29.修羅場①
29.修羅場①
お悩み相談から三日後。
俺は喫茶店の奥の部屋にいた。 アメリアと一緒に。
「あなた」
「あなたって呼ぶな」
「お風呂にしますか? ご飯にしますか?」
「私にしますかって言ったら殺す」
「もう……ノリが悪いのね」
あれから三日間クナの元へは帰っていない。
あの時、俺が壁に追い込まれたときアメリアとの距離が近すぎて彼女と唇が触れてしまった。
そんなこと言ったら殺されるはずだ。
そして俺にはクナの拷問に耐える自信がない。 つまり死ぬ。
逃げるしかなかった。
「貴族が来るのは後四日だ。 それまでに何か作戦を考えたい」
アメリアの喫茶店に居候を始めてから三日間はなんだかんだ言って何もしなかった。
対貴族の作戦を考えようにも、いつまでも子犬のように俺にじゃれようとするアメリアが人の思考回路をショートさせる。 可愛いは罪。
だからただボーっと空を眺めていた。
このままアメリアと結婚すればクナに殺され、クナのところに帰ればクナとアメリアに殺される。 俺はただ転生しただけなのに……。
だからと言って貴族進軍に何もしないわけにもいかない。
だからもうアメリアに頼ろう。 クナとアメリアのことは後にしよう。 そうしよう。
静かな部屋にアメリアの声が上がる。
「魔法の練習でもしてみる?」
「……意外と真面目に答えてくれるんだな」
「本来のマリさんの目的は果たすわよ」
「そうか……でも魔法の練習はダメだ。 ダメというか嫌だ。 怖い」
わがままかもしれない。 でも怖い、怖すぎる。 水晶の映像を見たらもう魔法なんて使いたくなくなる。 考えただけで腕が震えるのだ。 貴族ではなく、俺が村を壊すのかもしれないのだ、と。
「まあ、たしかにあの魔力量を後四日で使いこなせるようにするのは難しいわね」
「ああ、だから何か罠をかけたいんだ。 そうすれば貴族たちを一網打尽にでき」
どこか遠くで鳥が鳴いた音がした。 それと家の軋む音、扉の開かれる音。
「おっとっと……ここは美味しそうな喫茶店ですね……エルフ肉が売っていますよ?」
俺の発案を遮り何かが部屋に入ってくる。
それはとても邪悪な魔力を全身から放出し、あまりの強大さに部屋の窓が割れた。
それと同時に俺の前進が硬直する。 動こうとしてもガタガタ震えるだけだった。
そんな俺を見てアメリアはわざとなのか、こう言った。
「あなた……この失礼な女は誰かしら?」
その目は人を殺す目だった。
「おっとっと、ここにいるのはもしかしてマリさんでございますか? あはは、最近帰らないと思ったらこんなお肉屋さんにいたんですねぇ」
クナが俺の肩を掴む。
「ふ、ふぇ!? ク、クククナさん!?」
その手をアメリアが掴んだ。
「あらあら、勝手に人のお家に上がり込んでは人の男を取ろうとする貧乳がいたわよ滑稽ね。 その無い乳にパットでも入れてから出直すことだわ」
メキメキと二人の握力が上がる。
メキメキと俺の肩が悲鳴を上げる。
「おっと無礼なエルフがいたものですね、貴方なら私のポジションがどこにあるのかお分かりなんじゃないですか?」
「その“エルフ”とは何かしら? 確かに貴方は大魔法使いの一人ね、その上マリさんの自称彼女みたいだけど……」
「エルフとはこの国のエルフェンのことですよ? やはりエルフは魔法をぶっ放すだけがとりえの低能でサルのような種族みたいですね」
クナが赤いオーラを身に纏う。 家が軋んだ。
「貴方こそ、神になる前は魔法以外に何もできない役立たずだったでしょう? あの頃の下品な乳は何処へ飛んで行ったのかした?」
あの頃……?
アメリアが青いオーラを身に纏う。 地面が震えた。
俺の額には冷や汗が一滴、二滴……だらだらと汗が流れる。
「あら、私に神の座を奪われたのがそんなに悔しかったのですか、あははエルフって怖いですね」
え、アメリアさん先代の神的な!?
「そう、じゃあ試してみるかしら? あの時の勝負がまぐれだったとわからせてあげるわよ……人間!」
「かかってきなさい、あの時みたいに圧倒的大差で打ち負かしてあげます」
二人のオーラが家を包む。 両社身を構え、地面の震えは一層大きくなる。
「やめろ!!」
「え!?」「あ!?」
「やめ!……てください……」
二人の圧倒的威圧感になすすべなくマリさんノックダウン。 かっこ悪い。
「マリさんは私といろいろが用事があるの。 泥棒猫は早く帰って頂戴」
「どっちが泥棒猫なのでしょうか?、マリさん、神なんでマリさんが考えていることはわかります、この店であったことも今把握しました。 マリさんはそんなに悪くありません。 でもこの女にはうらみがあるのでぶっ殺します!」
クナが物騒な言葉でアメリアを威嚇する。 これが俗にいう修羅場。 ヤバい……死ぬ!?
「わかった、わかったよ!! 二人ともいったん落ち着いてくれ!」
とりあえずここで戦わせるわけにはいかない、いろいろ壊れる!
「マリさん、この女神殺します」「マリさん、このエルフ殺します」
「わかったって!! だから話を聞け!」
二人が嫌々戦闘の構を解く。
しかし莫大な魔力を保持する魔力オーラはいまだ健在だ。
「二人に昔何があったのかはわからないよ、でも一回その魔力も隠せ、ほら二人一緒にだ! せーの!」
「……ちっ」「……ふん」
二人の魔力が一斉に隠された。 これで落ち着いて話ができる。
クナのほうを向く。
「ああ、ああー、その、まずクナ! 帰らなくてごめん! もう言い分けとかない! 俺が悪かった!」
「まあいいです、エルフみたいなけだものに絡まれたら無理もありません」
クナはアメリアを睨みつけた。
「わかった、わかった!! 次にアメリア! 俺はもう帰る! お前とは結婚できない! ごめん!!」
「この貧乳ド畜生女がいるからですか!? 今殺すから待っていてください!!」
アメリアが再び戦闘の構えに戻ろうとする。 その顔は悲しそうに歪んでいた。
「違う!」
「え……」
「確かにお前はすっごい可愛い! いろいろ手伝ってくれるのはうれしいよ! でも俺まだ結婚とか無理だ! 好きな人が他にいる! ごめん!」
「な、ほ、他に……?」
「ああ、そうだそれに、今俺がやるべきことはこの村を貴族から守ることだ! これ以上時間を無駄にはできない、わかってくれ!」
「ま、まあ、マ、マママリさんがそそそそそう言うなら……」
アメリアが部屋の椅子に落ちるように座る。
「おっとー? どうしたんですかねぇ? あのエルフ最強の魔法使いがたじたじですよ!? あはははは!」
「おい煽るな……」
しかしもうアメリアからの反論は来ない。 なんか灰みたいに燃え尽きている。
「そして、すっごい自分勝手だけど二人にお願いがある!」
せっかく二人がここに集まったんだ。 それにさっきの言い合い、クナが女神であるにも関わらずそれを知るアメリアは一歩も引かなかった。
昔戦ったこともあるようだ
きっとアメリアは相当な魔法使いなのだろう。
そんな二人に頼みたいこと、それは……。
「二人で仲良くなってくれ!」
「なっ……マリさん! この女神と仲良くなんて無理だわ! 絶対いや!」
アメリアが怒りの形相で俺に言った。
「いや、お願いだアメリア、お前には俺の仲間になって一緒に跋扈を倒すために城までついてきてほしい」
「マリさん!? こんな腐れエルフなんて連れていく価値ないですよ! どうせ魔法でなんか壊して足引っ張るだけです!」
「クナ、俺はアメリアの未来を見る力に助けてほしいんだ」
「そ、それは私にも……」
クナは時間計の魔法は多分使えないんだ。
「クナは俺がこの世界に来た時、魔力が多いと時間さえ何たらかんたら言っていいたよな?」
「なんでそんなこと覚えて……」
クナが目を反らす。
やはり時間系は使えない!
「少しでも凄い魔法が使える奴は仲間にしたい、大切なことだ」
「お願いだよクナ、アメリア、一緒に俺を助けてくれ」
二人に頭を下げる。
「……」「……」
本音を言うと、これ以上どちらか一方をおいてどこかへ行くのが無理そうだから二人には一緒にいてほしい。
俺がどちらかを取るともう一方から殺される……!
こんな無用中の無用な争いが続くなんて耐えられない!!
そんなことを考えながら目をつぶって頭を下げ続ける。
すると二人分のため息の音が聞こえた。
「まあ、本音がそういう事なら……」
「この女と仲良くは無理だけど……ケンカしないくらいなら……」
「ほ、本当か!?」
心読まれた? まあでもいい、この二人が争ったらそれこそ村が滅びそうだ。 それに比べれば……ね。
「「でも……」」
しかし運命は俺をそう簡単には離してくれない。
二人が同時に俺に聞く。
「「今どっちがいいのか決めてください!!」」
「は?」
(29.修羅場① 了)