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ただの雇用関係

 



 ナンシーは初めから話してくれた。自分が聖女と呼ばれていること、その慰問中に攫われたこと、そして気づいたら知らない荒野にいたこと。自分が原因でドラゴンを目覚めさせてしまい罪悪感でいっぱいだということ。


 言葉を詰まらせながらも話してくれた彼女を落ち着かせる。


 あの双頭竜は体自体が魔力を調整する能力を持っていて無理やり目覚めさせると、その力が暴走してその身ごとこの世界を滅ぼしてしまうのだそうだ。


「なんだか、可哀想だわ。その、アン……なんだっけ?」


「アンフィスバエナだ」


「そう、それ。だって勝手に目覚めさせられてその上爆発しちゃうなんて、悲惨だわ」


 眠っていたところを叩き起こされ、暴走させられてしまうのだとしたら、双頭竜としてはいい迷惑だろうとも思った。


「それでそのためにはレイヴンの力が必要なんでしょう?……レイヴン、今すぐなんとかしてこれない?」


「無茶いうな」


 沈める方法は具体的にはナンシーにもよくわからないらしく、ただレイヴンの持つ『神の眼』を使って双頭竜の暴走を止めることができる事は確かなのだという。


 その方法について知ることができれば、なんとなくレイヴンがささっと解決してしまうような気もするのだけれど。


『あのー……』


 困惑した表情で遠慮がちにこちらに伺いを立ててくるナンシーの様子にハッとした。そういえば彼女たちには苑語が通じないのだ。なまじレイヴンが初めから話せてたので私はついうっかり失念していた。


『あ、いや。レイヴンがその神の眼をうまく使える方法ってあるの?』


『あるには、あるのですけれど……その』


 ナンシーがちらりと、レイヴンの方を見てそしてまた私の方を見た。おろおろ交互に私たち二人の間で視線を彷徨わせる。


 やがて、意を決したように胸に息を吸い込んだ。


『お、お二人はこ、恋人同士なのでしょうか!?』


『『は?』』


 目を瞑り、必死な様子で叫んだ彼女の言葉を聞いた私とレイヴンは、思わず素っ頓狂な声を同時に出していた。


 恋人?恋人って、あの手をつないだりとか、お互いが好き同士がなる、あの恋人??


『わ、私とレイヴンが!?ない、それはないよ!ね!』


 慌てて否定しレイヴンに同意を求める。しかしレイヴンはそれに答えず難しい顔をしたまま口を開いた。


『ナンシー、あれは俺が国を出た時点で無効だ。何もお前が気にする必要はないし、それに俺たちは……』


『ち、違うのです!私のことは関係ないのですが、力を使うためにはそちらのお二人がどういう間柄なのかが重要になってくるといいますか』


『間柄……?』


 慌てたように否定したナンシーにレイヴンは首を傾げた。その手を顎にやり、天に視線をやって考えるそぶりをした後、しばらくして納得のいく答えが出たらしい。


『それなら、俺とルーシーの間にはただの雇用関係しかない』


『それでは……』


『ちょっとまって』


 どんどん話を進めていく二人に私はとうとう我慢できなくなって制止の声をかけてしまった。話を中断したことで、二つの視線がこちらを向き私の言葉をじっと待っている気配がする。


『その、お二人は逆にどういう関係、なのかしら?』


 なぜだか、心のどこかでその答えを聞きたくないと思った。しかし、このままでは話の展開についていけなくなってしまうし、私はこのことを知っておかなければならない気がした。その謎の緊張からか、私は思わず生唾を飲み込む。


「それは……」


 レイヴンが何事か口を開こうとした時、縛られたままで放置していた金髪の男がずい、とこちらに身を乗り出してきた。


 唐突に、水を得た魚のようにわめき散らす。


『レイヴン様は、ナンシー様のご婚約者であらせられます!このような場で再会するとは、とても運命的なものを感じると……』


「……婚約者?」


 その男は今だにいろいろと話している最中だったが、その言葉はもう私の頭には全く入ってこなかった。眼を見開き、二人から距離を通るように後ずさる。レイヴンはきっとハステルでは偉い人だったのだろうということは分かっていた。だから、そういう相手がいても何も不思議じゃない。


 そうは思っていても目の前に現実として突きつけられると、なぜだか心が悲鳴をあげた。


「ルーシー、いや、俺と彼女はもう……」


 レイヴンが慌てたように後ずさった私に向けておもむろに右手を差し出した。


 パシッ


 その手を私は反射的に強く払った。傷ついた顔をしたレイヴンが、自身の右手を遠慮がちに引く。


 一度表してしまった感情を心の中に押し込めることはできない。私は、そのもどかしさで苛立った。


 いい年こいた女が、こんなことで惑わされてたまるか!


 最後の抵抗と言わんばかりに腹の底からレイヴンに向けて叫ぶ。


「このっ、()()()()が!!!!」


 ぽかんとした表情になった三人を置いて私はその場から駆け出した。なぜこんなにも悔しいのか、その答えはもう分かりきっている気がしたが、私はそれからひたすらに眼を背けた。



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