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銭湯も世を平和にすると私は信じている

 




『ハステルの聖女、またもお手柄!癒しの力で男性を救う』


 新聞にデカデカとかかれたその文字に目を通して、私は感嘆した。なんと私と同い年の公爵令嬢が奇跡の力を使い人々を癒して回っているという。彼女のような人が増えればこの世の中はもうちょっと平和になるのに、なんて自分を棚に上げて思う。いや、銭湯も世を平和にすると私は信じているけど。


「あらあら、本当に働き者ねぇ彼。しかも男前じゃないの〜」


「由良さん」


 パーマのかかった長い赤髪を揺らし一人の妙齢の女性が近づいてきた。見た目は若く見えるが、口調がやけにおばさん臭い。しかし紅の母親なので、年齢の方も相応にとっているはずだ。


「あらあら、うちの紅なんてどうかと思ってたけどあーんないい男が来ちゃ勝ち目ないわね」


「そんなんじゃありません、ただの従業員ですよ」


 先ほどから男前と言われているレイヴンの方をちらりと見る。確かに彼は男前だった。その金色の眼はもちろん、艶やかな暗めの紺色の髪と整った顔立ち、大分元に戻ってきたであろう身体はびっくりするほどスタイルがいい。まるで漫画に出てくるような目の覚めるような美青年である。あの汚かった彼がお風呂からあがった姿を見た時は心臓が止まるかと思ったほどだ。


 それに気のせいか、そのイケメン度が日に日に上がっていってる気がする…。


「まあまあ、いい子じゃないの。早くしないと、ほらさっそく話しかけてる子もいるわよー?」


「売り上げに貢献してくれるなんて、本当に優秀な従業員です」


「あらあらまあまあ」


 若い女の子に話しかけられているレイヴン。彼がここで働くようになってから若い女の子のお客さんが増えたのだ。若い子からは古臭いといって銭湯は不人気だったが…まあ華やかになったのでよしとする。


 なぜか由良さんがにやにやしながら帰って行くと、何事か女の子と話していたレイヴンがこちらにやってきた。


「悪い、タオル貸し出ししてないかって…」


「あぁ、ハンドタオルなら無料で貸し出ししてるわよ。バスタオルになると有料なんだけど、ほらあそこに…」


 仕事を覚えようとしてか、彼は真剣な顔で話を聞いている。不謹慎にもその顔にドキッとしつつ、私はそれを紛らわせるように懇切丁寧に説明をした。



 ◇



「え!?魔力石でもいい!?」


 お客さんのいなくなった浴場に私の素っ頓狂な声が響いた。鏡を磨く手を思わず止めて振り返る。ゴシゴシとブラシで床を磨いていたレイヴンは顔を上げずに首を縦に振った。


「魔法石っていうのは、魔力石に魔術式が込められたもののことを言う。水の魔力石を買えば俺が魔術式を込めることができるからわざわざ魔法石を買う必要はないと思うんだ」


「うそ、そんなことができるの?」


 魔力石は魔法石の値段の半分以下で買える。魔力石のままではほとんど価値がないからだ。それに魔術式を入れるとなると、それなりの知識と資格が必要になる。というか、一般人にはまずできない。


「魔術式は大方全属性のものを習得している。魔力石に込める作業も嫌という程やってきたから、心配はいらない。かなり節約になると思うんだが…どうだ?」


「……」


 さらに言えば人には属性縛りという特定の属性魔力しか持ってない人が多く、魔力石の種類によって注げる魔力はひとつの属性のみなのだ。例えば、水の魔力石や魔法石の場合込められる魔力が水の属性のみと決まっている。


 唯一、魔力発生装置から作られる魔力だけは例外なのだがこれは国が管理しているために有料でしか手に入れることができない。私が今まで魔力が多いとはいえ、こう簡単に魔力を込めることができたのは水の属性を持っていたからだ。


 ちなみに攻撃用の魔術式は一般には公開されてない上に魔法石も売られていない。しかも魔力の流し方にはコツがいるらしく教育の受けてない一般人が魔力を流すと暴発する危険性もあると聞く。


 魔法は憧れだが、そんな大変な思いをしなくても生活用の魔法を使うだけで私は充分なのだ。


「おい、聞いてるか?…得体の知れない俺がこんなこと言っても信じてくれないか」


「はっ、驚きのあまり脳内で解説をしてしまった!違うわ、全然いいのよ。むしろ大助かりだわ…!」


 そうなのだ。まさかレイヴンがそんなことができるとは思わなかったので驚いたがそれができるなら本当に大助かりである。もしかしたら夢の貯金もできるかもしれない。古くなった所を直したり一部のサービスを無料にしたりと夢が広がる。


 様々な妄想をしていた私は、ふとゴシゴシとブラシを擦る音が途切れてるのに気づいた。顔を上げてレイヴンの方を見れば手が止まって顔を伏せている。


「レイヴン?」


「魔術式を込められるなんて一般人のできることじゃない。なぜ俺がハステルから遠く離れたこの地であんなにボロボロになっていたのか、気になるか?」


 その言葉に目を開いた、そしてその不安そうな顔にはっとする。


「…そうね、気になるわ」


 私の声にビクッと肩を震わせたレイヴンに、顔を上げるように言う。よくよく考えればこれは最初にしておかなければいけないことだった。


「はい、レイヴンさん。あなたは前科がおありですか?」


 私はレイヴンに近づくと真剣な顔をしてしっかりと向き合う。彼もそれに真剣な顔で、ないと答えてきた。


「では、この仕事にどうして就こうと思いましたか?」


「…は?いや、誘われたから?」


「なるほど。最後に勤務時間や仕事について何か希望はありますか?」


「特にないが…」


「合格ですね」


「なにがだ!?」


「なにがって…面接でしょ?確かに雇用の際に面接がなかったら不安になるわね」


 もう働いてもらってるので聞くことは少なかったが、形式上でもこういうのはやっといた方がいいだろう。確かに仕事に誘ったのは急だったので彼としては実感がわかなかったのではないか。


 何か残念なものを見るような顔で私を見るレイヴン。はてなマークを浮かべた私にため息をつくと、彼は先ほどよりも真面目な顔をして手を動かし始めた。




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