13,え、本当に行くんですか?
13,え、本当に行くんですか?
「準備するわよ!」と一言、クラナは自室に駆け込み、何やらかわいい衣装に着替え、出てきたとほぼ同時に俺の腕をつかみ、家の外へと勢いよく駆け込んだ。
開かれたドアの向こう側には未だ見たことのない世界が広がっていた。
いつも、いつだって飽きもせず輝きまくっている太陽が今日だけはいつも以上に調子が良いように思える。
草原の上を馬のように風が駆け抜ける。
草のこすれる音、輝く世界、青い空、白い雲はほとんどない。
とにかく世界はキラキラだ!
なんたってこれから俺たちのわくわく!DOKI☆DOKIの魔法の旅が始まるんだからな!
英語で言うとmagical trip あれ、trip of magic? いや、長旅だからjourney of magicか?
とにかくそんなキラキラの世界が見えているんだろうな。この女には。
俺が注射前の男子中学生みたいにあからさまに嫌な表情をイケメンの顔に張り付けているとクラナが不満そうに小言を発する。
「なによ、いやなの?」
「いやってわけじゃないけど……」
するとなんということだろう、先ほど開かれた扉の内側から女神とおっさんと雪のような何かが続々と出てきた。
「じゃあマリさん行きますか!」
おっさんと白いのは見おくりかな?まあいいや。
「え、本当に行くんですか?」
「え、行かないんですか?」
「そもそも、どこに行くんだ? 魔法の修行っても何したら終わり、とか何にも決まってないだろ」
するとクナは唇を親指と人差し指で挟んで何やら考えるポーズをとった。
これからの予定について考えているのではないと信じたい。
「じゃあ、この世界のすべてを手に入れたら終わりとかは?」
物思いにふけるクナにクラナが手を挙げて元気に提案。
海賊王になるレベルの目標を掲げやがった。
あれ?もしかして魔法で腕とか伸びるかな?後でやってみよ。
「何言ってんだ? そんなの……」
「いいですね!」
やはりあほのクナは便乗した。
本当にやりかねないから怖い。
「おい、あんま危険なことは……」
「マリさんにはまだ説明してませんでしたね」
「?」
「この世界には七人の大魔法使い的ななんかがいます」
「大魔法使い的な……なんか?」
「はい、そいつらは一人一個称号を持っています」
「なにかが持つ称号?」
謎は深まるばかりである。
「例えばそのうちの一人であるクラナちゃんは照合“邪炎”を、私は“神”を持ってます」
「ほー」
「もちろん称号を持っているのは魔法界で最も強い七人です」
「ファルシスさんとかは違うのか?」
「はい、あのおっさんも称号の保持者の一人です。称号は“魔王”。ちなみにソルレは大賢者です」
「母さんも持ってるのか……」
なにこの超ハイスペック家系。現代日本だと全員東大とか行きそう。
しかし、母さんが大賢者。大賢者ねぇ。
大賢者……だs、何でもないです。
「それで、その称号?がどうしたんだよ」
「それを我々の関係者で全部奪います」
「は?」
「残り三つを奪えばこの世界で最も強いのは私たち、すなわち世界の支配者です」
え、なにその超危険思想。ほんとにやりかねねぇ。
「おい、そんなことして大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、早く行きますよ!」
いったいどこに“大丈夫”が存在しているのか、それこそ砂漠に落ちた砂一粒を見つけ出すほど難しそうだ。
しかしクナが俺の耳元でささやく。
「戦争を止める旅も兼ねています。お願いしますよ」
俺はけだるく「うい」と返事した。
言うやいなや、クナは町に続く道をクラナと歩き出した。
そして後ろを見てこういうのだ、
「そるれー!行ってきます! まりさーん!おいてっちゃいますよ!!」
クラナも、
「ママ!行ってきます!! お兄ちゃん早くー!」
それを見て呆然と立ち尽くす俺の背中を母さんはわざわざ押すのだ。
「おいてかれちゃうわよ?早く行ってきなさい」
母さんのご命令ならしゃーない、行くしかないわ。
俺は周りの草と同じ向きに揺れる金の髪に向かって走り出す。
これからどうなんだよ……。
道中にて。
長い長い草原を抜けると薄暗い森に差し掛かった。
俺は二人の金色頭の少し後ろをゆっくり歩く。
この森はとても落ち着いている。
自分より10、15倍はあるだろうか、現代日本ではあまりお目にかからないような背の高い、そうだな、似ているというなら松の木のような背の高い木々が林立している。
緑のような、茶色のような天井はまるでスポットライトのようにところどころ空いた穴からまっすぐな光を発する。
穴の向こうからこちらを覗く大きな青空は平和な森を見守っているようだった。
そんな、ほのかな薄暗さはなんだか涼しく、森の生物のお話声が耳に心地いい。
もちろんこの女たちの話がなければだけどね。
さっきから過激派テログループもびっくりの超前衛的なお話をこのおふたがたはキャッキャウフフと楽しそうに話していた。
「世界征服したかったんだよね!」
「やっぱクラナちゃんもあこがれたでしょ!私も一度やってみたかったんだ!」
「強い奴いるかな?」
「神の知識によるといないみたいよ」
「ほんと!?征服したら何しようかな♪」
「わたしはねー……
とても“お話”じゃないですね。戦勝国の戦後会議かよ。
て、いうかさっきまであんなに喧嘩してたのに......。
森の皆さんもなんか怖がってるよ、動物が本能的に怖がるレベルって姉さんどんだけ危険人物なんだよ。
「これこれ、そんなにはしゃぐでないぞ、旅は楽しむものだ、争ってばかりでは楽しくもないだろう」
クナ&クラナが侵略計画でキャッキャウフフしていると、俺の隣からリスさんではなく、中年のおっさんがしゃしゃり出てきて二人の話に加わった。
「ファルシスさんは征服完了したら何がしたいですか?」
クラナが聞く
「うーん、そうだな、わしは」
「いやなんでこの人がここにいるんだよ!?」
一瞬きずかなかったわ、いつから俺の隣にいらっしゃったんですか!?
「え? 最初っからずっといたじゃないですかやだなー」
クナがさも周知の事実を述べるように口を走らせる。
「え、ファルシスさんも行くんすか?」
「行くよそりゃあ」
なんてこった、このおっさんついてくんのか……。
「チッス」
俺がファルシスさんがついてくるということで深い悲しみに俯いていると、またまた新しい声が聞こえた。
その声のほうを見てみると、知らない女の子が立っていたのだ。
しかもその女の子は全身真っ白だった。
だから俺は優しく声をかける。
「君、大丈夫かい? 全身が小麦粉まみれだよ?」
「もうそろそろ私の認識してくださいよ」
「お、お前は……!!」
「ソラです、私も同行しますよ」
あ、ソラだった。結構本気できずかなかったなぁ。
するとほんの少しだけ前で歩いているクラナがあからさまに嫌そうな顔でこっちを向いた。
「なんであんたがいるのよ……」
先程のクラナとの笑顔は消え失せ、まさにゴキブリでも見るように嫌そうな顔をしている。
ソラではくクナが答えた。
「旅は大人数のほうが楽しいですしねー!」
「だからってこいつじゃなくてもいいじゃない!」
ほんの少し涙目でクラナが嫌がる。本気で嫌そうだ。
するとクナも顔色を変えて反論する。
「あんただってそこのおっさん誘ったでしょう!?」
「ファルシスさんはいいでしょう!? だいたいあんたはいつもいつもわがままなのよ!」
うお、この流れは……。
「うっさいわね!!嫌ならいいわ、あんたはソラちゃんとイチャイチャしてればいいじゃない! 私はマリさんとデートするから!」
やっぱりけんかになるようだ。
「はああぁぁ!? ふざけんじゃないわよババア!! なんで私の嫌がることばかりするの!? いい加減にしなさいよね!」
“ババア”にクナは胸を抑える。普通に傷ついたようだ。
「ぐ、っぐう……わ、わたしはババアなんて年じゃないわよ!!」
「うっさいわね!ババア!!私より年上ならもうそれだけでババアなのよ!! あんたになら特別に“糞”をつけてあげるわ糞ババア!! よかったわね、運がよさそうな呼び方で!」
「なっ、く、糞ババア……!!!」
「そうよ糞ババア!! あんまり調子に乗っていると私があんたなんかやっつけちゃうんだからね、せいぜい気を付けることね!」
俺の妹がこんなに冒涜的なはずがない。
嘘、激しく冒涜的。
「あ、あんたねぇ!!」
クナがマジ怒5秒前の中、クラナが震撼の女神に背を向け、こちらに寄ってきた。
「さ、おにいちゃん早く行くわよ!」
「お、おう」
するとクナは家から出た時のように俺の腕を引っ張って、また道を進みだす。
「ま、待ちなさい!」
スタスタ歩く俺とクラナをクナが追ってきたようだ。
それから間もなく、森の皆さんのお話声が聞こえなくなる頃に、ある街が見えてきた。
クナとクラナは今だ喧嘩続行中だ。もう無視する。
ファルシスさんやソラは、クラナとクナの言い合いで自分たちの事が出る度に少し悲しいような顔をしている。可哀想。
これから、とってつけたような目的のための魔法の旅が始まる。
目的は危険すぎるし、メンバーはイかれすぎているが、
なんだか、何となくだけど、
楽しくなりそうだ。
(13,え、本当に行くんですか? 了)