とある文芸部の日常
ふと感じた疑問から始まる、二人の会話。
なんでもない日常の、なんでもない話。
桜の木の下には、死体が埋まっている。
怪談話としては使い古されたネタだし、類似した話など世界中に転がっているだろう。
だから、その疑問は本当にふとしたものだった。
「──なんで、桜の木なんだろう」
文芸部の一室で、私はそう呟く。
言葉になって、そして自分が声に出していたことに遅れて気がついた。
「ふむ、いい疑問だ」
窓辺で本を読んでいた部長は、私の独り言にも律義に反応してくれる。
読みかけの本に栞を挟んで、こちらへと目を向けた。
「今読んでる小説にそんな表現があって。だからちょっと気になっただけで……」
大したことではないのだと言い訳をするが、部長は既に熟慮の姿勢だ。
ああ、失敗した。
「所説を全て語るのもいいが、まあ簡潔に話すだけにしておくか」
日が暮れるだけでは済まん。
そんな不吉な言葉を耳にし、私は冷や汗が背中を伝うのを感じる。
この人、時間の制限がなければ延々と語り続ける気だったのか。
「まあ大本は、昔の俗説だよ。桜の花びらは鮮やかな薄紅色だろう?」
開けた窓から、風が吹く。
校庭に植えられた桜の木から、花びらが舞い散った。
空気の読める桜だな。
そう部長ははにかみ、窓から入ってきた桜の花びらを摘まみ上げる。
「へぇ、薄紅色って言うんですね。初めて知りました」
ずっと桜色としか認識していなかった。
言われてみれば、桜の色で桜色なんてそのまま過ぎるか。
「そう、薄紅色。紅色だ」
クルクルと、部長は花びらを弄ぶ。
そして軽く放り投げられ、花びらは机の上に置かれた積読本の表紙に落ちた。
「つまりは、まあ、血の色だな」
紅色。
赤色。
赤色から連想されるのは、血液。
「……え、それだけ?」
「ああ、それだけだよ。死体の血を吸い上げたから、あんな色になったのではないかとね」
それだけの、噂話。
それがここまで広まった。
「えー……」
なんだか、拍子抜けだった。
そんな安直な答えだったなんて。
「不満か?」
「まあ、少し」
なんだか、こう。もっと学術的というかなんというか。
壮大で雄大な理由があるものとばかり。
「この世の殆どは、矮小な真実で占められているさ。壮大な陰謀など、空想の産物だ」
存在しないからこそ、人々は物語を作り上げるのだから。
控えめな笑いだが、部長は珍しく上機嫌にこの話題を締めた。
空想、妄想、物語。
本の中に描かれた世界は広大で、どこまでも果てがない。
だから人は本を読み、ほんのひと時、世界に浸るのだ。
現実は単純で、退屈だった。
そう考える人ほど、空想の世界にのめり込む。
いい兆候ではないのだろう。
でも、この快楽を知ってしまうと、戻れそうにはない。
山のように積まれた未読本は、私の旅が当分は終わらないことを示している。
「じゃあ、失礼します」
「ああ、気をつけて帰るんだぞ」
部室から一足早く失礼し、帰宅。
鞄の中には、読み切れなかった本を借りている。
夕食を終えたら、本を読もう。
数時間後の未来に期待を膨らませながら、私はありきたりな日常へと帰還した。