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自由になりに来た

 



 とりあえず、黒い塊は裏にある住居スペースに寝かせておくことにした。お客のお姉さん達には猛反対されたけど明らかに営業妨害なこの物体を置いとくわけにはいかない。


 でかいわりには意外と軽いそれを何人かの男たちに手伝ってもらって引きずっていった。


『…どこだここ』


「うわ、喋った!?」


 この辺りでは聞きなれない言語が男の口から不意に聞こえてきて、私は盛大にびびった。


 どうやら、男が目を覚めたようだ。


 今は店を閉め、後片付けも終わり一息ついた頃で、もう時刻は午後12時過ぎである。


「随分と寝てたわねぇ、起きれる?」


「あ、あぁ」


 とりあえず、言語は苑語を使う。すると、男の方の返事も同じ言語で返ってきた。


 赤いソファに寝かせていた男の背中に手を添えて

 起こすのを助ける。触った感じはちゃんと人間の形をしていたので安心したが、男の人にしては随分と細い。


「実は、私もまだ夕ご飯これからなんだけど一緒に食べる?」


「ご飯…?」


 苑名物のひとつであるうどんをそっと差し出す。そういえば何も考えてなかったが、旅人っぽいこの人がお箸を使えるだろうか。


「あ、ごめんなさい。今フォーク用意するわ」


 しかし男は無言で器を見つめると、お箸をグーで握って器を持ち上げ掻き込みはじめた。その勢いに反して男は全くこぼさずに器用にうどんを食べていく。


 満足げに食べ終わった男は、ふと今の状況を思い出したのか申し訳なさげに頭を下げた。


「助けてくれて、ありがとう。すまないが、ここはあなたの家なのだろうか?いや、そもそもここは苑であっているのか?あなたはどうも苑人にはあまり見えないのだが…」


 スラスラと男の口から流暢な苑語が聞こえてきて、驚いた。まず、まともに話せたのも驚きな上に先ほど彼から漏れた言語はここから遠く離れた国のものだ。


 旅の人だと思っていたけれど、学のある様子を見るにそれなりの身分の者なのかもしれない。


「え、ええ。ここは苑にある私の家よ。私の名前はルーシー」


「ルーシー、さん。俺はレイヴン、西のハステル王国から来た。死にかけたところを救っていただき感謝している」


「ハステル…やはりあなたはハステル人なのね。顔を見せないのは何か問題でも?」


 不躾かとも思ったが、さすがにこのままでは怪しすぎる。もう夜も遅いから、彼には泊まってもらおうとは思っているが、せめて顔を見ないと不安だ。


「ハステルを知っているのか…。その、顔はな。眼が少々特殊で、見せづらいんだが」


 気まずそうな声を出すので見せなくてもいいと言ったのだが、さすがに顔を見せないのは罪悪感があったらしく、躊躇いがちにそのフードをぱさりとはずした。


 現れたのは、金だった。切れ長の瞳の中に輝くその黄金は私の眼に焼き付いて離れず、気づけば私の口からはため息が漏れ出ていた。


「もしかしてそれは…『神の眼』?」


「苑の国なら知らないものと思っていたが…有名なのか?」


「いいえ、たぶんほとんどの人間は聞いたこともないと思う。私は、生まれはハステルだから」


 その言葉に男は眼を見開いて、納得した様な顔になった。私の容姿は水色の髪に暗い紺色の瞳で目鼻立もハステル人のものだ。私がいた孤児院はハステルの王都にあった。


 思わず郷愁の念にかられたが、それよりも先ほどは金色の目にばかり気にして気づかなかったのだが彼はかなり衰弱しているようだった。


 肩ほどまで無造作に伸ばされた暗い紺色の髪はパサパサだし、頬もこけている。肌も荒れ、やせ細ったその姿は痛々しかった。ハステルから来ていたと言っていたが、彼一人でここまで来たのだろうか。


  そう聞くと、困ったように笑って観念したようにぽつりぽつりと話し始めた。自分の金色の眼のせいで、不用意な争いを生んでしまうことへの罪悪感。過度な期待に、それに答えなければならない重圧。


 何しに来たのかという私の問いに彼はこう答えた。




「自由になりに来た」






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