31.辺鄙な村の一戦
31.辺鄙な村の一戦
村のすぐそばの静かな丘陵には、荘厳な雰囲気の兵隊が集まっていた。
数は約500。人口100にも満たない村には少し用心が過ぎる。
率いるは二人の貴族。
どちらも兵とは違い、欠伸をして余裕である。
そのうちの一人、太ったほうが腕を天に伸ばし、緩やかに挨拶する。
「えー、こちらの方は、我が国の選ばれし貴族、ロバック・バルベリア殿であるぞー。 抵抗しなければ奴隷にしてやる。 抵抗するなら死ねー。 始めるぞー」
そう言うと二人は大軍と共にゆっくりと歩き始めた。
いかにもやりなれている感じである。
対してこちらは集まった人員が3人。
だが決してなめ腐っているわけではない。
非常にシンプルな作戦と強い人間を増やしたのだ。
「本当にあんなに簡単なやり方で大丈夫か?」
「シンプルイズベスト! あいつらはいつも抵抗もしない村を襲いまくっているから、簡単な罠でもちゃんと引っかかるわよ」
貴族の二人が丘陵を下りきる。
と、同時に大きな破裂音が辺りを覆った。
丘が小さく震え、鳥が一斉に空に舞う。
兵士たちに緊張が走った。
ロバックと呼ばれた貴族が彼らを鼓舞する。
「落ち着け! いったん止まるぞ!」
と、同時に丘が大きく崩れる。
悲鳴と共に大地の深くへ消え、そこには丘を下りた二人の貴族だけが残った。
そう、作戦とはつまりただの“大きな”落とし穴だ。 丘一つほどの落とし穴に兵士を飲み込ませる。
こうして村には沈黙が響いた。
俺達三人は貴族の前まで歩いていく。
「マリさん、両手に花ですね、片方は毒まみれみたいですけど」
「マリさん、胸を失った哀れな女が何か言っているわ、兵士と一緒に穴に埋めてあげましょうか」
「落ち着けよ……」
二人の貴族の前に立つ。
まるまるとした貴族は額に汗を浮かべながら怒鳴り散らした。 強い焦りが見られる。
「お、おおおお、お前ら! な、なんてことを! 国は許さないからな!!」
「黙れ!!」
それに、ロバックが怒鳴り声を上げた。 こちらは強い怒気を含んでいるようだ。
額にはしわが寄り、全身の毛が逆立っているようにも見える。
彼はゆっくり馬から降り、腰に付けた細剣を抜きだす。
それをこちらに向けた再び口を開いた。
「貴様、名は?」
「……マリだ」
「マリ、その下劣な戦いぶり、騎士として見過ごせない……ここで俺と戦え、切り刻んでやる」
「貧しい村を滅ぼしまわっている貴族さんは言うことが違うな、武器も持っていない奴に剣使うのかよ」
「ふん、貴様には剣などなくても魔法が使えるのだろう? その溢れんばかりの魔力、おれでなくとも分かるぞ」
「へっ、だが俺は魔法は使わない、制御できないからな! だから、お前はこちらのアメリアさんにやられるんだよ!!」
そしてアメリアが貴族に向かって歩き始める。
貴族は不意を突かれたように目を見開いた。
これからアメリアが戦うのである。
目が覚めてからたくさん魔法の練習をした。
魔法で物を破壊したり、水を生成したりと、いくつかできるようになったが、破壊の力が暴走して村全体が消滅しかけたり、水の量が多すぎて森の木がすべてどこかに流れて行ったりと、危なすぎるので結局アメリアが戦うことになった。
クナ曰く、アメリアは先代の神なので、一国の貴族程度小指でバラバラにできるとか。
しかしアメリアはドSなので、一瞬で終わることは無いらしい。
俺の言葉にロバックの怒気が強まる。
「なんて愚かな奴なんだ、自分は戦わず女に任せるなんて……。 だが、たとえ女でも我が軍を陥れた罪は深い、容赦はしないからな」
「マリさんの敵は全員私の最も恨む敵だわ。 明日お城にあなたの死体が送られないことを祈っていてね」
アメリアは溢れんばかりの笑顔でそう言った。
こわ……。
歩いていく後ろ姿も揺れる青い髪も美しく絵になるのに、口から出る言葉が過激である。
そんなアメリアにクナが一つ忠告を入れる。
「絶対に殺しちゃダメ! 生け捕りにしなさいっ!!」
貴族はバカにされたと思ったのか、迎えることなく、ゆっくりアメリアに近づいて行った。
そして二メートル程にまで距離を詰めると、背筋をピンと伸ばし、アメリアの鼻先に剣先を向ける。
対してアメリアは両手の指を胸の前で絡め、目を閉じた。 両者戦闘態勢という事だろう。
ちなみに、貴族様の服装は様々な勲章がついた、いかにもな恰好なのだが、アメリアは喫茶店の店員服だ。
確かに後ろ姿は美しいし、両手を合わせ、全身に薄っすらと淡い青光を纏うその姿は、神話的な神秘性に、夢でも見ているような幻想さすらある。
しかしやはり、ただのエプロンなので緊張性に欠けるというか、なんかシュールですね。
そんなことよりも、アメリアが纏う魔力が風を動かしその髪を揺れ動かす。
大きく動くエプロンの腰の細さや、ちらちら見えるうなじに視界が支配されるのを感じた。
アメリアにキスされた瞬間が脳裏をよぎり、見悶える。
決して自分から凝視しているわけではない。 決して。
クナに頭を叩かれたことに気づかない程しか集中して眺めていません。
いやマジで、日常的な服着る美少女って神ですよね、俺じゃなかったら余りの端正さに惚れていたね。
と、まあ、どうでもいい妄想を広げている間に貴族が動き出す。
高速で剣を振り下ろし、アメリアの首を切り落とそうとする。
しかしアメリアは身に纏う魔法の一部を凝固させてガード。 目は閉じたままだ。
指も絡まったままで、もはや全く動いていない。
一間おいてロバックが何度も剣を振る。
しかしその全てをアメリアは動かずに抑えた。
ロバックが顎先に小さな汗を引っ付けて言う。
「お前、何者だ……。 本当に女か?」
「ええ、今は準備中なのよ」
「では、その準備中とやらは止めてもらおうかな……!」
そういうとロバックは体にオレンジ色の淡い光を纏い始める。
俺もよく使う、身体強化の魔法だ。
そうすると彼は全方向から超高速で剣をアメリアに振り始める。
アメリアは常に動かずガードした。
「と、マリさん、あの青い奴のガードがもうすぐ壊れますよ」
貴族の剣の音が平野を包む。
俺はその動きを目にしようと必死だったが、クナはボーっと、つまらなそうに見ていた。
ちなみに、太った貴族は右の拳を強く握り、「いけー! いけー!」と叫んでいる。
「あのガードが崩れたら、動き出すのか?」
「ええ、面白いのはそっからです……速すぎて見えないかもしれないので身体強化つけてください」
クナに言われた通り、身体魔法の魔法を自分にかける。
すると貴族の動きが目に見えるようになった。
「お、おお! この魔法は動体視力も上がるのか!」
「体だけ強くなっても意味ないですしね」
そんな会話を繰り広げているうちにアメリアのガードがボロボロになっている。
貴族の激しい攻撃に、ポロポロと青い魔法は落ちてゆき、ついにガラスのように割れてしまった。
遠くで小さく「よし!」と声が聞こえたかと思ったのと同時のこと。
ガードのないアメリアに剣が下ろされる。
いまだ動こうとしないアメリアにロバックが一言。
「それで終わりか? 守るだけなのだな」
そして剣がアメリアの頭に下ろされるその直前。 青くたなびく髪の先をその刃が寸断したかとも思えたその一瞬のこと。
不意に強くなった風に貴族が大きく後ろに飛ばされる。
「ぐぐ……!」
と、そこには大きく目を開いたアメリアが立っていた。
豪風ともいえる風をその身に纏い、辺りの葉が後方に倒れる。
絡まっていた両指はすでに解かれ、堂々と立つ姿はあまりにも神々しく、周りの生き物は動くことを忘れて立ち尽くす。
ビリビリと空気を張るそのエルフの目は、銀色に光っていた。
「本戦というわけか!」
「ええ、来なさい、たぶん殺さないわ」
ロバックが流れる風のようにアメリアに近づく。
その剣が突く彼女は最小限の動きで続々と避け続ける。
と、突然小さく前方に跳んだかと思えば、空中で蛇のように泳ぎ、ロバックに飛び込んでその胸をポンと触れる。
瞬間にロバックは丘のあった大穴に向かって吹き飛ばされた。
彼が小さく唸ったかと思えば強い風が吹き、穴には落ちず、地面に蹴飛ばされる。
着地するや否や、ロバックは吠えながら剣を横に大きく振る。
跳んだアメリアはかわしてゆっくりと地面に着地した。
「いま降参したら奴隷にしてあげる。 抵抗するなら……そうだな……死ねー、だっけ?」
「貴様ああああ!!」
「あーあ」
ロバックはボロボロの体でも戦うことを選んだ。 その目は赤く純血している。
それに対しアメリアは両手を大空に向け、空中に大量の槍を生み出しては、それを全方向に吹き飛ばした。
世界が槍に包まれる。
よくできたもので、槍は俺とクナを正確に避け、こっそり逃げようとしていた太った貴族の足を貫いた。
ロバックは次々降り注がれる槍の間をすり抜け、アメリアを目指す。
アメリアは次に、たくさんの石を地面から持ち上げ、それをロバックに向かって打った。
剛速球のそれはロバックに全身に打ち付けられる。
しかし彼は意に介さず、アメリアを目指し続けた。
「あ、やばいかもしれないです」
「アメリアがか?」
「はい、あの女確実に貴族ぐっちゃぐちゃに殺そうとしていますね」
「え!?」
ロバックがアメリアに大きく近づく。
その剣がアメリアの頬に触れた。
「お、おい、大丈夫なのか!?」
しかしそれ以上剣が進むことは無かった。
そしてロバックが床に膝をつく。 その体からは何か煙が上がっているようにも見えた。
同時にクナが駆けだした。
ロバックが弱弱しい声で言う。
「なん、という……いったい何をしたんだ……?」
「えへへ、超強力な電気を剣を通じて流させていただきました。 でもまずいですね、私はさっき地面の中から電気の良く通る石を選んで貴方にぶつけました。 一つ一つは小さい石ですが、電気が流れて集まって同線みたいにひも状になって、電気が強くなって、磁力に変わってきますね」
「お前……一体何を」
「そういえばさっき五千人分の槍を全方位にばらまきましたね、鉄製の」
「お、お前まさか……!!」
そう言って咄嗟に貴族は辺りを見渡す。
しかし見渡せばそうする程、絶望の色が強まるばかりだった。
少しづつ、しかし明らかに加速しながら鉄の槍がロバックに近づく。
それはまるで発車した新幹線のように急激に速度を増して、全方向からロバックに突入していった。
彼は悲鳴を張り上げながら槍先に包まれる。
そして槍同士が爆発するような豪音を上げて絡まりあった。
こうしてロバック・バルベリアは死んでいった。
ように思えた。
「な、なに!?」
ロバックの体が黄金の光に包まれ、その体には一つの槍も刺さっていない。
また、アメリアが声を荒げた。
「ちょっと!? この糞女神!! 何やってくれてんのよ!?」
「うっさい!! 趣味悪すぎでしょ!? 生け捕りって言ったわよね!? 危うく死体も残らないところだったわよ!? 速くその銀色の目ん玉元に戻して槍を片付けなさい!」
“生け捕り”を思い出したのかアメリアは「あ」と小さく呟く。
そして、バツが悪そうに「ふん!」と言って青い目に戻り、槍を蒸発させるように消し去った。
クナは紐を生成し、ロバックの腕をきつく結ぶ。
そして悪人のように笑って、言った。
「あんたとそこの足に風穴開いたデブには情報源として奴隷になってもらいます! 質問が拷問に変わらないように変な行動は避けるべきですね!」
そして貴族は観念した。
俺は、もはやただただ眺めているだけであった。
女は怒らせないほうが良いということもよく学んだ。
怖い……。
(辺鄙な村の一戦 了)
明日はお出かけです