やはり勇者は最強でした
あれから一ヶ月。
「またまた勇者様の大勝利だ!」
「うおおおおおおお」
拡声魔法により闘技場全体に響き渡る声。キリカの勝利をつげるそれを聞き群衆が沸く。ひしめき合う人々の熱気により闘技場全体が暑く、僕は手元にある水筒をあおる。
「うーん、やっぱりキリカ姉ちゃんは強いなー」
妹であるサオリが呆れを含んだような声色で漏らす。
「ですね。先ほどの人など隣国の将軍だそうですよ。そんな人をまったく触れさせることなく倒しちゃう姉さんってやっぱり強いんですね」
キリカの妹であるエリカちゃんも、改めて見せつけられるキリカの強さに呆れるしかない。正直僕も呆れている。僕達は実にこの光景を一ヶ月も見せつけられているのだ。
最初はこの国の近衛隊長だった。普通に考えるならオニキスが最初に行くべきだと思われるかもしれないが、そこは政治的な思惑が絡んだ。近衛隊長はこの国で五指にはいる猛者であり、キリカに勝てる可能性があると思われる一人だった。そこで彼を使って勇者の力を測ろうとした。しかし本当に勝たれると困る。だから変な欲を出さず、勇者の全力を受けることができる者として、確固たる忠誠心を持つ彼が選ばれた。
「あの近衛隊長ですら一撃だったもんね。あれから更に強敵と戦い続けた結果、今どれくらいの強さなのか考えただけで恐ろしいよ」
僕はキリカを諦められず全ての戦いを見ていた。少しでも勝機があれば、僕にもチャンスがあるのではないかと思って。でも現実は残酷だった。今見た隣国の将軍は一分ほど戦っていたのだが、それは彼が一方的に攻撃していた時間であって、キリカが手を出したのは最後の一撃のみ。その一撃で、隣国の将軍を闘技場内に設置される円形の舞台から吹き飛ばし気絶させた。近衛隊長との戦い以来キリカは対戦相手に一分好きにさせていた。それでも、今までたった一撃すら誰もキリカに当てることできなかった。いや、剣を一合することさえもできていなかった。
それらの状況から僕はおろか、あのオニキスですら必勝を確信できず挑戦しないまま一ヶ月も経ってしまったのだ。
「強いね。いや、強すぎるね」
「うーん、あたしが見るにキリカ姉ちゃんに勝てる相手なんて、それこそ魔王か――」
そう言って僕に視線を向ける妹に、僕は目線を逸らすことしかできない。
『魔王か兄ちゃんだけ……そう言いたかったのではないですか?』
ラヴィオンがサオリの言葉を勝手につなぐ。
「もう僕にはその強さはないよ……」
小さくつぶやいた声は歓声にかき消され誰にも届かない。
『それでも私はアキトが最強だと思っていますよ。誰が何と言おうと愛の女神が保証します』
僕にはどうやってもそうは思えない。でもラヴィオンの言葉に重くなっていた心が少し軽くなった気がする。
『ありがとうラヴィオン。今はどうしたらいいかわからないけど頑張ってみるよ』
僕もこの戦いにいずれ臨むつもりだった。キリカに勝つ方法なんてまったく思いつかないけど、それでもただ諦めることなんてできなかったから。
「よし!」
僕は気合を入れるように握り拳を作る。
「兄ちゃんどうしたん?」
「兄さんどうしたのですか?」
急に大きな声を出した僕に両隣の二人が、もともと大きな目をさらに大きく開いて見つめていた。二人には僕とラヴィオンのやり取りは聞こえていないのだから当然と言えば当然か。
「僕強くなる。誰よりも強くなって、そしてキリカに想いを伝えようと思う。だから……」
二人を交互に見ると、何かを悟ったのか期待に満ちた目で僕を見返していた。僕は舞台上に立つキリカに視線を移し宣言する。
「だから二人とも協力してくれないか!キリカに勝つために!!」
僕の声は歓声にかき消されて、舞台上までは届かない。そのはずなのになぜかキリカはこちらを振り返り笑ったのだった。