3,異世界で兄として暮らすことになった話
3,異世界で兄として暮らすことになった話
「だって......お母さんは、1ヶ月前に......死にましたから」
「へ......?」
お母さんは死にました。その事実が寸秒の間をおいて女性に伝わる。
伝導された情報は脳内で反射、形を変えて戻ってきた。
「そ、そっかぁぁぁあぁぁあ」
女性はわんわん泣き出した。
今までで一番の大粒の涙で。
「マリじゃなかったかああぁぁああっ」
女性の声がとても大きいのは、悲しみを押し隠すためだろう。
気がつけば俺の目からも溢れ出す。
「も、もうっ、違うなら早く言ってよね? ほ、ほら、お風呂に入ってきなさい。 脱衣場はあっちよ。 着替えは適当でいいわね?」
重い雰囲気を変えたのは魔法が使える女の子だった。
きっと、これ以上俺と女性が傷つくのを阻止したのだろう。
俺は促されたように風呂に入り、体を洗う。
湯船に映る自分の顔に驚いた。
......寂しいなぁ。
風呂から出る。
何だかリビングの扉を開くのが気まずい。
しかし、お礼はちゃんと言わないとな!
ガチャッ......
ドアのノブを引く手は微かに震えていた。
「あ、あの......」
「あ、出たのね? さっきはごめんなさい、勘違いで取り乱してしまって」
「い、いえ、風呂、ありがとうございました」
金髪の女性に誘われ、リビングのソファーに腰かける。
台所とリビングがくっついており、台所にある、きっと食事に使うのであろう木製の椅子に少女は座っていた。
視線が重なるが、気まずそうに少女は目をそらしてしまう。
ソファーに座る俺に、金髪の女性がティーカップに紅茶を注いで持ってきた。
さっきまで泣きじゃくっていたため、その目が赤く腫れている。
彼女は口を開いて説明を始めた。
「本当に、さっきはごめんなさい」
「いえ、いいんです」
あれだけ涙を流していたのだ。
きっと大切な息子さんだったに違いない。
亡くなったのだろうか......?
彼女はソルレと言う名前らしい。
やはり少女の母親で、父親は今は仕事で町に出ているようだ。
ソルレさんは初めて産んだ息子が、俺が出会ったような怪物に連れ去られてしまったたことを話してくれた。
彼の名前はマリ。奇にして偶然に、俺と同じ名前だ。
連れ去られたのはマリが3歳の頃。
一瞬目を離した隙に、空を飛ぶ魔物に連れ去られてしまったらしい。
きっとまだ生きている。そう信じているということは痛いほどわかった。
俺を見てあんなに喜んだんだからな。
しっかり、俺も話した。
1ヶ月前に母親を亡くしたこと。
立ち直れずに部屋に引きこもっていたこと。
ちなみに、俺の父親は何処かへ行ってしまった。
母さんの死んだ病院で一緒に泣いた日の翌日。
父の部屋はガラリと静かで、家に俺は独りぽっちになっていた。
週一でポストに金が入っている。
父親の筆跡で「仕送り」と書かれているので、自殺とかの心配は無さそうだ。
しかし、一人失って、もう一人居なくなってしまう、そんな状況は、俺の心を暗く、暗く閉ざすには充分だった。
その事もソルレさんに伝えた。
少女とソルレさんは熱心に俺の話を聞いてくれた。
突然家族が亡くなることで、共感する点があるのだろう。
悲しいことを共有できて、ここ1ヶ月閉じていた心が少し開いた気がした。
俺とソルレさん、2人の話が終わる。
どうやら、話してすっきりしたのか、俺はまた少し目が潤んでいたようだ。
涙を脱ぐって改めてお礼を……
ほんのちょっとだけ軽くなった上半身を両足で持ち上げ、お礼の言葉を言おうとしたとき、魔法使いの少女が口を開いた。
「う、うう~ あ、あんだぁぁっ!! 大変だっだのねえ。 でも、もう大丈夫。 あんだ家の子供になりなざいよ!」
え?
「え?」
少女の声は会ったときから考えると、到底考えることのできなくらい濁っていた。
ヒクッ......ヒックと鼻を啜り、ボタボタ涙を流している。
俺のために泣いてくれるのか。
って、それはさておき、子供......?
ソルレさんが咄嗟に口を開く。
「そ、そんな、何を言っているの? そんなことできるわけないでしょ?」
ソルレさんは反論はしたものの、一概に嫌というわけでも無いらしく、その声はだんだんと弱くなっていった。
大きな声で少女は伝える。
「問題なんが無いわ!! 家で暮らせばいいっ!! ここにはお母さんとお父さんと私がいるよ!!」
「そ、そんなこと、できるわけ----」
「あんだに言ってないッッ!!」
少女は強引にソルレさんを黙らせる。
続ける。
「お母さんは見捨てるの? こんなに苦しそうなマリを」
静かに聞いた。
「ッ......」
ソルレさんは"マリ"という名前に何も言えなくなる。
「で、でも......」
俺は......個々にいていいのだろうか?
だって突然出てきた見ず知らずの男だぞ?
騙しているかもしれないんだぞ?
子供になるってのは、ここの家で暮らすことになるのだろ?
父さんだって何をしているかわからないのに......家を空けていいのか?
というか家に帰れるのか? ここどこなんだ?
戸惑う俺。
圧倒される母親。
心優しい女の子。
「で、でも......」
こんなに優しくされたのはいつぶりだろう。
ソルレさんと目があったとき。
ドキッとしたんだ。
優しい目に。
俺の母親と......お母さんと似ている瞳に母親の優しさを思い出してしまった。
今も感じている。
そんなことを考えていると、俺の弱い心じゃ抗えない。
一緒にいていいのなら、一緒にいたい。
ある日突然、独りになった。
引き込もって、絵を描いて、無心で寝ていた。
考えると思い出して、泣いてしまうから。
寂しいのは嫌だ。
だから求めたい。
「で、でも、ここに居ることは出来ません」
求めたいが、求めない。
寂しさを抱えて、俺は生きていく。
ソルレさんは少女の母親なんだ。
俺なんかが居てはいけない。
ソルレさんと話せただけで満足だよ。
「俺は、ここの子供じゃないからね」
優しい少女に出来る限りの笑顔を向けて誘いを断る。
視界が歪み始めた。
俺は風呂にはいる前よりも泣いていた。
せっかく着替え用意してくれたのになぁ。
止まんねぇなぁ。
涙を袖で拭き取る。
その袖はもうびちゃびちゃだ。
少しの時間が流れる。
少女に目を向けると、少女は寂しそうな顔をしていた。
さ、俺はそろそろ、おいとましないと。
少女から目を離し、ソルレさんにお礼を言おうとした時だった。
その時、涙で歪んだ世界の中で、顔を上げた魔法使いは笑った。
優しい笑顔で。
暖かい笑顔で。
俺の後ろ、彼女の母親を見て、笑った。
俺はその方向----ソルレさんの方へと目を向ける。
ソルレさんはその優しい瞳で俺を見て、それは、"お母さん"のような笑顔で、俺の、いつの間にかこんなにも沈んでいた肩に手をかけて、言ってくれた。
「ここにいて、いいんだよ?」
少女は微笑んで、俺に伝えてくれた。
「もう泣かないで?」
「え?、いや、え?、ん?」
脳の処理が追い付かない。自分が今何を考えているのかがわからない。
でも、自然と体が熱くなるのはわかった。
彼女らの暖かさが、優しさが俺の体に乗り移るのを感じた。
「え、えぁ、ぅ、ぅあ」
頭の中に無数のフレーズが浮かび来る。
しかし、どれひとつも言いたい言葉じゃなくて.....。
「え、ぁあ、あう、そ、そん----」
気づけば、自分の唇がピクピクと震えている。
2人を見据えるこの目はこんなにも見開かれていて......
次の瞬間、溜まりたまった何かが爆発する。
びきびきに張られた玄がブツンと弾け切れるかのように声と涙が小さく、大量に溢れてきた。
「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」
なんでだ?、嗚咽が止まらない。
なんでだ?、叫ぶ口が閉まらない。
なんでだ?、こんなにも心が暖かい。
暖かい、暖かいから、暖かすぎるから、涙が止まらないんだよ。
「あぁっ ああああっっ!!」
膝がおれて、倒れこむ。
四つん這いで泣きじゃくる。
拭いても拭いても、拭っても涙は止まらない。
ああ!!いたいよっ!! こんな暖かい所居たくないわけないだろッッ!!
心のなかで必死に叫ぶ。
声に出せない。
絶え間なく流れ出す涙と嗚咽に邪魔され、言いたいことが言えない。
「ああっあああぁぁあぁぁあ!!! うわあああああぁぁぁああっ!! あがっ、はぁっ、はあっ う、うっ、うわああああぁぁぁあぁああ!!」
「"居れない"じゃないよ。
"居たい"のか"居たくない"のか聞かせなさい?」
魔法少女は俺に優しく問いかける。
こんなの、もう、抗えるわけがない。
「いっ、ひっ、いっいい、居たいですッッッッ!!!!!」
目を積むって、上を向いて叫ぶしかない。
叫びたかった。
そしたら少女は一間置いて、
「そ、じゃあ、今日からお兄ちゃんだね!!」
瞳を開くと、はにかむ少女の顔が涙越しにぐにゃぐにゃに映った。
あまりに綺麗で、あまりに可憐で、思わず見とれて涙が引いていく。
ぐにゃぐにゃの笑顔ははっきりと俺の目に映って......------
「よろしく!! お兄ちゃんっ!!」
泣かせんなよおおおおおおおおおおおっっづっっつっ!!!
「あ、ああっ! ヒグッ よ、よろしくな」
落ち着かない呼吸の中で、少女に言葉を返す。
なんか泣いてばっかだな。
でも、いいや。
今は、いいよ。
真っ暗で、重くて冷たい俺の心に暖かい日差しが差し込む。
光を放つ太陽は、あまりにも眩しくって直視できない。
暗い、暗い夜が明け、日が出てきたのだろうな。
俺の中で静止していた時間は活動を再開し、色のない世界に鮮やかな景色が甦る。
溢れ出す涙の量が俺の心を二人に伝えてしまっていた。
二人は俺に思い出させてしまった。
家族の暖かさ。
今日からみんなで家族だ。
泣きながらじゃ、ダメだよな!
立ち上がり、ズボンの皺を払い、二人の方をしっかりと見る。
「改めて、よろしくお願いします!」
少女はフッと笑った。
ソルレさんは涙を拭った。
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「さっ!!夕飯の準備よ!」
ソルレさんが台所へと向かう。
「あ、手伝います」
「そう? 気が利くわね。 あと、家族なんだから、敬語は無しよ」
ソルレさんはどこまでも優しい声で俺に伝えた。
ほ、本当の家族になった気がするぞ!!
気がするってか、なったんだ!!
じゃあ...---
「て、てて、手伝うよ、お、お母さん」
ちょっと不器用だがお母さん、と伝えた。
なんだか少し気恥ずかしい。
一瞬驚いたような顔をし、お母さんは俺に伝えてくれた。
「うんっ!! こっちよ、マリ!!」
ソルレさんではなくお母さんについて行く。
妹が俺を呼び止めた。
「お、お兄ちゃん......」
「ん?なんだ?」
妹の顔は赤く蒸気していた。
い、妹って......かわいいっ......!
「わ、私のことは、クラナって呼んでねっ!」
へー、クラナ、て名前なのかー。
かわいくて良い名前だな。
金髪で背が低くて胸が小さい、俺の妹、魔法少女クラナ。
「......え?」
(3,異世界で兄として暮らすことになった話 了)