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ふ、不法侵入者だぁぁぁぁあっ!

 



 ガバッと勢いよく体を起こして、荒い息を何度か繰り返した。まるで、自分が体験したかのような現実味を帯びた夢に私の心臓は激しく脈を打つ。


 なんだ、今のリアルな夢は。


 目覚めの悪い朝に思わずため息をつく。この間見た夢とは違う、まるで別人物になってそれを体験してきたみたいだった。腕を切られた時の痛みまで感じた気がして、思わず自分の腕をさする。


 気づけば着ていた服は汗でぐっしょりと濡れていた。夢の中で誰かが呼んでいた名前を知っているような気もしたが、なかなか思い出せなかった。


「はぁ、お風呂掃除しなくちゃ……」


 重い体を引きずって部屋を出る。


 精霊祭まで残り一週間、今日から営業時間が変更になる。しかし、清掃の時間は変えずにいたので私は大抵いつも朝から浴槽の前に立つようにしている。


 しかし今日に限って私は掃除をするでもなく、呆然とその場で立ち尽くしていた。レイヴンはまだ別の場所を掃除しているため私は一人である。いや、一人なはずだった。


 そこには、水の入っていない空っぽの浴槽のなかで眠る、()()()()()がいた。


 なんで、どうして、誰


 様々な疑問が頭に浮かんでくるが、私はとりあえず一つの答えにいきつく。


 無意識のうちに私は、どこか既視感を覚える言葉を力一杯叫んでいた。


「ふ、不法侵入者だぁぁぁぁあっ!」


 もういやだ、なんでうちの銭湯はこんなのばっかなのかしら






 ◇






「さあ、不法侵入者共。神妙にお縄につきなさい!まったく、これで二回目よ二回目!!」


「まて、ルーシー。俺はちゃんと正面の扉から入ったきた。一緒にしないでくれないか」


「どっちもどっちだから!」


 妙なことに拘っているレイヴンは置いといて、問題は目の前の二人をどうするか。なぜか両手両足が縛られていたので、追加で縄を二人の胴体にまとめて巻きつけておいた。


 悲鳴を聞いて駆けつけてきたレイヴンと協力して、浴槽から二人を引きずり出した。そのまま部屋の中に移動した私たちだったが、肝心の不法侵入者の二人は未だに意識を取り戻す気配はない。


 捕らえた男女のうち、男の方は金髪を短く切り添えていて、少しだけガラが悪く見えた。纏っている制服からして、騎士か何かだろうか。横になってるので分かりづらいが身長もかなりあるだろう。


 女の方は、胸元辺りまで伸びた綺麗な銀髪がふわふわと波打っており、瞳を閉じていてもその顔立ちが際立って整っていることがわかる。一見粗末なものを着ているようにも見えたが、その生地は高級感が漂っていて、いかにも貴族のお嬢様といった風体だった。しかし着ている白いワンピースのようなものが、所々汚れているのが気になる。


 一つだけ言えることは、どちらもハステル人だということである。見覚えはあるだろうかとちらりとレイヴンを盗み見ると、彼は難しい顔をして二人を観察していた。


「レイヴン、もしかして知り合い?」


「……確かに見覚えがありすぎるんだが、彼女がこの場所にいるのはおかしい」


 その要領の得ない答えに私が首を傾げていると、男の方が呻いて薄っすらと眼を開けた。その瞳の色は濃い緑色で、不思議て眼からは気品を感じる。ガラが悪いと思っていた印象も無くなり、むしろ彼からは育ちの良ささえ感じた。


『起きたかしら?女の子の方は……まあいいわ。どう?人の家に不法侵入した気分は』


「ルーシー、なんでそんなにケンカ腰なんだ……」


 レイヴンが呆れてため息をつくが、不法侵入者に優しく接せられるほど私の心は広くない。


『誰だ、お前』


 男が意識を取り戻して一番に放ったその言葉に、思わずカチンと来た。それはこっちの台詞だと言ってやりたい。しかしレイヴンに言われたことを気にして、少しだけ彼に優しく接する覚悟を決めた。さらに優しい私は、苑語ではなくちゃんとハステル語で問いかける。


『どうやってここに入ったのかしら』


 しかし男はその言葉など耳に入っていないかのように無視し、自分の今の状態を把握したのか突然暴れ始めた。


『なんだこの縄は!貴様ら、あの怪しい奴の仲間か!?』


 急に怒鳴り始めた男に私はため息を吐く。どうやらこの男、精神に問題を抱えていらっしゃるらしい、それかハステル語もまともに聞き取れないとか。私が可哀想なものを見る目で見つめていると、レイヴンが女の子の方をやたらと見ていることに気づいた。


『……本当に彼女はナンシーなのか?』


 レイヴンの声に先ほどまで騒いでいた男の声がぴたりと止んだ。レイヴンに視線を固定したまま、口をパクパクさせている。


『レイヴン、様……?な、なぜあなたが』


『レイヴンさま!?!?』


 何かに反応した女の子が急に眼を覚まして叫ぶ。そのままガバッと女の子が起きようとするが、二人をまとめて縛っているので男が引っ張られて呻いていた。私は仕方なく、引っ張って二人の上体を起こす。


『ナンシーがなぜここに?』


『レイヴン様こそなぜここに!?というかここはどこです?』


 きょろきょろと辺りを見渡す彼女の瞳の色を見て驚いた。紫の眼、といえばハステルの聖女のことを指すからだ。そういえば、ナンシーという名前もどこかで聞いたような気が……。


「あ、さっき見た夢」


 そこで、男の方が夢で見た騎士と瓜二つなことに気づく。


『ここは、苑にある銭湯という場所だ。俺は、仕事を辞めて苑に住むことにしたんだ』


『辞めたってまさか、あの辞表のことですか!?国中大騒ぎになって未だにあなたのことを探してるんですよ!』


 男の言葉にレイヴンが気まずい顔をして顔をそらす。


『そんなことより、お前らだろう。なんでナンシーが苑にいるんだ』


「レイヴン、誤魔化すのもいいけど自国に迷惑かけてるなら事情は後で聞くわよ?」


 レイヴンは今度は絶望したような表情になった。


 固まってしまったレイヴンを通り過ぎて近くの棚に入っていたハサミを取り出す。ナンシーに近づこうとすると男が何やら喚き始めたのでハサミを向けて黙らせた。そっと、ナンシーの手を取り縄を切る。その腕を持ち上げると、彼女の綺麗な肌に血は固まってはいるが新しい切り傷を見つけた。


「やっぱりあれは夢じゃなかったのね」


 状況的に考えて飛ばされてきたのはドラゴンの魔法だろうと思う。なぜここに来たのかはわからないが、私が夢で見たことも関係しているのかもしれない。もしあの夢がこの子の体験したことだったとしたらあのドラゴンは今もどこかで暴れているということだろうか。


『どうしてあんなところにいたの?』


『貴様、聖女様に対してなんという口のきき方……!』


 よし、こいつはしばらく縛ったままにしとこう。私がそう企んでいると唐突に白くて華奢な手が私の手を包んだ。


『あ、あの!し、信じられないかもしれませんが、私が今からする話は全部本当のことなのです!』


 話を聞いてもらおうと、必死にこちらを見つめる瞳の色はとても澄んだ紫色をしていた。それによく見ると、彼女の眼は私と同じ、運命を捉えるアイシャの眼だった。


『信じるわ』


『え?』


 にこりと笑う。彼女がここに来た意味、私があの夢を見た理由。それだけじゃなく、私の何かが彼女を助けてあげるべきだと言っている。


『なんだかあなたとは()()()()()()()()()()()のよ。だから、信じてあげる』





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