2,もしかして......お兄ちゃん!?
2,もしかして......お兄ちゃん!?
「ただいまー」
草原の少し高い丘の上、ポツンと立つレンガ造りの家に俺と少女は入って行く。
どうやらここがさっき出会った魔法少女の家のようだ。
中から「おかえりー」と優しそうな声が聞こえた。
血と肉まみれの俺も、少女に誘われ家の中へと入る。
優しそうな声は続けた。
「なにかあったのー?」
ゆったり、ほのぼの、そんな声音だ。妙に落ち着く。
少女が返す。
「ん、なんか変なのはいたよー?」
「変なのー?」
「うんー、なんかへなちょこで、生まれたての小鹿より無能な人間。 全く魔法が使えないんだよ?(笑) ちょっと、見てよー」
「んー?」
優しそうな声の主、少女の母親だろうか? 金髪に長身の女性が皿を持ったまま、こっちを振り向く。
女性は少女によく似た顔立ちだ。
彼女もまた、腰の辺りまである長い金髪である。
身長は俺より少し高くて......180cm後半程あるのではないだろうか。
その落ち着いた雰囲気や、少女とよく似た大きい、しかし吊ってはいない優しい瞳が俺に安心感を与えた。
ところで、"へんなの"や、"生まれたての小鹿より無能な人間"とはもしかしてもしかすると、俺のことだろうか。
たしかに怪物相手に何もできなかったが、そこまで罵倒することはないのではないか?
少し悲しい気分になりました!!
女性と目が合い、棒立ちの俺は軽く会釈する。
「あ、あと、その、さっきそこの女の子に助けてもらって----
「マリ!?」
「は?」
前振りなく、女性は突然俺の名前を叫んだ。
女性の持っていた皿がするりと落ち、割れる。
皿の割れる破裂音から始まる一瞬の沈黙。
彼女の体がわなわなと震えている。
「い、生きていたのっ!?!? ほ、ほんとに!? マ、マリ!?」
刹那、割れた皿など微塵も気にせず、女性は俺に駆け寄り、ガシッと肩を掴む。
俺は、驚きに1歩分引き下がろうとしたが、掴まれた肩は動きそうにない。
とりあえず、一言応えよう。
「え? えぇ? 俺は魔理ですけど......?」
そう言うと、女性は俺の目をしっかりと見据え、ブルブル震える唇を静止させ、大きな目をグニャリと歪め、ダムが決壊したかの如く涙を流し始めた。
どういうことなの......?
少女が声を上げる。
「え!? お、お母さんそいつのこと知ってるの?」
「うんっ!! うんっ!!!知ってる!! 知ってるよ!!! マリ! マリっ!! 私の子供っ!!!」
...は?
「は?」
疑問が浮かび、同時に言葉が出た。
子供......?
さっきから異常事態まみれで頭が働かない。
数学の試験に国語の問題がでてくるようなビックリだ。きっとそれよりかは深刻な事態なのだろうが。
女性は続ける。
「私の子供で、クラナのお兄ちゃんだよ!! 生きてたっ!! 良かった------」
女性は更に泣き続ける。
何かに気がついた様子で少女が言葉を発する。
「も、もしかして......お兄ちゃん!?」
...え?
「え?」
お、にい、ちゃん......?
「俺が!?」
ちょっと待つんだ落ち着け俺。
俺は伊勢 魔理
あぁ、女みたいな名前だけど男ね。
17歳の男子高校生......をサボっている引きこもりで、イラストレーターだ。
今日も自室に籠ってイラストを描いていた。はずだった。
高校2年の夏休みが終了し、今日は2学期の始業式だったはずだ。
まぁ、始業式も行かないので、いつもどうり朝9:00に起床して......------
ないっ!?
そ、そうだよ。
俺、今日まだ起きてない。
好きなユリアニメのopソング目覚まし音まだ聴いてない!!
と、ということは夢......?
これは夢なのではないか......?
今だ状況が把握しきれない。
目前では俺に抱きつき啜り泣く女性。
呆然と立ち尽くし、「う、ぅあ」と何も言うことのできないでいるその娘。
頭の中が上手くまとまらない......でも。
----そんなはずない。
俺は心のなかで母親の存在を否定するしかない。
この、泣いている女性が母親なはずがない。
俺の母さんはちゃんといるよ。
ちゃんといたよ。
長い黒髪で、赤い眼鏡をかけて、俺より少し背が低くて、いつも俺の事を心配してくれていた-----
静かで、綺麗で、優しくて、いつも頑張ってたお母さんば......。
「そぅ、そ、そんなはず......ないです......」
俺は声を絞り出す。
まだなにもわからない。
現状は一つも掴めていない。
でも事実なら一つ知っている。
「ぇ?」
金髪の女性は嗚咽の混じった声をポツリとはいた。
「君は一体何を言っているの?」そんな目で俺を見つめてくる。
こんなときだが、一瞬ドキッとしてしまった。
この人が本当の母親だったならな......でも、違う。
だって-------
ほぼ絞りきった水雑巾から、最後、一滴の水を絞り出すように俺は声を出す。
「だって......お母さんは、1ヶ月前に......死にましたから」
(2,もしかして......お兄ちゃん!? 了)