第7話 脱出へ
あれから2ヶ月。
僕はこの街を抜け出す為に必要な情報を集めた。
まず、地図の保管場所。
これは協会地下の物置部屋で、たどり着くには必ず協会内部を通らなければ行けない。
次にそこまでの経路に居る警備ないし部屋とそこに住む人の人数。
これは大した問題ではなく、子供達は1Fの部屋で、大人達は3Fの部屋で22時には寝るらしく、警備員は地下の金庫前に3人。
通常、不意打ちで倒せるレベルだ。
それと、カルマについては、警備に綺麗な不意打ちを決められる程度には完成した。
もう一つ、これが残された最大の問題なのだが。
それは、脱出後の行動である。
地図を手に入れたは良いものの、元からある程度の情報を持っていないと行く街、あるいは村なんかを決めることができない。
つまり、この街を出る前からそれなりに外の情報が必要ということだ。
実はこれについても既に解決策は考えてある。
こればっかりはシアンやサニも詳しくはないようだったが、
曰く、「目の前の森を抜けて、商工都市アグラルへ向かえば良い。」だそうだ。
簡単に脱出の算段をまとめると、
1.侵入、地図の入手
2.タギキ村からの脱出
3.アラグルへ向かう
といったところか。
地図が手に入り次第まずすることは脱出、安置の確認、それからアラグルの位置と道の確認。
「進捗はどうだい?」
一通りの確認を終えると、サニが部屋に上がってきた。
「まぁ、流れは確認したよ。」
「・・そうかい・・・」
「どうかした??」
「いや、これが成功しても失敗しても、お前はいなくなってしまうのか、とね。」
「・・・僕は、この世界に来てから、サニとシアンの前に居て初めて、藤崎洋であれた気がするんだ。」
そうだ、そうなんだ。
「だから、必ず帰ってくるよ。僕が僕である為に。」
「・・・あぁ、そうであってほしいね・・」
「うん、必ずだ。」
「お前は優しいね、ありがとう、シアンの方にも行っておやり、心配していたよ。」
「そうだね、行ってくるよ。」
部屋を出て、後ろ手にドアを閉める。
シアンを探そうと出した右足、続く左足を、床は離さなかった。
「うっううっ」
すすり泣く音が、聞こえる。
必ずだ、僕は必ず帰る。もう一度、必ず。
そう決意して、シアンを探すべく歩を進めた。
――――5分後――――
シアンを探しに来たのだが、全ての部屋を回ってもシアンが居ない。
どうしたものかと思い、頭をかいていると、シアンの部の出口にコーヒーが少し零れて居るのを見つけた。
「これ・・・・」
半分確信しつつ、それでも疑念は抱きつつ、その後を追っていく。
跡は2m毎についていて、見失わずに、屋上へつながるはしごへ辿り着くことができた。
「昇ってみるか」
少し昇ると小さな光が瞬いているようだった。風を感じ、昇り切ると、そこにはシアンの姿があった。
「・・シアン・・」
「っ!!!?いつからそこに?」
「今さっきだけど・・・気に障るなら退くよ」
彼女は少し考えて、応えた。
「構いませんよ、それに、少し話したいこともありますし。」
「話したいことって?」
そう言いながらシアンの隣に座り、顔をのぞき込むと、目は赤く腫れているようだった。
「心配してくれたなら、ありがとう。でも・・・」
「いえ、私ならもう大丈夫です。けど、この村の人は、タキを失うんだと思うと、自分のしていることは、もしかしたら・・・」
なるほど・・
「君は、優しいんだね。僕は、そんな君に責任を負わせるような奴にはなりたくない。」
「でも、どうやって?」
「僕が、いつかこの村に帰ってくるとき、何回目になるかわからないけど、タキと一緒に帰ってくるよ。」
シアンは少し驚いたように身を強ばらせた。
「・・・・本当に・・?」
「あぁ、約束する。」
彼女の滑らかな赤髪が、月に照らされて輝いていた。
ただ、その赤髪には少し切なさが混じっているようで、その美しさを僕は絶対に忘れることはない。そう思えた。
その夜は、決断を胸に刻みつけるように言い聞かせながらゆっくりと眠りに落ちた。
その日は、来た。
作戦決行日。作戦開始は23時ちょうどから。
脱出後の生活に必要なものを門の隣の茂みに隠し、協会への突入準備を整えた頃には20時を超えていた。
「それじゃあ最後に、タキの家に寄ってこよう。」
別れ際に、村をふらふらしてからタキの家に入った。
やはり、シグレとカンギスは寝ているようだ。
タキの部屋を丁寧に片付け、机に別れの手紙を置いた。
「カンギス、シグレ、短い間だったけどありがとな。」
「・・・タ・・・キ・・・」
後ろから聞こえてくる寝言から逃げるため、僕は足早に家を離れた。
サニ宅に帰り、ただ時間が来るのを待つ。
「ねぇ、サニ、もしユキアツが戻ってきたら、どうする?」
少しうなっていたが、すぐに顔を上げ
「まず思いっきりビンタして、その後笑いながら話を聞けたら良いね。」と言った。
「ビンタされるのはごめんだから、なるべく早めに帰ってくるよ。」
「あぁ、そうするのが賢明だね。」
「早くなるのは良いですけど、私との約束も忘れないでくださいね?」
「もちろんだよ。」
そんなおしゃべりをしていると、時間はあっという間に過ぎた。
――――22時55分、教会裏口前――――
サニ、シアンはもう寝た。
ここからは自分1人での戦いだ。
僕は必ずここを出る。
そして必ず帰ってくる。
そんな矛盾した決意の背中を押すように、23時の鐘はいつもより激しく鳴り響いた、ような気がした。