から放たれる拳の衝撃。絶対に負けられない戦いで、まったく負ける気がしなかったあの不思議な感覚。女神ラヴィオンと相性が良すぎたがゆえに使えることができた最高の術式。
『ダメです。もしもこれ以上あの……アガペを魔王討伐した時の様に使うのであれば、私はアキトへの加護を消します』
ラヴィオンの美しい顔が目の前に突然浮かび上がる。その表情はいつも笑顔を浮かべているラヴィオンにしては珍しく真剣なものだった。
『ラヴィオン、大丈夫だ。もう使わない。いや、もう使えないというのが正確なのかもしれないが』
安心させるようにラヴィオンに言い聞かせる。不満はあるようだけど、僕の言葉に少し安心したのか、半透明の体を更に薄くして空気に溶けていく。するとその様子を変なものを見るような目で見つめる二人と目が合う。
「またラヴィちゃんと連絡とってたの?」
「ああ。ラヴィオンからあの力はもう使うなって釘を刺されたよ」
「ラヴィオン様からそのようにですか。あの力はそんなに危険なものなのですか?」
「危険……危険と言えば危険なのかな。あの術式はアガペと言って、発動条件も厳しいうえに、術者に多大な犠牲を強いるものなんだ」
通常の術式は、詠唱を行い自身の魔力を消費することで発動する。しかし、愛の女神から寵愛ともいえるほどの加護を受けた者だけがつかえるこの術式は違う。
「犠牲って……ちょっとそんな事聞いてないよ! だから兄ちゃんが魔王ぶっ倒した後から様子がおかしかったんだ」
「え、そんなにおかしかったか?」
ギクリと肩が跳ねそうになるのを全力で抑える。そうなのだ。実はまだ魔王と戦った時の後遺症が残っていた。それに気づかれないように生活してきたつもりだが、どうやらサオリは違和感を感じていたようだ。
「まぁそんなことはいいじゃないか。アガペはもう使えないんだ。今はどうやって勝つか考えよう」
「むぅ……その犠牲について気になるけど、確かに今は建設的な話をしなきゃだね。早くしないとキリカ姉ちゃん帰ってきて会議どころじゃなくなっちゃうしね」
「そうだね。姉さんの前で姉さんを倒す会議をするわけにはいかないですしね」
まだ会議は始まったばかりなので、四時間ほど猶予はあるのだが、それでも急いだほうがいいだろう。
「では、兄さんができることをまとめてみて考えてみませんか?」
「エリカっちそれいいよ。現状をまとめて打開案を考えるのか、とても会議っぽい! んで、兄ちゃん何ができんのさ?」
「何ができるのさってサオリ、召喚されて八ヶ月間ずっと一緒にいたんだから、僕のできることなんて全部知ってるだろ」
僕にできることは、僧侶らしく怪我や状態異常の回復、パラメーターの底上げであるバフを数種ってところか。指を折りながら声をあげ使える術式を数えていく。
「――ブレスとクリアもあるから、全部で十八種って所か。相変わらず攻撃術式が無いな」
「いやいや、兄ちゃん。なんか赤黒い光をバチバチさせながらぶん殴る技あったじゃん」
「あー、あれは加護の力を右手に集めてぶん殴ってるだけだぞ」
「え、それだけ?」
「それだけって言うけど、なかなか難しいんだぞ。本来全身に纏って戦う加護の力を部分ごとに割り振ったり一か所に集めたりしてるんだからな。自分で言うのもなんだけどラヴィオンとの相性と地道な努力がないとできない技術だからな」
そう言われても信じられないのか、サオリとエリカちゃんが全身に纏う加護を右手に集めようと力んでいる。
「ングググ……んーできない! こんな簡単そうなことなのにあたしができないだなんてなんか悔しい!」
「私も魔力を体内で動かすのは簡単にできるのですが、加護となるとなかなかうまくいかないもんですね」
エリカちゃんは諦めたのか魔力を右手から左手へと移し、また戻したりしている。
「あーもう。それであのバチバチパンチでキリカ姉ちゃん倒せないの?」
「バチバチパンチってあのなぁ」
『そうですね。名づけるならゴッドハンドってところでしょうか。女神の加護を右手に集中させぶん殴る。まさに神の手ですね』
『神の手ってほど大層な技じゃないだろ。まぁバチバチパンチよりましなのかな』
僕はバチバチパンチ改めゴッドハンドを使ってキリカを倒す方法を考える。
「いくら僕の方がラヴィオンとの相性が良いといっても、勇者であるキリカを倒すのはこの技だけじゃ厳しいかな。僕は所詮僧侶、勇者を支援するための職であって、勇者と戦うための職じゃない」
「結局そうなるよね」
「姉さんを力でねじ伏せるってルールの時点で、姉さんが有利にできますしね。いませんよ。勇者を真っ向から倒せる人なんて……」
三人であーでもないこーでもないと唸る。
結局キリカが帰ってくるまでに、僕達は良い考えを出すことができなかった。そして闘技場に行ってないことがキリカにばれ、半泣きになった彼女から三人揃って怒られたのだった。