30.修羅場②
30.修羅場②
黒い髪の少女はこう言った。
「私のほうがマリさんが好きです、エルフなんかに負けません」
変装のスーツがはだけてするりと落ちてしまいそうなほどの憤慨の後、赤くなった顔で俺を見つめながら。
青い髪の少女はこう言った。
「そこの迷惑女神なんかより私のほうがマリさんが好きです、なんだってします、なんだってできます」
人間離れした美しさと妖精に愛されたような綺麗な声で。
二人の少女が頭を上げた俺を見つめる。
二人が並ぶとあまりにも綺麗で……頭の中が……真っ白に……。
「「マリさん!?」」
目が覚める。
静かな部屋だ。
「いったい……何が……」
俺はアメリアの部屋のベットに寝かされていた。
声が聞こえる。
「マリさん……いままで結構無理してたのね……」
アメリアの優しい声だ。 続いた。
「突然気絶したのよ。 体は……大丈夫でももう少し寝ていて」
アメリアの声は心が休まる。
「夢を見たんだ……俺の好きな奴とアメリアがけんかする夢。 俺は夢の中で二人を仲直りさせたくて、無理に理由を作って俺を手伝ってくれって言ったんだよ。 そしたらさ、俺が二人のどっちかを選ばないといけない展開になって……」
アメリアがスーっとため息をつく。
「そこの扉の裏にいる女が聞いたら喜びそうなセリフね、妬ましい」
「え? お前何言って……?」
「もう少し寝ていなさい」
そういってアメリアは俺の瞼を右手で覆う。
彼女の手のひらが薄っすら光ったような感覚がして……俺はゆっくりと、再び眠りについた。 なんか疲れた……。
「盗み聞きなんて神の称号に似合わず汚いことをするのね」
「あんな言葉でけんかした時点でもう汚いですよ」
嫌いなエルフが寝ているマリさんの隣に座っている。
彼女は何か遠いものでも見るような目でマリさんを見ていた。
「マリさんはあなたが転生させたんですってね、なんでマリさんだったの?」
部屋にある机用の椅子に座る。
「小憎たらしいエルフですね、魔法が得意なら魔法で私の心を読めばいいのでは?」
「エルフェンは汚いことが嫌いなのよ」
「なら一体何処からあの汚い言葉が生まれたのでしょう?」
「いいから話しなさいよ」
アメリアはただ頬杖を突いてマリさんを見ていた。
「マリさんは元の世界で母親が亡くなっているの。 父親も失踪のような状態にある。 それが可愛そうだったからです」
「それだけなら他の人でも良かったわよね」
この女……。
「マリさんが描く絵……」
「絵?」
「そう、絵。 あまりにも似ていました、こっちの世界の、死んでしまったマリ君やクラナに」
「クラナ……マリさんの妹ね。 なんで似ていたのかしら」
「神にもわからない。 だから思ったの、神の関与しないない転生があるのだと」
「こっちのマリさんがあっちに行ったっていう事?」
「ええ、それでマリさんしかいないと思った……戦争を止めるには特別なマリさんじゃなければいけないと」
「あ、そ……」
部屋には時計の音だけが響く。
あれだけうるさかった部屋が、遠い昔の出来事の様だった。
「それで、マリさんは特別だったの?」
「ええ、特別だった。 私がマリさんにあげた魔力はたかが知れている。 とても大木を産み出すことはできません」
「じゃあなんで……」
「私じゃない誰かがマリさんに与えています。 もはや神さえ計り知れない量の魔力が何処からかマリさんには送られている。 ただ、あんまりに強力すぎてマリさんは扱いに困っているみたいですけど」
静かな部屋では途切れ途切れの会話が生じている。
合間合間の静かな空間にはマリさんの小さな寝息が聞こえた。
「特別だから好きなの?」
「……最初は好きじゃなかった」
「助けてもらったりいろいろされてコロッと落ちたというわけね……」
「どうでもいいでしょ」
いままでマリさんだけを見ていたアメリアが私のほうを向こうとしてやめる。
「……本当に戦争は止まるのかしら?」
「止めるの。 絶対に」
「私はあなた達と同じで拉致されてユウウェイにいる。 でもこの喫茶店が好きだから、あまり店を離れたくないの」
「でもお願い、マリさんが手伝ってと言ったの、手伝って」
「マリさんならまだしも、貴方に言われてもね」
「お願い」
一間おかれる。
「……折れた」
「軽いのね」
「戦争は誰もが止めたいと思っている。 特に私のように寿命の長い者たちはこの戦争が大嫌いよ」
「……ありがと」
アメリアは「それで」と続けた。
「貴族倒してあなた達は何がしたいの?」
「とっ捕まえて拷問する」
「前から思っていたけど女神ってそんなにハチャメチャやっていいの?」
「序列で言えば一位ですもの」
「あ、そ……」
(30.修羅場② 了)
クッキーて美味しいですよね。