第5話 覚と殻
「ふんっ」
もう、シアンとの修行を始めてから2時間が経つ。
僕は未だ、彼女の体に触れることさえままならない。
「今のは惜しいですね、もう少しで届きましたよ。」
励ますための言葉かも知れないが、自分でも段々と目が追いついてくるのがわかる。
「もう1回行くぞ!」
呼吸を整え、目を見開く。
「フッ!」
短い気合いと共に走り出し、急加速する。
これは、相手に追いつくゲーム。
ならば、動かない相手に突っ込んでも問題はない。
しかし、重要なのはここからだ。
もちろん相手は回避行動をとるのだから、それに追随する様では追いつけはしない。
相手の動きを読み、一歩早く動く事が大切だ。
シアンの視線、関節の動きをみる。
膝が右側に入った。
左上!!!
左上へ勢い良く跳び込む。
が、シアンの体は右へ跳んでいた。
「は?」
地面に足を付き、思わず声が漏れてしまう。
「今、左に跳ぶと思いましたよね。」
「あぁ、そうだ、でもなんで右に。足は左に跳びそうだったけど。」
「そうなんです。私も跳ぶ直前まで、左に跳ぶ気でした。」
「じゃあなんで・・」
「跳ぶ直前で、カルマを使って右へ体を押し出したんです。」
「そんなこともできんの?」
「えぇ」
「ですから、次はアルカをしっかり見てくださいね。」
「ひええええ」
––––––30分後––––––
「右!」
「っ!」
「よっしゃあ!!!!」
目も完全に慣れ、アルカを感じる事もマスターした頃に、ようやく中指がギリギリかすってクリア。
正直最初は死ぬまでかかるんじゃないかかと思った。
「はい。第2関門突破ですね。」
「おう・・・まだあんのか?」
「後1つだけあるんです。」
シアンは少し笑って言った。
「・・で、その1つって?」
「今、ヨウさんはアルカを全身に纏っている状態です。」
「おう」
「そのアルカに、もっと大量のアルカをくっつけます。」
「おう?」
「そうすると、ある程度の攻撃を防げる様になります。」
「おぉ!」
「反応が適当ですが、大丈夫でしょうか。」
「多分大丈夫。」
「では、」
というと、シアンはその姿を空気に溶かした。
ブオン!
空を切る音。
反射的に左腕を上に振り上げる。
バキャン!!!!
いや、音おかしいだろ、明らかに。
頭の中でこの現実を飲み込めない。
5メートル程吹き飛ばされた先で、左腕の痛みに気付く。
・・・多分折れてる。・・・・
すると、アルカがそこに吸われる様に集まって行く。
みるみる内に左腕は元通りになった。
「その感覚を忘れないでください!」
「へっ?」
「アルカが集まって行く感覚です!」
何故なのか全く理解できないが、一先ず言う通りに覚える。
体中から、力の集まって行く感じ。
その感覚は徐々に薄れていき、やがて消えた。
「これは・・・・どういうこと」
「アルカの体内操作をするには、アルカの集中する感覚を事前に知っておく必要があります。」
「・・・・・・・・・・・」
「みんなこうやるの?」
「いえ、しかし今は急ぎですので」
仕方がないのか。
無理矢理に自分を納得させ、次の説明を促す。
「次は、その感覚を自分の中で再現してみてください。」
「んーっと」
力が、1部に集まるイメージ。
さっきと同じ腕にしよう。
意識を集中すると、体の模様が濃くなっていく。
「いい感じですね。」
「お、おう」
少しでも気をぬくと力を発散してしまいそうだ。
「さっきと同じ蹴りをそこにします、大丈夫なはずですよ。」
言葉の語尾を霞めて、シアンの姿は消える。
いや、正確には、消えるのではない。
僕にはもう見える筈だ。
「いた」
右前方に腕を出し、防御体制を取る。
ズドン!
と重厚な音を出すが、先程とは違い、シアンも互角に押し返される。
「っっつっ!!!」
痛みはないが、凄まじい衝撃に思わず声が漏れる。
シアンは笑顔でこちらを見る。
「できてますね」
「みたいだな、これである程度は戦えるのか?」
「はい、硬化した部分は攻撃でも使えますし」
意外だな、こんなに早く出来るなんて。
「ただ・・・」
「まじかよ・・まだあんの?」
「はい。先程再現したように、ガードしている部分以外は穴だらけです、つまり・・・」
「全身を覆う必要があるのか?」
「えぇ、具体的には2つ、全身をもう少し多いアルカで包むのと、アルカを集中する部分の高速移動です」
言われてみれば、たしかに。
全身ある程度の耐性とスピードは必要だ。
通常の移動速度が速ければ、より速く扱える必要がある。
「よっしゃ、やるかぁ」
「でも今は」
言いかけると、遮るかのように右膝が地面についた。
「ん?」
気づいた頃には全身が地面に横たわっていた。
「ありゃりゃ」
突如襲う眠気。
こんなところで寝てしまうわけにはいかないのに、と考える頃には、もう眠りについていた。