THE BLITZ チャプター1‐第8話:メイヘム
‐1‐
「先生、ご苦労だったな」
グラントが『もう一人』へ労いの言葉を送った。『もう一人』は内部に居る研究員と警備の制圧に向かってた者の中の一人だ。
「『先生』、という呼ばれ方はあまり慣れないんだ。そろそろ他の呼び方にしてくれないか。もう長い付き合いだろ」
「わかったよ、エルス」
グラントにとっては呼び方はどうでも良かった。彼にとっての人の見分け方は戦力として使えるか使えないかのどっちかだからだ。
「エルス、グラント、制圧は終わった。人質も確保したようだな」
この中では比較的若い男が後ろからこの二人の会話に入ってきた。この男も制圧に向かっていた一人。弥田 加賀魅という一人の平凡だった若人だ。『心ある力』を結成して以来、彼と平凡は相対する関係となった。
「俺がわかるな、博士」
自分の存在の確認を強制させるような口ぶり。博士と呼ばれた風沙は手錠をされ、グラントによって情報を吐かせる為の拷問を短時間受けた後だった。
拷問、とはいうが実際は身体のあらゆる部分に殴打を喰らっただけといえばそれまで。だが、グラントの身体能力と筋力にかかってしまえばただの殴打も金属バットで殴られたようなものだ。
「あぁ、そんな確認してどうするんだ。守護者計画のスーツを奪ってそれからどうする?君たちの『先生』が既に持っているだろ?」
エルスの着ているスーツはガーディアンスーツの一つだ。彼らがそれを奪いに来た理由が表面上では風沙にはわからなかった。
「とぼけていて何の得があるんだ?リヒトワンドに『鍵』を入れたのはあなただろ?それと、『方舟』があるという事実はもう知っている。さぁ、鍵を入手する為のパスワードを教えてくれ」
方舟、教養があるものならば聖書の『ノアの方舟』を連想とするだろう。だが、風沙とこの三人が考えているのはその聖書の産物ではなく、本当に実在しているものだ。
「『方舟』か。あんなモノを手に入れても世界が変わるわけでもない。ただ、あのスーツとバケモノ共、そしてあの爆弾のオーナーになれるだけだ」
「それが狙いなんだよ、博士。馬鹿共にいつ狙われるかわからない大きな力を俺達が先に手に入れる。そしてこの世界を変える」
言葉の交わし合いが大きなホールの中で響いていた。椅子に縛られている風沙の周りに得体の知れない三人が囲み、彼らの周りには兵隊と呼ぶには頼りのない銃を持った者たちが居た。
この状況でも風沙は一切恐怖は抱いていなかった。自分の持つ知識も混乱していることもない。
なぜ、このようなホールに居るのか。テレビ中継をする為だ。まだその準備は行われていない。
「もういいだろ、加賀魅。中継の準備をしよう。おい!何ボッーとしてる!何も言わなきゃテキパキ動けないのか?!とっとと中継の準備をしろ!」
使えねぇ連中だ。結局は俺達がメインで戦ってるじゃねえか
構成員達はどうすればいいのかがわかっていなかった。今のこの攻撃の危機がない状況でも。
今回の襲撃で警備員達を制圧したのはほぼこの三人のおかげだった。では、ほとんどの構成員は何をしていたのか。制圧をしようとしてはいた。だが、素人同然の彼らに訓練を受けた警備員達に太刀打ち出来る訳はなかった。だが、強力な力を持つあの三人が居たから今回制圧が成功したのだ。
グラントの経験豊富な戦闘技術、加賀魅の異能犯罪者としての異能、エルスのガーディアンスーツを活かした戦闘。訓練を受けた警備員でもこの破壊兵器同然の戦力にはどうすることは出来ないのだった。
「そういえば、あのスーツ野郎はどうしたんだ?エルス」
「叩きつけた。それ以降は確かめていない。どんなことをしてくれるか気になるからな」
「馬鹿かお前!クッソ、戦闘準備だ。おい!カメラは後でいい!全員銃を構えろ!」
威圧感のある声がホール全体に響いた。
「……待て。無線で陽動が失敗に終わりかけている。奴が来るぞ。ブリッツマンが」
グラントは苛立ちを抑えようとしていた。
「チッ……俺とエルスはブリッツマンを抑える。加賀魅、ここは頼んだ」
「OK」
‐2‐
「さっきからなんなんだこの表示は。ヒロも応答しない」
ヘルメットの中に音が鳴り響く。混乱が込められた声。
バイザーに『LOCK』と表示されている。鍵が掛かっているという意味なのか、鍵があるという意味なのか、なんにせよ身体がうまく動かない事実に変わりがない。
クソ、動いてくれ。さっきの衝撃で動かなくなったのか。この欠陥品が
深呼吸、一旦思考をリセットした。先程までの戦闘、風沙との確執と和解、混乱のファクターは思った以上に少ない。そのため思考のリセットは容易に出来た。
大丈夫だ、いける。うまくいける。身体は動く。思考もちゃんとしっかりしてる。今の状況は?倒れている。今やるべきことは?あの得体の知れない『もう一人』を倒す。その為に奴らが何処に居るかを探す。
状況を確認後、まず『LOCK』の表示を消して動けるようにするべきと判断。最適解はスーツの再起動。再起動を実行。
思考が消え去り、ビジョンが文字通り真っ白に。
‐3‐
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吐きそうだ、何処に居るんだその例の『もう一人のスーツ男』は。本当に銃が聞くのか?それ以前に当てられるのか?
そういった緊張のノイズが僕の脳を走っている。人を殺めることの出来るこの形の整った鉄の塊を持つのが怖い。これの引き金を引き、目標に当てれば人体に弾が貫通、そして人を殺してしまうんだ。緊張しないのがどうかしてるんじゃないのか。あの三人みたいに。
それに、その『もう一人のスーツ男』にもしかして殺されるんじゃないかという不安が汗と吐き気を催している。
頼むから来ないでくれ
視界にサイトを入れた。こうする為の構えで目標に当てやすくなる。それが僕の戦闘能力に正の影響を及ぼすのだろうけど、その男に敵うわけじゃない。僕一人では。
僕以外にも兵士は居る。そう、ウサギはライオンに叶わない。だが、束になることで戦いが成立出来る。
そうだ、相手は生き物なんだ。だから僕らはあの男に
僕の思考を妨げる破裂音が耳に入った。大丈夫、狙って撃つ。それでいい。
見えたアイツに……今胸になんか衝撃が?これって拳?それじゃなんで背中まで痛いんだ?
お腹に違和感を感じたので首を下げてみた。
『もう一人のスーツ男』だ。彼は僕の胸に拳を貫いていた。比喩なんかで表現する暇がないくらいに明らかだった。視覚でも痛覚でも感じていたから。
彼の腕は僕の胸から即座に引き抜かれ、僕は倒れた。どうやってもそれ以上の事実は判断出来ない。
最期にこれだけはわかった。死ぬ前に訂正したい。
ウサギは束になっても凶暴なライオンには敵わない。
‐4‐
まるで暴風のようだ
何故他人事のように思えるのかが不思議だった。確かに自分が身体を動かしている感覚はあるのに。なのだが、自分を三人称で見てるような感覚だ。
三人称で見ていてもこの惨状に一種の気持ち悪さを感じるはずだ。腕で貫かれた胸、もげた腕、飛び散る血、誰が見ても生理的嫌悪を覚えるはずだ。
まるでスピリチュアル的な意味で身体が海に浮かんでいるような感覚だった。例えるなら、前に船で感じたような。
これは確かに灯夜自身が行ってる行為だ。だが、このような残虐行為は自分の意思ではない。確かに制圧したいとは考えているが。
彼自身、なんでこんな残虐に動けるのか、異常に動けるのかわからない。先程からビジョンが真っ白になってからの記憶がないのだ。まるで身体を承諾ありで乗っ取られたような、なのに自身で行動しているかのような。
気持ちが悪い光景だ。だが、こうなっても別にいいだろ。奴らはそれ相応のことをしているんだから
灯夜は自分の意思から離れているこの行動を止めようとする気はなかった。この行動がテロリストの殲滅と人質の解放の最適解ならば止める意味はないと判断している。
銃撃を背中き受けたことを感じとり、撃った者に対してエナジーショットを放つ。腹部が貫かれた。
灯夜はテロリスト構成員の約7割を殺害、残り約2割は負傷、そして残りの約一割というには少ないただ一人は正確に遠距離からライフルを使い射撃を行っている。
だが、そのライフル弾はエナジーフィールドを貫くには威力や弾速が足りていない。それをわかっているが故に反撃を被る可能性を考慮して、ホール内の椅子で身体をカバーしながらリロード、弾を込めた後に即座の射撃。
この中の構成員としては異質な正確性を持っている。命中率はもってのほか、構えは軸が整っており、リロードの慣れ具合、判断力、どれをとっても下手なライフルマンよりは上手なのは確かだ。
加賀魅は射撃を継続。人間の急所である頭部へ狙いを定め、トリガーを引いた。効力はまだ無い。
こいつにはどうするべきなんだ。周りから片付けるべきなのか、それともこいつを先に仕留めるべきなのか。
なんにせよ、今、灯夜が思考をしていても何も変わることはない。
一方でバイザー内のHMDにエネルギーの残量が残り40%と表示されていた。
‐5‐
コイツ容赦ないな。離れているとはいえ人質が居るのに
加賀魅は周りに広がる亡骸を風景に『もう一人のスーツ男』を注視していた。
彼を殺す、もしくは捕らえ『ガーディアンスーツ』の中に保存されている鍵を入手する。それが作戦の目的だ。
しかし、この状況では高望みすることは贅沢すぎる。無力化させるには全力を尽くさなければならないからだ。
そういえば、リヒトワンドって言ってたか。リヒトは光でワンドは……まぁいいか。というかどう対処するべきなんだ?
まず銃弾は効いていない。効いたとしてもこの素早い動きにどう命中させるべきなのか。
リヒトワンドは手のエナジーショットの反動を利用した急な高速移動を行う。壁に一時的に張り付いた後に脚の力を利用し壁から飛び跳ねた。
加賀魅はリヒトワンドの防御手段についてエルスの能力と機能を踏まえて分析していた。
常時作動しているエナジーフィールド。これはただの銃弾では貫くことは出来ない。最低でも対物ライフルに使用する大口径弾の持つマズルエナジーと弾薬の持つ威力によって貫ける。
それ以外の貫通手段は弾頭を弾丸の持つエネルギーを通常の弾丸の10倍以上を集約出来るように鋭くすること。要は、縫い針を弾丸にするようなものだ。
今の加賀魅の持つライフルと弾丸では貫通は不可能だ。だが、シングルアクションのグレネードランチャーならばダメージを与えられるかもしれない。
そう判断し、背中からその手持ちのグレネードランチャーに切り替えた。中折れから生じる薬室開放を行いグレネード弾を薬室へ挿入。加賀魅は現在椅子を利用し身体をカバーしながらその行動を行った。
リロード完了。だが、まだ射撃は行わない。目標は空中を素早く動いている。
加賀魅は他の構成員を囮に使って、リヒトワンドを狙う為に思考を落ち着かせている。
カバーを解除、目標は出入り口手前の天井の直下にいる。それも十数センチで頭がぶつかる高度。そこにグレネード弾を撃ち込んだ。
リヒトワンドは回避に成功。グレネード弾は天井に命中。出入り口手前の天井の耐久性が大きく低下し、いつ崩れてもおかしくはない。
加賀魅はグレネードランチャーをリロードした。この時、彼は気づいた。もう囮になる構成員があと一人しかいないということに。
最後の一人はというとリヒトワンドに集中的に射撃を行っている。恐怖から、弾を無駄に撃っているにすぎないが。もちろん、弾丸は一発も命中していない。
加賀魅はその隙に拘束されている風沙の元へ。リヒトワンドへ脅迫するための材料に風沙はなった。
リヒトワンドは最後の囮へエナジーショットを歩きながら撃ち込んだ。エナジーショットの電撃は頭部へ命中し、頭が消失。撃たれた者の胴体はまるで水から離れた魚のように痙攣を起こしている。
リヒトワンドのエナジーショットは威力が分類されている。まず、物体への貫通が容易いバニッシュモード。次に物体を押す(あるいは殴るに近い物体同士のぶつかりを行わせる)キネクティックモード、そしてエナジーフィールドを張るディフェンドモード。この3つがある。
それを加賀魅は冷静に思い出した。エルスの機能と能力を踏まえて。
加賀魅は大声を出した。ヘルメット越しでもちゃんと聞こえるくらいのボリューム。
「おいお前!こっちだ、こっちを見ろ!」
リヒトワンドこと灯夜は呼ばれた方向へ身体を向ける。視界には父である風沙のこめかみに拳銃の銃口が向かれていた。10人中10人はリヒトワンドに攻撃をさせないための策に見える。
リヒトワンドはこの状況を分析。最後の構成員である加賀魅にエナジーショットを撃ち込むべきというのは把握している。なぜ、エナジーショットなのか。突撃した場合、風沙は拳銃を撃たれる。それも急所である頭部に。
エナジーショットを撃ち込むにしても構えのモーションを行えばその行動の間に同じく拳銃を撃たれるだろう。
だが、リヒトワンドは呼ばれた時にエナジーショットを撃つ構えとチャージを行っている。
ここでの問題は命中の精度だ。風沙が盾になっているため、胴体には当てられない。
だが、最適解は頭部へエナジーショットを当てること。だが、頭部は人間の身体の部位の中で一番面積が小さい。
この状況下でリヒトワンドとブリッツマンを補助しているAIであるヒロは何をしているのか。
正解は何も出来ないのだ。リヒトワンドが再起動した時にヒロとの接続が切断され通信のシャットダウンが継続している。
その為、射撃の補正が行われず正確さの欠ける射撃を行うことになる。頭部を狙う射撃は風沙へ命中しかねないため、あまりにもリスクが高い。
あれ、俺って今何をしてんだ
灯夜の頭ではホワイトアウトしたかのような混乱と静止が発生した。
さっき俺はテロリストの構成員を殺した。それは後で考えればいい。今、俺は最後の構成員に対して射撃を行う姿勢を立てている。これは崩してはいけない
自分が現在進行形で把握している状況を簡単に整理し、灯夜は自分の行うべき行動を振り返った。このまま姿勢を維持。交渉を行う。
「おい、人質を離せ。そうすれば……手は引っ込める」
リヒトワンドが喋ったことに加賀魅は驚きは感じていない。むしろ、驚いたのは人質を巻き込まないような行動を選んだことだった。
さっきまで構成員に慈悲をかけず殺害を行った男らしくない。ただ殺害しただけで人質開放を交渉したのならまだわかる。
らしくないのだ。効率に欠ける戦闘スタイルを行っていたリヒトワンドは獰猛な性格或いは機械と加賀魅は分析していた。その二つの場合、人質を取られた際に人間性が芽生えるのは明らかに不自然としか言いようがない。加賀魅の感想はこの一言。
不気味だ。
早く終わらせたいところだが、人質を殺す訳にはいかなかった。声明の為の人質、リヒトワンドの中に埋め込まれている『鍵』を入手するためのパスワードの入手の為に人質として生かしているからだ。
風沙に向けている拳銃をリヒトワンドへ向けてもダメージは与えられない。このまま硬直しても埒が明かない。
接近戦なら或いは……?
風沙を投げ飛ばし、リヒトワンドへ接近戦を実行する準備を固めていた。
‐6‐
「ブリッツマンは?」
「奴は今、デカイあいつ……ほらあの……」
どうでもいい男の名前が出てこずに困っているのはグラントだ。狙撃銃に取り付けられているスコープを使い偵察を行っている。
「クリン?」
「そう、それ。それが今ブリッツマンとストラックチームと交戦している。ここから援護射撃するか?」
提案は一蹴された。偶像崇拝されるような声とは裏腹にその崇拝者には興味がないエルス。
「まだ続いているのか」
「あぁ。だが、時間の問題かな」
冷静に見えるが実際は退屈しているグラント。では何故加賀魅の援護に残らなかったのか。ブリッツマンを殺害出来るからだ。グラントはブリッツマンとの対峙の機会がこれまでも幾度とある。それはエルスも同じだ。彼ら二人はブリッツマンを殺す為にここにきたのだ。陽動の尻拭いという戦略的な理由こそあれど。
「待て、アレは倒されたってことか?……そうだ。あいつ倒れたぞ。」
「じゃあ、行くか」
一人は脚部と背部のブーストを起動、もう一人はジップラインを発射、それを利用し空中を移動。
雷撃と電撃は先程までは『心ある力』にとっては蟻を蹂躙する獣だった。獣に対抗するには獣をぶつけるしかないのだ。
‐7‐
呆気なく終わるはずだろ。誰だってそう考えるはずなのに
エナジーショットを加賀魅へ発射した灯夜。これで終わると確信をしていたのだ。
風沙を投げ飛ばし、加賀魅は走りながら拳銃をリヒトワンドへ向け、引き金を引いた。当然、エナジーフィールドにより弾丸の貫通は無効化。
リヒトワンドのバニッシュモードでのエナジーショットが発射された。加賀魅はエナジーショットを腕部で打撃した。
「はぁ!?」
リヒトワンドの顎より下に全身を伏せながら、早く走れるよう真っ直ぐ腕を振り走った。一瞬にしてリヒトワンドと加賀見の間は20センチも無くなった。顎へアッパーを実行。エナジーフィールドでの減衰こそあれど威力は頭部を反らせる程の威力を持っていた。
続いてリヒトワンドへの回し蹴り。同じく減衰をものともしていない。反動でリヒトワンドは空中にて直線運動を行わされた。サッカーボールを蹴飛ばしたかのような見た目だ。
壁にリヒトワンドが命中。
灯夜は背中に衝撃を感知。痛みが口から吐き出る感触を感じた。身体に感知した衝撃を耐えながら右腕を構える。エナジーショットをキネクティックモードに切り替え発射、もちろん加賀魅は打ち返す。
加賀魅は背負っている唯一大きなダメージを与えられる武器のグレネードランチャーを放棄。走るのに邪魔だからだ。
サブマシンガンを装備した。リヒトワンドに向かい走行と同時に射撃し、全弾命中。手には強い反動を感じているが訓練によって耐えられるようになっている。
灯夜はバイザーのHMDを確認。エナジーフィールド減衰と同時にエネルギー減少。
遠距離が駄目なら、格闘で
痛みを堪えながら加賀魅に接近戦を挑む灯夜。サーベルタイプのエナジーブレードを手に展開。実体のある剣を持つ構え。
「お前はなんなんだ?」
加賀魅の疑問の声。疑問を持つのも当然だ。リヒトワンドは先程までは容赦のない獰猛な戦闘を行っていた。それなのに急に鈍くなったのだ。
声の直後、先ほどと同様の蹴りを喰らう灯夜。エナジーブレードでの反撃を開始するも虚しくどの振りも命中せず。最後の直上からのスイングの構えを取った。これは大きな隙きが出来てしまう。それを好機に取られ、ハイキックを喰らいダウンした。
「これを着れば無敵じゃないのかよ……!」
誰一人、そんな答えは口にしていない。ただの先走りを口にする灯夜。先程までの三人称で自分を見ていた感覚はスーツのおかげだと思っていた。
自分が弱体化しておることになおさら意味がわからなかった。
床へ放棄したグレネードランチャーを取りに行く加賀魅。しかし、グレネードランチャーは見当たらない。首を振り、探すが発見は出来ず。
同時に風沙がどこに居るかを確認。リヒトワンドの暴走によって荒れ果てたこのホールにて加賀魅同様にカバー行っていた。加賀魅のグレネードランチャー装弾しながら。加賀魅が気づいた頃には装弾は完了。
風沙はグレネード弾の信管が作動する距離にて加賀魅へグレネードランチャーを発射。
グレネード弾は加賀魅へそのまま着弾。言葉で表せる光景とするのなら、種を蒔いた直後に花が咲くような芸術的なテンポでの爆発だ。
‐8‐
「灯夜!」
耳鳴りの響く頭の中に聞き覚えのある声が鼓膜を刺激し、脳へ情報を送った。何故、爆発が起きたのか知る由はない。だが、その爆発が灯夜を救ってくれたということは彼自身も把握した。
グレネードの爆発と爆風はエナジーフィールドで防御されたことを確認した。だが、エネルギーはもう底を尽きた。
防御手段は残っておらず、灯夜の装着している『繭』はただの特殊な合成繊維を使ったスーツに過ぎない。
風沙は灯夜の倒れている場所へ向かう。このホールの中で唯一動ける人間だ。
「ほら、しっかりしろ。肩を貸す」
「あんた……無茶をすんなよ」
こうする方法以外なにも無かったことを二人共理解はしていた。最善ということも。
風沙の首筋に腕の第二関節が来るように灯夜は腕を乗せた。やっと親子は助け合うことが出来た。見た目だけなら理想とも言える親子の画だった。
だが、その理想は続くことはない。両者の直上に加賀魅が放ったグレネード弾の爆発によって脆くなった天井が崩れる。日常を大きく変える災いのように。
風沙はこれを察知。灯夜も反応は出来た。しかし、先程までの戦闘でのダメージと疲労によって反応が通常より大きく遅れてしまった。
風沙が先に察知できたのは子を守る親が子を授かった時に得るとある本能があったからだ。
天井の一部が落ちる。風沙は灯夜を力強く押した。崩落した天井が落ちない安全な方向に。
は?
風沙に押された後、状況が把握出来た。しかしその時にはもう手遅れだった。今更気がついても時間に逆らうことは出来ない。それを理解していたが納得は出来ていなかった。
天井だった瓦礫と、まだ風沙であることを保っている肉体の上半身の半分が灯夜の目で確認出来た。
受け入れることの出来ない状況、自分の無力、敵の理不尽加減、導かれた運命、全ての感情が灯夜の口から叫びという表現の方法で吐き出された。
ブレードランナーの劇場公開版は悪くないと思ってる作者のツイッターアカウント→
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