33. 角 異世界
33. 角 異世界
「うおおお!! マリ! マリイイイイ!」
アヌスが熱狂的な叫びを街中で張り上げる。
拳を握り薄っすらと涙を浮かべるその姿はギリシャ神話の登場人物の様でもあったが……若干キモイ。
そんな中、お兄ちゃんの声は何もない空に消えていく。
私はそれを横目に見るだけだった。
ソラが小さく囁いた。
「よかったの?」
「何が?」
「クラナは……その……お兄ちゃんともっと話したかったんじゃない?」
ああ、そのことか。
それはもう、話したかったよ……。
「うん、もっと話したかった……かも」
「じゃあなんで……?」
「あそこに……」
私の小さな震え声にソラが聞き返す。
人気の少ない街に、滑りぬけるように冷たい風が吹き抜けた。
雲の影が私たちを覆ったようにも思えた。
「え?」
「また……いたの……」
ああ、いつもいるの、必ず……。
お兄ちゃんの声で分かった。
「な、なにが……?」
そんなの決まっている……。
「新しい女!! お兄ちゃんまた女作ってたの!! 最悪!!」
「え?」
「なんでお兄ちゃんの周りにはあんなに女だらけなのよ!? 敵国でまで新しい女に手出すなんて頭おかしいんじゃないの!? しかもあれ多分エルフェンよ!? なんであんなもんがユウウェイにいるの!?」
ソラがぽかんとした顔で、ありんこでも観察するかのようにこっちを見ている。
もう雲は晴れて一帯は明るく照らされていた。
行った雲は私の心に到着。
悔しい思いでいっぱいになる。
「ちょ、ちょっとクラナ落ち着いて……?」
「なんで……なんで……!」
建物に反射した光が私の眼前で乱反射する。
まるで私が泣いているようで……。
「ク、クラナ、なんで泣いているの?」
「ソラ!!」
「は、はい!」
「わ、私が妹なの! 一番お兄ちゃんと仲が良いのは私なの!! なのに……!」
――――なんでみんなお兄ちゃんを持っていくのよ!
そう思ったら涙があふれてきた。
ずっと探していた人だったのに――
-------------------------------
そういえばクラナは昔から変なことを言っていた。
「ソラ、私どっかにお兄ちゃんがいるのかも」
「なんでそう思うの?」
「うーんとね、私が魔法がとっても強くて、それに似ている魔法を感じるの!」
当時、私はただの夢物語だと聞き流していた。
だが、クラナはずっと信じていたんだろう。
唯の感覚を、事実いるはずのない存在を、どこかもやもやした気持ちでずっと待っていたのだろう。
だからお兄ちゃんともっと話したり遊びたいのかもしれない。
空に置かれた雲がどく。
クラナの心に行ってしまったのだろうか。
クラナが必死に涙をこぼれ落とさないようにとあがいている。
いろいろとうまくいかなくて、疲れているのだろう。
こんな時、何て言ったら……?
「クラナ」
「何……?」
「き、きっと――」
私が言いかけたその時、アヌスが声を上げる。 小さく、重い声を。
気づけば、再び空に雲がかかっている。
ファルシスさんが小さく言った。
「人口の雲……?」
アヌスがそれに答える。
「ええ、きっと、そこ……その家の角の所にユウウェイへの入り口が開かれるはずです」
ほんの短い時間で雲がどんどん大きくなる。
だからと言って日の光が通らないわけでもないし、ちょっと曇っているとしか感じない。
なのに、アヌスの指した家の角だけが、変梃にも真っ黒だった。
クラナが驚き、聞いた。
「!? な、なんでそんなことがわかるの?」
「これまでの調査で、ユウウェイは拉致の際、限られた場所での犯行が多いとわかっています。 そのうえ、犯行の際には辺りに雲が沸いて、うす暗い場所の――とくに建物の影の一部が闇に包まれているとの報告もあるのです」
「だから家の多い住宅街に……?」
「ええ……開きますよ、走るので、皆さん構えて」
「うむ、行くか」
「……」
「クラナ……」
暗闇が膨れ上がる。
風船に空気が入るように不自然にも膨れ上がった闇はほんの少し空気を吸っているようにも見える。
私達はそれにゆっくり近づいた。
アヌス曰く、扉はゆっくり開くが閉じるのは一瞬らしい。
それが破裂しそうなほどに膨れた、その一瞬。
「走って!!」
アヌスの叫びと共に一斉に闇に跳び入る。
それと一緒に、クラナに叫んだ。
辛いとき、うまくいかないとき、それは大体一人で悩んでどうしようもなくなった時だから。
「クラナ!」
私達の体が闇に包まれる。
視界を禍々しい背景が包んだ。
そんな中、クラナの目を見る。
あちらも視線を合わせてきた。
「な、なに!?」
「クラナ、大丈夫! きっとうまくいく! 私も手伝うから! お兄ちゃん捕まえて連れ戻そう!」
それを聞いたクラナの瞳がかすかに震えた気がした。
それがクラナの何かになったのか、何かの助けになる言葉だったのかわからない。
でも、そのあとクラナは小さくうなずいて言った。
暗闇の中でもはっきりした顔で、「……うん!」と喉を鳴らしながら。
------------------------------
突如現れた闇に飛び込んだ。
どうやらその先はユウウェイにつながっているらしい。
闇の中はものすごい迫力の雷鳴が轟き、黒い霧で埋まっていた。
頭に響くような何かの叫びが、奥の見えない闇から聞こえてくる。
もう入り口は見えない。
私はただお兄ちゃんのことを考えていた。
昔から探していた人。
生まれた時から感じていた人。
私に似た魔法を持っている人。
実際それが血族なのか、それもお兄ちゃんなのかなんてわからなかった。
ただいると確信していたのだ、それがなんとなくお兄ちゃんのような気がして。
お母さんに聞いても、作ったような笑いで隠されていた誰かの存在。
――あの日、スライムに襲われている人を見た時に確信した。
スライムにも勝てないような、よくわからない人だったけど、間違いなく、自分の感じていたその人で、布団の中、子供心に夢見た兄の存在で。
ようやく、生まれながらの疑問の答えが出たというのに、女神が邪魔で近づけなかった。
そのうえ今度はエルフェンまでお兄ちゃんのそばにいる。
このままでは取られてしまう……そんなことを考えていた。
周りの闇のように陰鬱な憂鬱に支配され、小さな行きどころのない憤怒に涙腺がつつかれていた時、隣で全く闇に包まれない……足先から頭の先まで真っ白な少女がこちらを見ていた。
何を思っているのか、綺麗な顔を歪めて、何も悲しくないはずなのに、少しだけ泣きそうな顔でそこにいた。
彼女は不安そうに口を開く、「クラナ」と言った。
いつものお調子のある声ではない。
私は「何?」とだけ返す。
ソラは不安そうに言った。
きっと大丈夫だよ、と。
何かが温まるのを感じた。
出口は突然に視界に現れる。
ソラにお礼を言う暇はない。
背景がだんだんと明るくなり、高速で闇が消えていく。
私は、ただ一回うなずいた。
そして、出口を抜け、辺り一面光に包まれる。
私達は見知らぬ場所の堅い床の上に降り立った。
周りには魔法使いと思われる聖職者のような服装の人々。
彼らは私たちに驚嘆の声を上げる。
「お、おお!!」
呼応するようにアヌスが声を漏らした。
「な、なぜこんなところに……?」
額に汗が伝うほどに、隠してはいるがアヌスは動揺している。
聞いてみた。
「こ、こんなところ?」
「何かまずいのか?」
アヌスは目を見開き、ほんの少し震えた声で一言だけ言った。
「こ、ここ、敵の城の中みたいですね……?」
「え、ええええ!?」
(角 異世界 了)
ユウウェイは異世界なのか?
(口内炎って痛いですよね)
(おやすみなさい)