精霊祭?
今日も日課の風呂掃除をしていた私は浴槽に響き渡るほどの叫び声を上げた。近くで黙々と清掃していたレイヴンが驚いたように肩をビクつかせる。
「もうちょっとで精霊祭なの、貴方に言うの忘れてたわ!」
「精霊祭?」
無事に営業が再開されてから1週間が経った。最近は色々とあって気づかなかったが、今朝、煌架抄の花が少し赤みを帯びてきているのを見て精霊祭が近づいてきていることを思い出したのだ。しかしそれをレイヴンに伝えようと思って、すっかり忘れていた。
「ええ、春の訪れを祝う祭りで三日間かけて行われるのよ。国中がお祝いムードですごいんだから」
毎年行われる精霊祭は国中の至る所から国民が集まる。国土はあまり広くない苑だが、それでも少なくない人が王都にやってくるのだ。
温泉街なんかは儲かるだろうが、正直銭湯にわざわざ入りに来る人はいない。そのため、毎年祭の日は休みにするようにしていた。
「また、休みか」
「うちの決まりごとだからしょうがないのよ。たぶん、経営は、大丈夫……」
レイヴンのおかげで色々と経費が浮いているものもあるし……と言ってみると少しだけ彼の瞳が淡く光った気がした。この間、ソル爺の元を訪ねてからレイヴンの眼が時々光るようになった。以前は紅とケンカした時も光っていたので魔法を使ったせいかとも思ったのだが違ったらしい。そのことを指摘するかどうかは迷っている。なんだか喜ぶと光るみたいで、教えてしまったら彼が気にするかもしれないし。
「それで、いつなんだ?」
「二週間後よ、ここから準備に追われた住民のお客様が増えるのよねぇ……」
銭湯の利用者数が増えるのは、本番当日ではなく実は準備期間の方だ。この時期は自然と慌ただしくなるので、一日の汚れをうちで落としていくという人が多い。
「男の人が増えるから、レイヴンのこと頼りにしてるわ」
「そうか」
返事はそっけなかったが、その眼がまた光ったのをみて私は思わず笑ってしまった。
「そうだっ。あとはね営業時間も変更するのよ。祭の一週間前から開店時刻を昼の少し前にして夜中まで営業するようにしてるの」
「大変になりそうだな」
「ええ。これは後で詳しく説明するね。あとは、そうだわ。お父さんとお母さんが帰ってくることぐらいかしら?」
「そうか、よかった、な?……え?」
「新しい従業員雇ったって言わなくちゃね!」
自分でも顔がニコニコとしているのがわかる。私が一人でも経営すると言った時は両親も心配してたが、二年目も上手く経営できたと思う。
「りょ、両親!?」
「何をそんな驚いてるの?精霊祭にはさすがに帰ってくると思うわ」
世界を周り旅をするのが好きな両親。私を引き取ったのも旅の帰り道だったそうだ。ちょうどその頃に銭湯を経営していた祖母が亡くなり、子供がいなかった二人は銭湯の経営を諦めていたが、私を引き取った際に少し考え直したらしい。
結局二人は経営のノウハウがわからずにたたむ決意をしたが、私が駄々をこねて経営の半分を手伝うことを条件に銭湯は潰れずに済んだ。
そして、思ったよりもしっかりしていた私を見込んで、ハステルの成人である15歳の時に銭湯の経営を任せてくれるようになった。
「こういうのはあれだが、娘に一人任せてってちょっとひどくないか?」
「両親も渋ってたけど、私が大丈夫って言ったの。だってあの人達、旅をしないと死んじゃう病気なのよ」
両親は私を引き取った時に旅はもう辞めると決めたそうだ。しかし、時々二人で懐かしそうに旅の出来事を語っていたのを私は知っていた。それが私が両親を縛り付けてる気がして嫌だったのだ。
だから、覚悟を決めて私は両親にいろいろと打ち明けることにした。実は完全にではないが、私の前世のことや精神年齢が実際よりも高いことは両親に説明済みだったりする。
それを聞いて渋々納得した二人は、精霊祭の時には帰ってくる約束をして、世界中を今も自由気儘に旅している。
「そうか、ご両親が。そうか……」
「レイヴン、大丈夫?顔色悪いわよ」
なんだか、急激に顔色が悪くなったレイヴンを見て心配になる。心なしか大量に汗もかいているような。
「あ、あぁ。俺、殺されたりしないよな?」
「は?そんなことしないわよ!」
「そういうんじゃなくて……いや、いい」
ますますレイヴンの汗が止まらなくなったので、とりあえず私はレイヴンの汗をそっと拭っといてあげた。




