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レイヴンがいてくれれば

 


結局修理が完全に終わるのは三日かかると言う。また取りに来るといったが、情けないことに予備がないため、銭湯は三日間の臨時休業が決まってしまった。


 その間はレイヴンが浄化機の修理の様子を眺めたいと言っていたので、休暇を出すことにした。この三日間はソル爺のところに通い詰める気らしい。なぜだかそれは面白くない気もしたが、浄化機についてキラキラとした眼でソル爺と意見を交わしている彼を見たら何も言えなくなってしまった。


 暇だ……。


 クロを撫で回しながら、私はぐでんとソファに寝転がった。その際にソファからレイヴンの落ち着いた匂いがしてきて少しだけ複雑な気分になる。


 銭湯が臨時休業してから二日目、私は早速家で一人暇を持て余していた。観光地にもなっている苑を改めて見回るのも楽しいかと思ったが、なにせ急な休業で一緒に行ってくれる人がいない。それに銭湯がやってないことを知らずに訪ねてくる人もいるので、あまりこの家から離れるわけにもいかなかった。


「レイヴンがいてくれてれば……」


 ポツリと漏れ出た本音に私は思わず身悶えた。レイヴンがこの家に来てから二ヶ月ちょっとしか経ってない。それなのにもうずっと彼と一緒に暮らしているような気分だ。


 彼がいなくて寂しいという柄にもない感情が湧き出てきて、私は頭を抱えた。


「ばうっ」


 何かを感じ取ったのか、クロがすりすりと頭をすり寄せてくる。


「慰めてくれてるの?」

「くぅん」


 その可愛さに、私は思いっきりその黒い毛並みを撫で回したのだった。





 ◇





 カフェ、コードンウェル。そのカウンター席に座った俺は今、盛大に戸惑っていた。原因は隣の席に座る一人の少女である。白いブラウスに赤色の短いスカートを着て、黒いエプロンをかけているこの少女は、突然店の奥からひょっこり現れたと思ったら俺の隣の席に突然座ってきたのだ。それからずっと矢継ぎ早に話かけてくるので俺はさすがに辟易としていた。


「えー、じゃあルーシー姉のところに住み込みで働いてるんですか!?やだー」


 やだーと言いながら俺の背中をバシバシと小さな手で叩いてくる。彼女はルーシーと同じ16歳らしいが、二人が並んでも同い年に見えないだろう。というよりもこちらの少女が年相応の見た目をしているだけかもしれない。


「何か間違えとか起こったりとかしないんですか!?あ、もしかしてもう付き合ってるとか?やだー」


「うるさいよ、アリー」


 ソル爺の鋭い声が飛んできてアリーと呼ばれた少女がビクッと肩を震わせる。アリエッタ・リーシュ・モルグリア、茶色のボブの髪と灰色の眼が特徴的な活発な子で、ソル爺の孫でありこのカフェ唯一の店員らしい。


「すみませんね、うるさい娘でして」


「お爺ちゃん!いいじゃん、こんなイケメンが来たら誰だってこうなるって。もう、ルーシー姉ったらこんな素敵な恋人ができたなら教えてくれればよかったのに」


 ぷくっと頬を膨らませた彼女はやはり実際の年齢よりも幼く見える。俺は勘違いをしている彼女を正すため、努めて冷静に否定をした。


「悪いけど恋人じゃない、ただの従業員だ」


 そう言うと、アリーは明らかに不満げな表情になった。


「二人ともお似合いだと思うんだけどなぁ。ほら、ルーシー姉って私と違って大人っぽいし!」


 アリーはそう言って自分の胸を見る。つられて俺も見てしまい、確かに大きさに違いがあるなとは思った。


「やだー、今比べましたね?レイヴンさん意外と変態!」


 自分の胸を手で隠して騒ぐアリーから慌てて視線を外す。


「うっ、いや、すまない。というかそもそもの話、俺とルーシーでは年が離れているわけで」


 どんどんと声が小さくなる俺にクスクスと笑うアリー。なんだかバツが悪くなって、ますます眼を合わせられなくなる。


 アリーはそんな俺の顔を下から覗き込んできた。その幼さを残した顔でにんまりと笑う。


「レイヴンさんって26でしたっけ?10歳差なんて誤差ですよ誤差、そんなの言い訳です」


 バッテンを作って言い訳だと言い張るアリーに苦笑いが漏れる。故郷では若い、というよりも幼いとさえ思えるような令嬢を娶るような男達はたくさんいた。確かにハステルでは15歳は成人だが俺からしたら16歳などまだまだ子供の範囲だ。


 俺が16の時なんて魔術ばっかで中身はすっからかんだったんだぞ。この間今でも中身がない自分に気がついて、相当落ち込んだばかりだったが。そう考えると、ルーシーは随分と大人っぽい。見た目もそうだが中身もまるで年上のような気がしてしまう。


「ルーシー姉は神様に選ばれた特別な眼を持つ人だよ。この世界にとってもきっと大切な人。そのあなたの綺麗な眼にかまけて彼女を悲しませたりしたら……」


 彼女の灰色の眼が怪しく光った気がして俺はごくりと喉を鳴らした。しかしアリーがなにか続きを言う前にまたもやソル爺がそれを遮る。


「アリー、余計なことは言わないように」


「はーい」


 あっさりと離れていった彼女に呆気にとられた。そのまま軽やかな足取りでふきんを取りに行くと、店の掃除をし始めた。申し訳なさそうにその顔を歪ませたソル爺がお詫びとしてコーヒーを淹れてくれる。


「あの子は両親を早くに亡くして私が引き取ったのですが、調子のいいところがありましてね」


「いえ、活発で、その、いいと思いますよ」


 俺はどう褒めたらいいかわからなくて、誤魔化すようにコーヒーを一口含んだ。ブラックが好みだと伝えていたので、コーヒーの味がよくわかる濃い苦味が口の中に広がる。飲みやすいのに、香ばしさがあって美味しい。


「そう言っていただけると嬉しいですね。……では、そろそろ魔道具の方お見せしましょうか」





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