34.城内
34.城内
ユウウェイの城の中、魔法使いの集団に囲まれている私達4人。
冷たい床の上、広い部屋に高揚したような空気が流れる。
「おお! これがユウウェイの転移魔法! 一度にこれだけの人数が拉致できるのか!」
「流石は跋扈様! さて、こやつらをどうするかなぁ?」
次々に魔法使いたちは歓声を上げる。
どうやらあの闇の通り道を作っていたのは跋扈の様だ。
魔法使いとは対照に、震えたような空気が私たちを取り巻く。
ファルシスおじいちゃんはただ直立しているが、むぅ、と唸っては何かを考えているようだった。
ソラと私は体を寄せ合う。
「戦うのかな……?」
「クラナが一緒なら誰でも倒せるよ」
そんな中、一人の魔法使いが私たちの前に歩いてきた。
赤い目をした、華奢な感じの細い男だった。
灰色のマントで身を包み、青いペンダントをしている。
鋭い目からはただならぬ雰囲気を感じた。
その男が、鋭い目を柔らかく歪め、迷子に手を差し伸べるような優しい口調で話しかけてきたのだ。
「あなた達、ここはユウウェイです。 ご存知ですね?」
アヌスが応じる。
「何をする気だ?」
「そうですね、あなた達はここに拉致されたのです。 この城の奴隷にでもなってもらいますかね」
「ふんっ、ならば戦うしかない。 ここで死ね」
アヌスが背中にしょった石の大剣をゆっくりと抜き、男の前で構えた。
応じるように、男も戦闘態勢をとる。
どうやらアヌスが豪傑という事には気づいていないらしい。 その顔には余裕の表情が現れていた。
「いいでしょう、貴方には力仕事でもしてもらいましょうかね」
するとの体が一瞬魔法のオレンジ色に光る。 身体強化の魔法だ。
同時に目にもとまらぬスピードでアヌスに腰に付けた短剣を押し付けた。
それをアヌスは重い大剣を、木の棒のように軽く扱い攻撃を受けた。
男は大剣に自分の剣を押し付け、対抗する。
「なかなかやりますね」
アヌスはさすがの称号持ちといった感じで、全く表情を変えず、唯男の顔だけを見ていた。
その威圧に押し負けたのか、男は短剣を離し、大きく後ろに宙返りをする。
「そこの二人の女の子には男性騎士のおもちゃにでもなってもらいますかね」
男は空中でそう言い放った。
私に寄り添うソラの体が少し震える。
唾を飲み込んで、とても怖いようだ。
「ソラ、大丈夫、アヌスならあんな雑魚一瞬よ」
「う、うん」
と、ソラは何か釈然としない様子だった。
何か別のものに恐怖を感じているような、そんな感じだった。
着地した男はアヌスに連続の斬撃を加える。
「ふふふ、そこのおじいさん、貴方は使えなさそうですね。 まあトイレ掃除でもするがいいでしょう!」
そんな攻撃もアヌスは軽々と防いで見せた。
大剣を大きく薙ぎ払い一言。
「無駄口をたたいている暇があるのか?」
それに男は苛立ちを覚える。
すっかり目は元の鋭いものに戻って、壊れた機械のような歯ぎしりもしていた。
「貴様! さっきから壁のようにしやがって、ちょっとはそっちからも攻撃したらどうなのだ!?」
「今攻撃すると部屋が吹き飛ぶ」
「何をばかなことを言っている!? そんなの、跋扈様のような称号持ち出なければできるはずがないだろう!」
アヌスの体が薄く発行する。
これも魔法の光だ。 しかし、身体強化ではない。
水色の光だった。
それを見た魔法使いの男はさらに苛立ちを覚える。
「貴様、それは力を抑えるこの世で最も役に立たない魔法だろう? この期に及んでなめているのか!? 今すぐ殺してやる!!」
男が足を一歩踏み出す。
全身に真っ赤な光を帯びている。 習熟した身体強化の魔法だ。
と、一気にアヌスとの距離を縮めた。
その短剣をアヌスの巨体の横腹に突き刺そうとする。
「はは、後悔するんだな!!」
そう言ったと同時に男の体が部屋の壁まで吹き飛んだ。
魔法使いたちの間に緊張が流れる。
誰も何が起こったのか把握していないようだ。
私たち以外は。
アヌスは大剣を男の横腹に叩き込んだ。
目の前の男でも、捉えきれないような超高速で。
「この魔法がないと体の負担が大きいんだ」
何て言いながら。
男にその声が届いたのかは不明だが。
男は勝ち誇った顔で壁まで吹き飛ばされた。
全身から血が流れ、強く頭を打ったようで動かない。
きっと全身の骨もバラバラだろう。 死んでしまったに違いない。
その出来事に魔法使いの一人が声を上げる。
「お、おいあれ、もしかして豪傑のアヌスなんじゃないのか!?」
それに周囲はざわめき、次々と声は増えた。
「あ、あっちは邪炎の女だろ!」
「あのジジイと白い女から対処するぞ!」
どうやら、神と同じような長い時を生きる魔王の存在はユウウェイでは有名ではないらしい。
邪炎と豪傑の私とアヌスを避けて戦うようだ。
だが本当の強者は言うまでもなくファルシスおじいちゃんである。
魔王というのは七つある称号のうち、最も強いとされる。
古代の国々は魔王と神、そして太導の三人の争いだったという。
その中でも魔王は魔族を自由に従え、幻想を使い、神よりも強い戦闘力を持っている。
ここまでの道中、スライムのような魔物に出会わなかったのも、お爺ちゃんの力のおかげだ。
いつも静かにいろいろやってくれていたりするのだ。 本気で寝ているときのほうが多いけど。
今のアヌスの戦いの途中もこの状況の打開策を考えるのが疲れたのか首をカクンカクンと眠そうだった。
魔法使いが一斉に弱小な遠距離魔法――炎や雷などを放つ。
その轟音に目がさえたのか、ファルシスおじいちゃんがバリアを張った。
「ぶっ壊すぞ! うて! うて!!」
あまりに弱い魔法におじいちゃんが苛立つ。
幻影の術で自分の上半身を部屋の天井に着くほど巨大にし、ドスのきいた低い声で話し出す。
「そんなガキの使う魔法じゃなくて! こういうのを出してみろ!!」
と、幻想の上半身が部屋のすべてを包む。
まるで巨人の体内の中のような不気味な空間で、お爺ちゃんは弾けるような電撃を放った。
部屋の金属が全方位からの電流に形を歪め、カーペットが踊り狂う。
魔法使いたちは次々に真っ黒こげで倒れて言った。
私達はお爺ちゃんのバリアの中でそれを見ているだけだった。
ソラが安堵の言葉を漏らす。
「こ、これでひとまずは大丈夫かな」
「う、うん。 お爺ちゃん思ったよりキモイね」
巨大化したおじいちゃんは、幻想だとわかっていてもキモイ。
幻想は柔らかく形を変えやすいので、巨大な頭部は天井を崩すことなく体内にめり込んだように見えた。
一種のホラーだ。
お爺ちゃんが幻想を解除し、バリアをたたむ。
アヌスが口を開いた。
「この部屋が見つからないうちに早く遠くへ逃げましょう」
死体だらけの部屋にいるのも気持ちが悪い。
私達は早々に部屋を後にすることにした。
暗い部屋の冷たいドアノブを私が掴む。
堅いノブを開くと、扉は思ったより重くて開けにくかった。
転々と光るシャンデリアの灯がフッと消える。
ソラが静かに口を開いた。
「なんでさっきの電流であの火は消えないで……クラナ、開けちゃだめ!!」
「え?」
重い扉の向こうには一人の男が立っていた。
白い面をし、肩までのびた長髪に、そこからから足元まで伸びる紫のマントをしたぶきみなおとこだ。
今までの魔法使いとは異なる強い魔力を感じた。
その長身からすらりと腕が伸びる。
指先は私を指していた。
「これをやったのは君かい?」
まるで道化のようなその男は、機械音にも似た声でそう言った。
その姿は奇抜で、恐怖で、そしてやはり不気味で、私達は茫然とした。
男は何の魔法なのか、その細い体を胸の部分だけ360度回転させ、遠心力に大きな円を描く両手でマスクを投げ捨て、機械音の取れた、しかしやはり不気味で恐怖な声音でこう言った。
「どうも、わたしがユウウェイ代表、跋扈、こと、ルシファルス・ブルー・テテク、でございます」
どこか空ろな目をした、白い瞳の、ゾンビのような男だった。
(城内 了)
海っていいな……