37.城の主
37.城の主
巨大な城の中はまるでアリの巣のように入り組んでいた。
雲を突き抜ける高さの城のどこかにいるテテクを見つけ出す。
ただそれは簡単なことではなかった。
「ちょっと! ちょっとアメリア!」
私とアメリアは城の廊下の角に止まる。
どちらも透明化の魔法がかかっており、先ほどからせわしなく動いている城内の使用人に正体がばれることは無い。
「この広い城から一人だけ探し出すとか無理! 何か方法を考えよう」
「う、うん」
アメリアは落ち着かない様子で返事をした。
その頬を数滴の汗が這う。
マリさんは今も戦っているのだ、早く何とかしなくては。
この巨大な城は言い換えるなら、大きな一つの塔だった。
広い草原に唯一つ、封印された巨人のように、ただ圧倒的な威圧感を放ち存在するつめたい巨城。
月明かりに照らされたその姿は美しいようで、しかし、まるでクジラに相対するような緊張感を付帯し恐怖感を醸し出している。
一層一層に数十個の部屋を備える100階構造。
迷宮というにふさわしいこの城から、どうすればテテクの居場所を見つけ出せるのだろうか。
「メイドさんから聞き出せないかな?」
アメリアがそう言った。
この広い城にいったい何人仕えているのか、先ほどからメイド姿の女性が何人も透明な私達を横切る。
どれも息を切らし、布だのツボだのいろいろ持って城中駆け回っている。
「変装とかでもばれないかな? こんだけいるんだしわからないよね?」
どこかのトイレにでもメイドを連れ込み睡眠の魔法でもかければ変装道具はそろうだろう。
顔は変えられないがこれだけメイドがいれば、全員が全員の顔を把握しているとは考えにくい。
と、言うわけでツインテールのメイドさんから服を剥ぎ、透明化を解いて廊下に立つ。
何かあった時のためにアメリアは透明なままだ。
どちらも透明なら互いの居場所がわかるが、今はアメリアが何処にいるのかはわからない。
私は蝋燭の照明に照らされた長い廊下に不安を覚える。
「ア、アメリア、そこにいるよね?」
「何言ってんのよ、もう来るからなんて話しかけるか考えて」
アメリアにはわからないのだ。
こんなところで一人なのかもしれないとすれば誰だって怖いはずだろう。
そんなことを考えて不安がっていると、廊下の向かいから一人の女性が駆けてきた。
人が四人分くらい横に並べるような廊下を彼女が私を避けて通ろうとする。
「あ、あの!」
私は目をつむって叫んだ。
少し声が上ずったが、彼女はたちどまりこちらを向いてくれた。
「なに、どうしたの?」
「あ、あの……テテク……テテク様のへ、お部屋は何処ですか? どこでございますか?」
やばいメイドってどんな話し方すんだっけ!?
彼女が不審そうな目でこちらを見る。
きっとユウウェイの最重要の城に使える人間なら敬語はばっちり使えるはずだ。
ここの者ではないとばれただろうか?
「あなた、見ない顔ね、先輩に向かっての言葉遣いもあやふやだし、なにか怪しいわね」
「せ、先輩……?」
「この層で私が一番年上なんだからそうに決まっているでしょ? 大丈夫なの貴方、もしかして、どこかからの侵入者なんじゃないでしょうね!?」
「い、いえいえ違いますよ! わ、私新人で、でも走り回っているうちに、ここが何階なのかわからなくなってしまって……」
「貴方名前は?」
「ふぇ!?」
「変な声を上げないの。 名前は?」
「ク、ク、クラナです」(クラナごめん)
「そう、ここは62階。 テテク様のお部屋は99階だわ。 98階の階段を上って真っすぐ進めがものすごく大きな部屋があります。 それがテテク様のお部屋よ。 無礼の無いようにしなさい」
「は、はい! ありがとうございました」
そして彼女はまた走り出した。
私は自分に透明化の魔法をかけてアメリアの姿を見る。
苛立った様子で私の後ろに立っていた。
「何もたもたしてるのよ!」
「ば、ばれなかっただけよかったでしょ!?」
「いいえ、この城に”クラナ”なんて人はいるのかもわからない。 ばれるのは時間の問題かもしれないわよ、とっととテテクの部屋まで行きましょう」
「う、うん」
こうして私たちは再び走り出す。
いったいどうして、彼女たちメイドがあれほどにせわしなかったのかも聞いておくべきだったかもしれない。
いや、聞いたらばれていたのかもしれないが。
99階。
この層だけは他とは明らかに雰囲気が違っていた。
まず、使用人と一人もすれ違わないのだ。
そして窓がある。
他の階は完全に閉ざされた空間を蝋燭の揺れる光でぼんやり照らしていたが、ここは月明かりに照らされている。
最後に大きな部屋が一つしかない。
非常に広い階に唯一つの巨大な部屋があり、廊下はその周りを囲み、ただ100階への階段へと繋がるだけだ。
私とアメリアはその一つの部屋からにじみ出る魔力を感じていた。
跋扈特有の強烈な負の魔力だ。
相手の動きを遅くしたり、眠らせたり、幻術などを使ったりするのに必要なのが負の魔力なのだ。
ファルシスおじいちゃんの負の魔力も強烈だが、こちらも負けていない。
私はそれをひどく不快に感じ、ごみの焼却炉にでもいるような気がして、少し後ずさりする。
そこへアメリアが一歩を踏み出した。
「なにやってんの、行くわよ」
「え、あんたこの魔法平気なの?」
「あんた、私達の種族が魔防凄いの忘れたの?」
「あ、そういう事ね」
元来エルフは他のどの種族よりも魔法防御力、魔法攻撃力と言われる、魔法を防ぐ力と、そのまま攻撃力となる魔力に長けているとされている。
そもそもエルフは世界が二つに分かれたのち、強い魔力の人同士が結び付き、いつしか人を超える魔力を持つ種族として人と区別されたのだ。
魔力の多さから髪の色は基本青く、耳の先が少しとがっている。
体内の魔力が目や耳先からにじみ出ているのだ。
そんなアメリアはひときわ大きな扉に手を添える。
「ふんっ!」なんて力を込めたが扉は動かなかった。
しかし、私がともに扉を押すと、それはゆっくりと、無音で、不気味に開く。
部屋の中は暗く、深淵でも覗いているようだ。
アメリアが緊張して唾をのんだ。
「あ、ありがとう」
「うん」
エルフは魔力が高い。
だがそれゆえに他の部分でいくつか劣ってしまうのだ。
種族全員を通して美形という点を除き、エルフは物理的な攻撃力、防御力が弱い――つまり肉体が少し軟弱なのである。
アメリアのように強力な身体強化を使える者はそれでいいが、そうでない、つまり子供や老人は魔法を覚えない限り人に勝てない。
だから、よく魔法学校ではエルフの子供がいじめられる。
その心に傷がつき、そのまま育つのだ。
そんなアメリアは少し緊張したように固まっている。
エルフはよく虐げられる、だから信頼できる同種でなければ一緒にいようとしない。
今も内心とても怖いはずだ。
今でこそ強いが昔からそうというわけではないらしい。
こういうくらい所はきっと恐怖なのだろう。
彼女の吐く息が小さく震えている。
私はアメリアの手を握って隣に立った。
「ちょ、何触ってんのよ!?」
「強がらないの、私は近くにいるから大丈夫よ」
「え……あ、ありがと」
「じゃあ行こう」
「……うん!」
その時のアメリアの顔は見ていない。
ただ、たぶん二人とも扉の奥を見ていたと思う。
少なくとも私は隣がアメリアなら安心できた。
部屋の中はまるで夢の様に形のない場所だった。
部屋の形が常時変化し、その中をゆっくりと歩く。
奴は、テテクは部屋の奥にいた。
木の椅子に腰かけ、腕を組んで眠っている。
その体は薄くオレンジの光に覆われている。
魔法の光だ。
私とアメリアはその男に向かって踏み出した。
瞬間、彼の目が開く。
後ずさりしてしまいそうな迫力が私達を襲った。
「まったく今は忙しいのに……」
テテクはゆっくりと立ち上がる。
一瞬、走り出す直前のような格好になって、私達にすさまじいスピードで突進してきた。
彼は私たちの目の前まで近づき、一言放った。
「侵入者は殺すしかないなあ!!」
(37.城の主 了)
もう十二月だなんて……今年はクリぼっち(今年も)