幼馴染と相棒が無茶苦茶言い始めました
「皆聞いてほしい。私たちは魔王を倒した。それは苦難の道のりだった」
その場にいる誰もが声をあげずキリカの声を聞く。その声はそこまで大きなものではないのに不思議と響き、聞き逃す者はいなかった。
「なぜ私達が多くの困難を乗り越えられたのか? それはとても単純な答えだ。私達には力があった。神より与えられた大いなる力があった」
そう僕達はこの世界の住人に召喚されたが、その際の人選は神によって行われた。
『呼びましたか?』
突然、とても美しい声が頭に響く。声だけ聞いたらポワポワした優しそうなお姉さんといった感じだろう。
『あれ、私の事思い浮かべましたよね? 聞いてますー? 一ヶ月ぶりですねー。私ですよぉ。アキトさんの恋人ラヴィオンですよ』
そうこの声の主こそ僕達を選び力を与えた神様――愛の女神ラヴィオンだ。ちなみに恋人ではない。
『あの、いつも思うんだけど気軽に神託をおろすのはいかがなもんなの?』
『いやー、こんなに相性が良い方なんてそうそういないですからつい……』
つい、で電話感覚の神託を受ける身にもなってほしい。この女神から受けた言葉を有り難がってる信徒の皆さんに謝ってほしい。
『大丈夫ですよ。アキトが黙っていればいいのです。それに私の言葉を直に受けられる者など五十年に一人。そんな者たちでも一年に一度神託を受けられれば良い方。アキトのようにいつでもお話しできる存在がまたいつ現れるかと思いますと……ね?』
そう言ってニコっと笑う女神様の顔が浮かぶ。とても癒される笑顔ではあるにはあるのだけど、正直もう黙っていてほしい。キリカが重要な事を言おうとしているのだから。
「私達に力をくれた神の名は皆知っているだろう。愛の女神ラヴィオン様だ」
『あらあら、キリカが私に様付だなんてなんだか新鮮ですね』
いや、確かにいつものキリカはラヴィオンの事を呼び捨てにしている。でも民衆の前で神様を呼び捨てにするだなんていくら勇者でもダメだから。
「ラヴィオン様が与えてくれた力はとても強く。それは魔王すらも倒したことからもわかるだろう」
勇者パーティーに与えられる力――加護の大きさはその神様によって変わるという。たとえば前勇者パーティーであれば知識の神ジニオン様から力をもらっている。その場合、強くなるために本を読んだり、何かを習ったりすることで加護が強くなる。もちろん剣の稽古をすれば剣の技術を習得するという事で強くなれるが、更にその技術を知る事で加護が大きくなりもっと強くなるという事だ。
「ラヴィオン様が司るは愛。愛の大きさで私達は強くなる。だから私は愛というものをとても大切にしたい。だから――」
キリカが一度大きく息を吸い込む。たぶんこれから言う事が一番言いたかったのだろう。
「私は……私は……私の愛を証明したい。私の愛は力に変わる。ならば私は、私の力を超える者の伴侶となろう! これから一年、私は誰の挑戦でも受ける。私を屈服させるほどの力を持つと思う者はかかってくるがいい」
場が静寂に包みこまれる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
数瞬後に狂ったような雄叫びがそこかしこから響き渡る。その声は男性が多くとても野太い。
「王都の闘技場。そこで四の鐘が鳴り、六の鐘が鳴るまで行う」
この世界では時間は教会が鐘を鳴らすことで伝えるようになっている。朝の六時から数え四の鐘が十二時を指す。二時間ごとに一回鳴るので六の鐘は十六時となる。つまりキリカは毎日四時間闘技場で戦うといっているのだ。
「最後に、もしも私が一年勝ち抜いた場合、私は愛する者と添い遂げる!」
そういったキリカはオニキスの顔を見つめる。民衆の中から多くの黄色い声があがる。
『勇者が愛を貫いて王子様と添い遂げる。うーん女の子が好きそうな物語ですね』
僕は見つめあうキリカとオニキスから目が離せない。心にズンッと重い痛みが走る。
今にも逃げ出したかった。正直、少し前のキリカの言葉から僕にもチャンスがあるのではないかと思ってしまった。でも、あの二人の状況を見る限り、そんなものはただの野暮、もしくは噛ませ犬でしかないだろう。
『諦めるのですか?』
諦めるしかないだろう。だってあんなにお似合いなんだから。
『そうですか。あ、人間の王が何か言おうとしてますね。これはもしかして止める気ですかねー。うーん、こんな面白い――もとい愛深き少女の願いを妨げようだなんて許せませんね」
ラヴィオンがそう言った瞬間、僕の中から多くの魔力が消えていく。これは……
『ラヴィオン何をしてるの!?』
『え、人間の王が邪魔をしそうなので顕現しようと思います。私と相性の良いアキトさんの魔力、そしてこれだけの人間が私の事を考えている今なら条件はバッチリです。いきます!』
天から光が降り注ぐ。それはまっすぐに舞台へ向かっており、突然の異変に人々は空を見上げる。
見上げた者は一人残らず息を飲む。そこにあるのは絶対的な美。この世のものとは思えない卓越した美を内包した女性が空からゆっくりと降りてきていた。
最初に動いたのオリオス王であった。彼はすぐに跪き頭を垂れた。人々はその姿に戸惑いを見せるも、自分たちを統治する王が頭を下げる相手、それも人間とは思えない美しさをもつ者が誰かに気づきオリオス王と同じく跪こうとする。しかし広場での式典をみるために民衆は密集状態であるため跪くことができず結果として皆視線を下げた。直接見ることを避けたのだろう。
僕は一人立ちつくし、舞台に降り立つラヴィオンの姿を見つめる。これは本来とても不敬な事であるのだが、僕以外下を向いているため誰にも咎められなかった。気づいているとしたら、両隣にいる妹とエリカちゃんだけだろうか。
舞台に立ったラヴィオンは僕にニコリと笑った後にオリオス王に声をかける。
「人の王よ。愛の女神ラヴィオンが勇者キリカの願いを聞き届けました。キリカを力で屈服させた者をキリカの伴侶とします。そしてもしキリカが一年間勝ち続けた場合、最も愛してる者と添い遂げさせます。これは誰であろうと破ることは許しません。いいですね?」
「は! 人の王オリオス、女神様の御言葉に従います」
目線を上げることなく、オリオス王が広場いっぱいに届く声で答える。その気合の入り方から、神より言葉をもらえたことへの喜びや興奮を感じる。本当であれば人の王として今回の勇者が行った暴挙は思うところあるだろうが、先ほどの挙動からは微塵も感じさせない。
僕達を囲む民衆たちも誰一人声を上げないが、女神の登場、さらに神託を授ける場に居合わせたことに興奮を隠せていない。
「民よ。直視を許します」
ラヴィオンの言葉に民衆が目線を上げ、女神を視界にいれた者の多くが息を飲むのがわかる。空に浮かんでいる時とは違い、距離が近いためその人間離れした美貌に釘付けにされている。
「民よ、聞きましたね。あなたたちが証人です。勇者の宣言、王の約束、そして私の言葉。それら一つとして聞き逃さなかったものは声をあげなさい。王都中に響くように!」
「うおおおおおおおおお」
耳をふさぎたくなるような大音量が王都中に響き渡る。それは先ほどのキリカの宣言よりも大きく、もはや地面が揺れてるんじゃないかと錯覚するほどのものだ。
そんななかラヴィオンが光の粒になって消えていく。僕から奪った魔力が切れたのだろう。どうでもいいがその状態でこちらに歩いてきてるように見えるのがちょっと笑えない。
舞台上から空中を歩くように僕の前にきたラヴィオン。光の粒がきらめき、僕以外には彼女の表情は見えないだろう。
「楽しくなってきましたね」
ニヤリと先ほどの女神然とした表情ではない下世話そうな顔で笑ったラヴィオンは、最後によりいっそう輝き消えていく。
王都には女神の降臨という奇跡を目にした民衆たちの声がいつまでも響き渡っていた。