THE BLITZ チャプター1‐第3話:変われない者
‐1‐
港に着いた時、空は快晴で雲ひとつもない。先程までは曇りが覆っていたのに。まるで灯夜が乗っていた船のようだ。
その船は港に到着した後に乗客が列を成して下船していた。その後の客室やデッキは排泄物を出したかのように人の気配を感じさせない。
先程、トイレの清掃用具入れに匿った幼児は家族と無事再会した。
事を終えて船から下船した灯夜は港にて人を待っていた。自分を呼んだ親父が差し出した使いを。
「呼んだのなら自分で来いよ……」
呆れつつ使いを待っていたその時に。
「あー、井崎灯夜さんで?」
若さを感じさせるがどこか年を重ねているようにも聞こえる男の声だった。姿を眼に映すと自分とはそれほど年が離れているとは感じない、だが人生の経験は自分とは比べ物にならない人相を脳が認識した。
灯夜が自分を迎いに来た使いかを確認すると、男は肯定の台詞を言い、その直後に頷く。同時に灯夜を車に案内した。
車の中はもちろん無人で、沈黙が生じている。二人は乗車した。
沈黙は車が速度に乗った後からも続いた。沈黙は人を気まずくする。灯夜と男はそれに耐えてるように見えたが、あくまでそう見えるだけだ。
「……そういえばあなたの名前は?」
先に沈黙を破ったのは灯夜だ。男は沈黙の中を破る手段は持っておらず、対して灯夜はごく普通の疑問を問う手段を持っていた。わざとその手段を使わせる為にさっきは名乗らなかったのでは、と灯夜は言葉を口にする最中に考えていた。
「新崎輝馬」
沈黙がまた車を覆った。その沈黙を破るために新たな質問を脳みそを回転させ考えていた。
「何をやっているんですか?というか年は?同い年くらいに見えますが」
つい、同い年に見えると質問してしまった。それは嘘だからだ。明らかに自分のような愚か者と違い、修羅場をくぐっている。だから初見時は同い年には見えなかった。
「タスクフォース∞(インフィニット)のオペレーターをね。24です。それで?そういうあなたは何歳なんですか?」
まさに理想のコミュニケーション、言葉のキャッチボールの見本だ。質問を答え、質問を返す。そうすることで沈黙は晴れる。灯夜は返す。自分に返されたことに戸惑いつつ。ただ自分の蒸し返したくない思い出を思い出しつつ。
「20です。高校卒業後は放浪してました。」
「なんで?」
「自分に何が出来るのかがわからなくて。それに進学や就職をしたとして、本当に自分に向いていることなのか不安で、理由が付かなくて。それに自分の無力さを実感するのが怖かった」
この答えは必要だったのだろうか、と自分の出自と臆病者を表す説明をした後に頭によぎったこの自分の中の自分の声。そもそも未だに自分の記憶がはっきりとしていない。
「理由は後についてきますよ。あなたがこれからやることもね」
それがトリガーになったかのように疑問が出てきた。親父は何故自分を呼んだのか。それを出力し、質問という形に形成した。その後。
「それはこれからわかりますよ。でも、今教えて欲しいのであれば一部だけでも」
輝馬はその一部を口に出した。何故、灯夜をここに呼んだのか。それはタスクフォース∞の力になって欲しいという為に。
それは何となく把握はしていた。だがなんの為なのか。彼らは十分に力を持っており、空を飛ぶヒーローを仲間にしている。自分からすれば規格外な彼らに自分は何が出来るのかが灯夜は甚だ疑問だった。
「ところで、あの妙な建物はいったい」
そう思うのも当然だ。むしろ、なぜ今まで質問をしなかったのか、調べなかったのかが不思議なくらいに目立った建物があった。地球にもとからあった土と石で出来ているように見える塔だ。だが、塔と呼ぶには些か不格好で景色を眺めるような設計は施されていなかった。
「あれが、僕達が戦う原因を作ってるんですよ。あれが原因で犯罪者はさらに強く凶暴になり、犯罪の意思の芽が育っていく。あの塔のせいでね。それらを異能犯罪者って僕達は呼んでます。」
塔のせいで犯罪が増し、過激な手を使わざるをえなくなるということは噂などには聞いていた。だが、それがあまりにの非常識的すぎてしたい質問が炭酸ジュースが注がれたコップに泡が上がってくるように増加した。
「いや……詳しい質問は後でいいです」
泡がコップの外に溢れた。
‐2‐
灯夜は窓の外の景色をただ見つめていた。船での刺激的な事件で疲れていた。ビルが安眠音声のように立ち並んでいてそれを目にしていた。
そして疲れによる眠気がピークに達し、目を瞑ったその瞬間、地下駐車場に見える場所に車は着いていた。輝馬や灯夜の親父が勤めているPSPC本社の地下駐車場だ。
その後は人間が当然行う行動を起こした。車を降り、指定された場所まで歩くことを。
灯夜はもう歩くことに違和感を感じなくなっていた。船で起きた時のようなぎこちのない歩きはもう発生することはなくなっていた。
あとはただ目的地まで歩くのみ。それは灯夜にとっては断頭台に登る気分を作った。いったい何をさせられるのか、何を言われるのか。過ちを思い出したくないのに思い出してしまう。これが不快感を再び作った。
人によっては過ちは些か言い過ぎと思うだろう。だが、灯夜にとっては何もしなかったことは悔いがあるのだ。その失敗が重荷で首を絞めている。
着いた。部屋には電気がついている。ここは会議に使うにはちょうどいい広さだ。椅子は一つだけだった。灯夜を座らせるためのものだろう。プロジェクターを映すスクリーンがその前方にあった。二人の老けている様に見える男女のスタッフが見えており、その中の一人は研究者に見え、彼はただ立っている。
研究者を見た瞬間、緊張感がピークに達した。不安がとうとう現実に化するのだろうと灯夜は退きたい気持ちでいっぱいだった。
「灯夜、よく来たな。お前の考えてる不安は全部流せ。"今"は忘れてもいい」
ハッとした。自分の行った馬鹿な行いを正当化された訳ではない。だが少なくとも、自分の不安はすべて外れた。ところで、なんの為に呼ばれたのか。不安を贄に疑問が生じた。
「なんで呼んだんだ?……父さん」
「単刀直入に話そう。お前にこの島の次のヒーローを担って欲しい」
は?
風沙の一言に灯夜の頭には当然の疑問符が浮かんだ。なんで俺がヒーローに?どうやって?戦ったこともないのに、そもそも俺がそんな存在に足り得るのか。灯夜の脳の中には雑草のように疑問が生えてきた。
「なぁ、待ってくれ。そもそも人手は足りてるだろ。今頃俺なんかが出てこなくても……」
人手は足りているように素人目には見えていた。タスクフォース∞、空を飛ぶヒーロー、十分なくらいだ。
「今はね。だが戦力に人間を扱ってる分、その力には扱える期限というものが出てくるでしょう?貴方にはには新しいヒーローに、その卵になってほしいの」
スタッフらしき女性が答えた。部屋に最初から居た女性だ。スタッフのように見てたが、よく見ると風格が違うように見える。その女性の顔に出ている老けた感じを灯夜は認識した。
「社長、彼への説得は私に任せていただけるのではありませんでしたか?」
風沙は言った。任せられたはずの灯夜への説得を遮られたことに反応して。
「灯夜。お前の考えていることはよくわかっている。何も出来ないことが怖いならこれは引き受けるべきだ。これで変われるんだ。」
風沙は続けた。灯夜を説得させるため、変えるチャンスを与えるために言った台詞のあとは図星を当てた。
「私との再会は、その怖さから逃げたいがためだったんだろ?」
親らしかった。風沙の息子への問いは親らしく、まるで全てを察しているかのように。親は子を理解していると証明できる答えだった。それに対して灯夜は、若者の荒い言葉遣いで表すなら、ムカついていた。
「随分と知ったような口ぶりだな。余裕があるっていうか。なんだよその台本があるかのような喋り方」
自分に問いかけられる言葉全てが刺さっているからこその怒りと叫びだ。怒りや叫びとは言ってもデシベルが高そうな声で怒鳴ってる訳ではなく、煽っているかのように彼は返答した。
挟まれている輝馬はストレスが溜まっていた。この親子の痴話喧嘩を見るためにわざわざ時間を割いた訳ではないのにそれを見せられていることに。そこに間へ割り込んだ。
「あの、そろそろ本題に行かなければ延々と続くだけなんではないですか?」
一旦の沈黙と輝馬のため息が聞こえた。
「あぁ、わかったよ。話は聞いてあげるよ」
「助かった。では社長、お願いします」
説得は終わり、電気が消され、プロジェクターに色が豊かな光が灯された。そして社長と言われている白髪が見えるためにある程度年齢が察さられる女性が前に立った。後ろには情勢などの説明を見せる資料が映っていた。
「この島は今、危機を迎えています。『タワー』から発生する異能犯罪者の増加、若年者を中心に構成されているテログループ通称:『心ある力』。種類の数こそ少ないですが、社会に与える損害は凄まじいものです。
『心ある力』はこの島のみを目標にしていますが、いずれ本州や国外にも被害が及ぶことになるでしょう。その事態だけは避けねばなりません。ですが、警察や自衛隊だけでは限度があります。
そこで私達PSPCはそれらに対抗するためにタスクフォース∞を結成しました。タスクフォース∞は対人戦を想定したストラックチーム、対異能犯罪者と重武装を想定したブリッツチームから構成されます」
「『タワー』ってのはさっき言ったあの塔のこと」
中身はあるのか知らないが退屈な話。一方的にしか話していないと感じていた。だが、理解はしていた。
「それで、僕にそれに入れと?でも訓練はどうするんです?何ヶ月もかかるのでは」
「話は最後まで聞くんだ」
輝馬が制止させる
「訓練は1年で修了させます。スーツの取り扱い方、戦闘訓練、この組織の仕組みや法との共存などを。」
「ですが、やる気がなかったらかなりかかるのでは?」
灯夜は言う。あくまでそのケースを言っているが、遠回しに自分にやる気が無いと言いたげだ。それは父への反抗か、それともただ利用されるのが気に食わないのか、はたまた両方か。いずれにせよ両方あっているかの態度だ。
そこに風沙が言葉を放った。それはテンプレートな言葉だった。
「やる気が無ければ帰ってもいいぞ」
これには輝馬も同意を溜息で示していた。明らかに戦力になりそうになかった姿勢には誰もが苛ついていた。
その言葉の後に沈黙が続いた。直後、ため息混じりの台詞が部屋に響いた。
「そうか。じゃあ、帰らせてもらうよ。輸送費が無駄になったな」
帰る支度をしていた。バッグを持ち上げるだけの作業だったが、どこか緊張を抱いていた灯夜。
「今日はどこかホテルに泊まっていくよ」
そう言い残し、部屋から出ていった。
‐3‐
灯夜はベッドに寝ころんでいた。
「こんなんだからいつまで経っても……」
後悔をしていた。先程の選択を。反抗してせっかく自分変われるかもしれない機会を無駄にしたことを。自分はいつもこうだ。選択肢をいつもその時の感情に委ねてしまう。だから今、こうして後悔してしまっている。聞きたいこともいっぱいあったのに。
「でもどうしろってんだ」
いきなりすぎる選択肢の出現、この島を揺るがしている犯罪者との戦いを選べば自分に危険が及ぶ戦いを強いられる。自分が死ぬかもしれなかった。だからこの選択正しいと判断したんだ。そう思っておこう。
「でもそれをする価値のある見返りや得る物があったら?」
得る物、それは金銭や物品の報酬ではなく自分自身の人間性に関わるものを灯夜は想定してた。だが、それを得るのが怖いのだ。自分は変われるかもしれない。だが、変われたとして次はどんな試練や後悔などが生まれるのか。それが出てくることに怖れていた。
「わからない。もう寝よう」
思考を放棄した。一時の睡眠によって得られる快楽のために。
俺も、あの船に居た人と同じようなものなのかな
今回、拡張した部分少なくて「ただの改訂版ですな。全くお笑いだ」と自嘲している作者のツイッターアカウント:@Zebra_Forest(https://twitter.com/Zebra_Forest)