16.最初の町の3つ目―アヌス退治①
熱中症に気を付けてください
16.最初の町の3つ目―アヌス退治①
はあ、―――
アヌスから逃げ約30分、夜も遅いから、と、高級そうなホテルへ逃げ込む。
早急に部屋を取り、喉が渇いたから、とホテルの外にある現代で言うコンビニに行こうとした途中、玄関の前でトイレに行きたくなったため、ホテルのトイレの、元居た世界と何ら変わらない便座に腰を下ろす。
狭いトイレの個室に訪れる久しぶりの落ち着いた一人の空間。
一人が嫌で、孤独が寂しくて家族ができたことがうれしかったのに、なんだか今は少し心地良い。
脱力とともにため息が出る。
隣の個室からも大きなため息が聞こえた。
この世界でもみんな大変なんだなぁ。
用を足し終え、個室のドアを開ける。
水道で手を洗っている最中、隣の個室にいた男も俺の隣に来て、手を洗い始めた。
めっちゃマッチョの身長が2メートルはあるであろう大男だった。
その男は、水をあたりにまき散らしながらぶるぶる手の震える俺に向かって話しかける。
「あのぉ……手、震えてますよ? 大丈夫ですか?」
「へぇああふぇ!?」
めっちゃ俺の声裏返った。
男の目を見る。
堀の深いイケメンだ!!
確かアヌスとか言わなかったっけ?知らないけど。
彼は俺を心配するようにやさしい声で話しかけてくる。
「あ、さっきため息ついてましたよね、このご時世、疲れますよね、あまり思いつめないでくださいよ」
あ、あれ?きづかれてない……?
アヌスは話を続ける。手だけでなく膝もガクブルな俺を横目に。
「私はアヌスといいます、この町の自警団の団長で、町の人の悩みも解決しますよ、悩みごとがあったら言ってくださいね」
「ひゃ、ひゃい!!」
めっちゃいいひとやんけー!
「ふ、では、ああ、わたしはこのホテルの2階の16727室にいますからね、いつでも来てくださいね」
そういってアヌスは光のような笑顔で微笑んでから、俺の前から去った。
とても紳士的で友好的な人間だった。
俺は床に崩れ落ち、数分経って膝の震えが収まってから、自室へと戻った。
自室にはクナがベットにちょこんと座っていた。
「おい、ここは俺の自室のはずだが?」
クナは俺のほうを見て少し顔を赤らめて答える。
「べ、別に今回は作戦会議に来ただけですよ! ほら、こっち来てください」
俺はクナの隣に座る。
「っ、じゃ、じゃあ会議始めますよ!」
「ああ、」
さっきアヌスにあったことは黙っておくべきだろうか。
「これからはアヌスについて調べます」
「調べる?」
「はい、町の人があれだけアヌスファンなら、アヌスについていろいろ知っているはずです。そのうえで作戦を立てます」
「そうか……」
俺の声が低く喉の奥に籠る。
不思議に思ってクナが聞いてきた。
「?、マリさん?」
町の人を騒がせて、さっきの優しいアヌスを見て、当たり前だが、当たり前だったのだが、この旅は間違っているのではないかという気がしてきた。
結局俺も、遠足気分でこの旅を始めたが、あの、まじめに町の人のことを思うアヌスを俺たちがぼこぼこにする権利はない。
戦争を止める大義名分があろうとも、戦争で戦争を止めるようなことは嫌だ。
もはやクナやクラナが世界を征服する許可など下りない。
だから……
「なあ、クナ、もうやめないか?」
「え?」
「アヌスはただの強い魔法使いなんだろ?そんなやつを俺らの勝手で倒すのは間違ってるんじゃないか?」
「……」
クナは黙ってしまった。
薄暗いホテルの一室に静寂が訪れる。
クナにも、何か引っかかる気持ちがあるのだろう。
クナは静まった部屋で同じく静かに口を開く。
「マリさんのいた世界では、確かに自分勝手に人を傷つけるのはタブーです。もちろんこの世界でも、もちろんそれは同じです」
クナの声は少し震えていた。
「ああ、だから」
「でも、神にとってはタブーではありません」
「え?」
クナは力強く話を進める。
「大魔法使いの七つの称号、それは本来奪い合うためにあるんです」
「奪い合う……?」
力強く、でも悲しそうな声でクナは続ける。
「大昔、この世が一つだった時、世界は6つの大国の争う戦争状態でした」
「戦争……?」
「はい、それぞれの国は自国の最強の戦士にそれぞれ称号を付けます」
「……」
「邪炎、大賢者、魔王、豪傑、跋扈、太導の六つです」
俺はクナの痛々しいほどに悲しい横顔を見ていると何も言えない。
しかし話は続く。
「争いは世界の人口を半分にまで減らし、大地は削れ、各地の空間が歪むほどでした。
そんな中、各国の戦争にかかわらない平民たちは嫌気がさし、勝手に7つ目の国を作り上げました」
「7つ目……?」
「はい、平民たちは自分たちから出した国の王を“神”と名付け、それをそのまま称号とし、自分たちの魔力を自分たちが使えなくなるまで神に渡します。神はもらった魔力で世界を大きく2分し、魔法の存在しない世界、魔法の世界と区切りました」
「魔法の存在しない世界って、」
「クナさんの生きていた世界です」
元は一つの世界だったのか……。
クナは暗い声で話を続ける。
「魔法のない世界で人々は平和に暮らします。しかし、神はその子供を国の王として魔法の世界に帰ります」
「何をしに帰ったんだ?」
「6つの称号を集めて、それぞれの国の戦力を削ぎ、もう戦争ができないようにしようとしたのです」
称号を集める……そこまで話されたら、やはり、きっと、クナは……
「クナ、お前は……」
「ええ、私は神の末裔です。太古の神は、3つの称号を自分の血族に集め、死にました。いつか世界を変えられるほど大きな力を持った男が現れるから、その時は世界を救え、そう言い残して」
世界の真実を聞いた気がした。
「大きな力の持ち主、それはマリさん、あなたです」
「え……」
「あなたにソルレの血を混ぜたのは魔法が使えるようにするためだけではありません。これから私たちは世界を変えます。あなたにも大魔法使いの一人になってもらいます」
「お、俺が?」
「そのためには今は4つにまで減った大国のすべての称号がどうしても必要です」
「ん? アヌスがいるってことは、ここはすでに敵国の中なのか?」
「はい、私たちのくぐってきた森が国境です」
「え、そんなに軽く入れるの?」
「今は停戦状態ですしね、しかし跋扈と太導を所持する二つの国は今でも激しい争いが続いています、まずは豪傑を奪い、他の国にけん制しようと思います」
「で、でも……」
だからと言って、アモスはやはり倒したくない。
しかし、かけてやれる言葉が見つからない。
何を言えばいいのかわからない。
「さ、マリさん、ご飯行きますよ」
クナは暗い部屋でいつもの調子に戻って部屋を後にする。
「お、おい」
ドアの前でクナが立ち止まる。
俺のほうは向かず、扉のほうを向いて言った。
「マリさん、私達神々は代々戦争を止めようとしてきましたが無理でした。神になったものは最強の魔力とともに先代の記憶も受け継ぎます。もちろん、先代の思いも……」
「で、でも……」
でも……、なんだ、何を言えば良い?何が言える?
「やっとあなたが現れてくれた。私の代で、戦争は絶対に止めなくてはいけないんです。私が、絶対に……」
そう言って、クナは部屋を出てどこかへ行ってしまった。
ほんとはクナもアヌスを倒したくなんてないはずなのに。
そんな感情は押し込んで、どこかへ行ってしまった。
俺はクナに、何も言えないままで。
(16.最初の町の3つ目―アヌス退治① 了)