もし今度があるならば
『寂しそうな顔をしてるわね』
『そんな顔しているか?』
『ええ。どうしたらその顔はなおるのかしら』
『そうだな、お前がそばにいればなおるよ』
『くすくす、相変わらず嘘つきね。
やっぱり私たちそっくり。そっくりすぎて、勘違いしてしまったわ。
もっと早くに気づくべきだった、そしたら未来は変わっていたかもしれないのに』
『運命の相手がそばにいるとは限らない。その人と出会えることが運命なのだから』
『やだ、詩人みたい』
『俺の言葉じゃないけどな…ああ、そろそろ終わる時が来たようだ』
『そうね。ねえ、もし今度があるならばお互い見る目を養いましょうね』
『幸せになろうとは言わないんだな。お前のそういうところは悪くなかったよ』
『ふふふ、ありがとう。でもね、レイヴン。幸せは自分で掴み取るものよ』
『そうか。なるほど、
肝に銘じておくよルーシー』
この世界はもうすぐ終わりを迎える。
この結果が確定されたものだったとしたら
この世に神などいないのだろう。
『それでも、もし今度があるならば、俺は––––––––––––––』
ふわふわと白い空間の中で私はそれを見ていた。
早く醒めて欲しいような、まだ見ていたいようなそんな不思議な感情を覚える。
だが同時に、言いようのない喪失感も感じていた。
それでもこれだけはわかる。呼ばれた私の名前は、きっと私に向けられたものではない。
不思議な感覚を残してそろそろ夢も終わりそうになる頃、懐かしい姿が現れた。
「あなたがあなたらしくいることが大切です。そうすれば同じ道は辿らないはず。凛子さんならきっとできますよ」
「エリック…」
「さあ、起きて」
エリックが優しく微笑んで私の背中を押す。それを最後に私の意識はゆっくりと浮上した。
目を開けた私は起き上がって大きく伸びをする。
多少の眠気を感じながらも階段を降りていくと、リビングのソファに黒い塊が乗っているのが確認できた。最近いつのまにか家の中に入ってきて寝そべっているもう一つの黒い塊、クロもソファの足元の方で眠っているのが見える。
そっと近づいてクロの頭を撫でると、ピクリと耳は動かすが眼は閉じたままだった。その様子に苦笑いを溢して、私は大きい方の塊へと目を向ける。
毛布はいらないからと最初に着ていた黒い外套に身を包まれて寝ているレイヴン。その寝顔は息を呑むほど美しく、それでいてその表情は随分と呑気そうな顔をしている。
彼がここに来た理由と、夢の中で言いかけていた言葉が重なった。
思うに、自由とはある種の孤独を意味する。本当の意味で、彼はまだ幸せを知らないのだ。
「自由になんてさせないわよ。
あなたは、うちの従業員なんだから」
それなら、居場所ぐらいは作ってあげようじゃないか。
だから、今日も彼には風呂掃除を頑張ってもらおう。
「さあ、起きて!仕事始めるわよ!」
『!?トマト!?』
耳元で叫んだ私の声に飛び起きて妙な言葉を発するレイヴン。
「ぶふっ。『トマト』?」
吹き出しながら、私はすっかり夢のことなど忘れていた。




