や、やばい!ふ、ふ、不審者だぁぁぁぁあっ!
夕方、人が最も多く来る時間帯だ。特に子供や老人、女性の客が多い。この銭湯屋は引き戸を開けて入るとそこには男女ともに寛げるスペースがあって、ソファや椅子やテーブルをいくつか置いている。大抵はおじさんがボードゲームをやっていたりおばさん達が井戸端会議なんかをしていた。
そして男女別に分かれている脱衣所の横にあるのが私の指定席であるカウンターだ。ここでお風呂に入るお客さんにお金を払ってもらう。ちなみに牛乳などやお菓子などもここで売っている。
さらに例えば何か問題が起こった時、解決するのも私の仕事だ。男女で隣り合っているからにはいつ不届きな輩が現れるとも限らないので、私は問題が起きた時にすぐに対応できるようにここで監視の役割をしていた。
…といっても問題が起きたことなどほとんどない。だから私はきっと油断していたのだ。
その客が入ってきた時、自由スペースでくつろいでいた客がざわついたのがわかった。
当たり前だ。大きく黒い塊が引き戸を開けて入ってくる姿は、控えめに言ってどこかの顔がない人みたいだった。
しかし、その黒い塊は辺りを見回すとゆっくりと暖簾の方へと歩いていく。この間、あまりの恐怖に私は固まってしまっていた。
だから、客が女湯である赤い暖簾の方に入っていっても制止することができなかったのだ。
女性の恐怖に染まった甲高い悲鳴が中から聞こえてきて私は己の役目を思い出した。
「や、やばい!ふ、ふ、不審者だぁぁぁぁあっ!」
パニックになった私はカウンターを飛び越え、暖簾に突っ込みその黒い塊にドロップキックをお見舞いした。
男は吹っ飛ばされ、ロッカーにぶつかってそのままズルズルと床に滑り落ちる。
脱衣所に私の荒い息だけが響き、ピクリとも動かなくなった男を見て私は興奮気味に叫んだ。
「不審者、討ち取ったりいいいい!」
それから、錯乱した私が正気を取り戻すまでに多くの時間を要した。