THE BLITZ チャプター2‐第1話:表の灯と裏にある真実
‐1‐
まるで綺麗な夜の景色だ
ガーディアンスーツと『繭』の機能によって与圧の恩恵を受け、水中で生存可能になっている灯夜は目の前に映ったビジョンに感銘を受けていた。肌には秋への移り変わりを感じる水温を肌に感じている。
目の前に広がる景色は観光とレジャーのために人工的に作られたサンゴ礁に見えるサンゴの置物が設置されており、海は清浄化作業によってリゾート地に相応しい色となっている。
だが景色を楽しむその余裕もあと数分経てば緊張に包まれる。
「こちらブリッツ2、あと3分で『宝箱』へ到着する。しかし、初の任務で一人で行動するのは流石に緊張……いえともかく、本当にいいんですか俺で」
緊張によって上擦りそうな声を表に出さないようにしている灯夜。
≪ブリッツ2へ、この一年間で君は大した能力を身に着け、スーツの力をモノにしたんだ。それに、このような演習はなれただろう?≫
灯夜が緊張をしているのは当然と思っているブリッツ1ことブリッツマン。本名を琴部真という。その緊張をほぐし、演習のような気持ちにさせるためにフランクな態度で接して、演習のように思わせるが灯夜の緊張はコンクリートのように固められている。
灯夜が挑む任務はテログループであり、灯夜の父の風沙を殺害した『心ある力』が人質をその人質の一人が持つ個人用クルーザーにて捕っている。ある議員が船上パーティーを開き、そのパーティーの情報が漏れたのが彼らの運の尽きだった。
『心ある力』は要求として新崎工業の開発する重火器を陸軍一個大隊分という現実的ではない下手すればその場で素人が考えついた要求をした。
要求に応えられなければ一日毎に人質の肢体を切り落とし、解放のためにPSPC(民間特殊警察企業)の特殊部隊即ちタスクフォース∞(インフィニット)を送り込めば人質を全員殺害するとも。
それをテロリストに知らされないようにするため、ブリッツ2単独による潜入作戦が行われる。幸い、テロリスト側の戦力は10人だ。これは全長19メートル弱のクルーザーを見張るには状況によっては十分とは言い難いとも言える。特に短距離での機動力があるブリッツマンとリヒトワンドに対しては。
≪潜入のためのDPV(水中スクーター)の乗り心地はどうだ?案外楽しめるだろ?≫
そんなこと言う余裕よくあるな
ブリッツ1の持つ余裕に羨ましさを持つ灯夜。
それも当然だ。命が関わる作戦や救助を幾度ともその身を費やしてきたのだから余裕もあれば失敗した時の感情の対処法もわかっているのだ。
おそらくこの任務で人質が死んだとしても自分へ戒めと次の課題を伝えるだろうと灯夜は予想していた。もちろんのそんなことはさせないしさせたくない。
「そろそろ着きますんで浮上の準備をします」
≪次に話すのは本社の中でだ。今回は君の卒業検定も兼ねているから成功したらご馳走でも食べよう。早希にそのご馳走の準備もさせている。こっちも仕事があるからお互い頑張ろう≫
「はい」
DPVの推力が灯夜の意志とコントロールの操作に同調して上がり、目的のクルーザーの直近へ浮上する。
これでもし人を死なせたらどうなるんだろう。またあの時みたいに悔むんだろうか。それとも変な感じになった時みたいに頭の整理が勝手にされるんだろうか。よせ、こんな時に。……大丈夫だ、この時の為に鍛えてきたんだ。きっと大丈夫。きっと。さぁ、集中だ
リヒトワンドは仕事に取り掛かる目と気を持っていた。集中し、すべてを救う可能性をコンマ1パーセントでも高める最善を尽くすためだ。
‐2‐
浮上した先は船の船首付近の海面だ。スーツの中は与圧もされていることもあり水圧の変化によって生じる鼓膜の圧迫は無い。そこからリヒトワンドの着ている『繭』の掌による吸着能力で船を虫のように這いずり上る。その這いずりによってリヒトワンドのガーディアンスーツの持つ海の色に近い青は擬態の効果を失っている。この色は元々のデザインである。這いずりは一階に上りきった後に終えた。一階にいるかも知れない構成員に潜入が判明される前に二階へ上ろうとする灯夜。
警戒が行われている二階の船上に威圧を覚えるリヒトワンド。警戒によって自分が侵入してきたことが判明することに恐怖を抱きつつ、それを感じているからこそのこの状況の最適解を考えている。
二階フェンスの最下部に手が吊り下がったリヒトワンド。片腕を自由に動かせるよう放し、腰に付けた二つの球状のセンサーのうち一つを二階へ隙間から転がすリヒトワンド。球状のセンサーの大きさは野球ボールと比較するとやや小さく見えるだろう。
これは警戒への陽動とそれに従事している構成員の位置を知るための行動だ。球状のセンサーは船からの転落を防ぐフェンスに跳ね返っていった。というより、磁石のように引き寄せられている。
エッグで分かった。二階船首付近5メートル以内に居るのは2人。エナジーショットで一気に倒せるかも。でもセンサーに感応していないメンバーにバレた場合を考えるとそのメンバーの死角で仕留めなきゃならない。だからこれは海に突き落とす方が最適だ
エッグは磁力ではなくリヒトワンドの意思によるコントロールで引き寄せられていた。バイザー内のHMDでの目線による操作だ。本来なら、腕に装備しているタッチコントローラーで操作しなければならないがプログラムされた行動を実行するなら目線でHMDを操作し、そのプログラムを選択すればいいのだ。
エッグに引き寄せられる構成員二人。数秒後、エッグはリヒトワンドの手中へ落下。落下していったエッグを見にその二人は海を見下ろす。リヒト気づかれたと同時にフェンスの最上部に手掴んだ。
フェンスに隔たれられた領域を頭部が越えてしまったことにより一人はその頭部をボールのような扱いで痛みが出るような痛みを負うと同時に掴まれてしまう。海へ引きずり出されると二人は思っただろう。だが、リヒトワンドはまず掴んだ相手の頭部をリヒトワンドの片手が持たれているフェンスのポールに今の全力でぶつけ気絶に追い込む。
瞬時に頭部を掴んでいる手を離し、すかさず次のターゲットである発見したもう一人の構成員を外に引きずり込む。船の外へ出した瞬間に構成員は吊るされた。
頭を支点にされていることもあり、胴体を支えている首は体重に比例して尋常じゃない痛覚をもたらされている。その後、頭は船の胴体へ衝突させられ気絶。直後、クルーザー一階へ落とされる。一階と二階の高度は人間の落下による衝突音は近くに居る者にしか分らない程度に衝撃は緩和される。もちろん、気付かない者はいない。だが、この二つによって生じた音は全員に知れ渡るような音ではなかった。
リヒトワンドは低い姿勢で乗り込む。二階の船室から見える可能性を察しているからだ。頭をぶつけさせ低い姿勢で頭を埋めている構成員へ更に追い討ちをかけるために両者とも低い姿勢でまたポールへ構成員の頭部をぶつけさせた。イレギュラーな姿勢だが先程ほどではないので前回より強く鈍く響いた。もちろん結果は構成員の気絶。
二度の異音に不信を思った付近の構成員はこの場に近づく。近づいてきたのは左右から一人ずつだ。リヒトワンドは左へ向けてエナジーショットの構えを窓から見えない程度のしゃがみから取った。なぜ左なのか、それは彼にもよくわからない。根拠が無かったがこの方が良いと思ったのだろう。その思惑は外れ、背後からリヒトワンドへ射撃が行われた銃声が鳴った。その音に反射的に振り向きすぐさまエナジーショットを急ぐように発射、命中し衝撃で海へ転落した構成員。一方、リヒトワンドの向いていた左側からも構成員が近づき視認した。
「来たぞ!」
直後、エナジーショットによって吹き飛ばされる構成員。吹き飛ばされた先はフェンスでその衝突はその者の骨と内臓に響き渡り強い激痛を引き起こし行動不能に。二連の行動によって構成員たちは残り6人となったが、リヒトワンドが侵入したことが構成員たちに知られてしまった。
どうするべきかを迷いと恐怖と動揺によって困惑しているリヒトワンド。困惑の直後、銃を持った室内の構成員を判別。
機械の歯車のように全ての思考と行動が連鎖していた。
室内の構成員二人へエナジーショットを発射、次に内部へ入り自分の入ってきた窓以外の窓へエナジーフィールドを照射。この照射によってエナジーフィールドが張られるのだ。このエナジーフィールドは持続時間こそ短いが、リヒトワンドとブリッツマンの同様に防御に防御力を持つ。
室外の構成員らは室内のリヒトワンドへ向けて発砲。室内の人質にも被害が及ぶだろう。しかし、被弾は光の壁によって阻まれた。
HMDによって現在のエナジーフィールドの耐久力の情報を視覚で判別が出来る。この射撃と次の射撃分はおそらく保てる。リヒトワンドはこの『おそらく』が怖かった。しかし、その恐怖を情報として処理することで恐怖によって生じる感情は排除され、適切な行動に移れるようになった。
そこから得た情報で取るべき行動を取った。
右回りから走り、右サイドの構成員を二人仕留める。方法はタックルだ。一人へもう一人の居る方向に向けてタックルし、その衝撃によってタックルの被害者は吹き飛び、もう一人へ衝突する。
タックルの直後、エナジーショットを推進に使ったジャンプを行い向かい側に居る構成員二人へ向けてエナジーショットを同時に発射。命中しなければ近接格闘を行う。
バイザーのHMDで構成員を捕捉、エナジーショットを片腕の遅れはコンマ一秒の差で両手から発射。鈍い痛みと痺れを与えたことで格闘は行わずに済んだ。
着地後、全ての敵対勢力の無力化を確認。腕部のコントローラーで回収のヘリを要請。
深い人の温もりのあるため息がヘルメット内部に広がった。灯夜は慣れない興奮にただ恐れていた。
またこの感覚かよ
‐3‐
PSPC本社のロッカールーム内部で呼吸が未だに落ち着かない灯夜。作戦は遂行し、人質も無事だ。初戦火にしては上々すぎるくらいの結果に信じられなかった。それは原因に関連している。主な原因は今回の戦闘で感じたあの研究所で行った惨殺の時のような感覚だった。
自分は頭の中に居るのに誰か別人が自分の肉体を操作している感覚。以前よりは制御出来ていたがあくまでその『操っている別人』による制御だ。以前のような殺害をむやみに行わない制御。
灯夜はこの制御がうまく行きすぎているいるようでいつか自分が乗っ取られる予測をしていた。単純に怖くてたまらないのだ。
「気分はどうだ?」
「……いや、全然落ち着きません。それと、お祝いの食事会ですけど俺はあまりノレません。自分がやったわけでもないのに」
灯夜の目の前に立っている男は首を振る。その男は灯夜より背丈はあり、やや太めの筋肉質の身体だ。ブリッツマンにふさわしい体つきである。
「今まで話さないようにしてたが、お前とその別人は同じ人物だと思うんだ。お前が訓練を頑張ったおかげでその『別人』は上手く動いてくれたんだろう。誤解するなよ、『別人』がお前の手柄を横取りしてるんじゃないんだと思うんだ。つまり、なにかスイッチの切り替えみたいなものだと思うんだ
『別人』がお前の全力を発揮できる戦闘モードだとするなら今居る灯夜は日常を暮らし、訓練を積むための灯夜だと解釈しているんだ」
「たしかに今回も戦闘の状況で発生したけど、まだ確証できるわけじゃないでしょう?だから、もう少し情報を集めないと」
抑止のため息が灯夜の目の前から聞こえた。
「気持ちは分かるが、今は休んで、状況を整理しよう。飯食って寝て体を休ませて仕事に励めって言ったろ?」
負けたと判断したことを表現するために自らの髪をクシャクシャした灯夜。照れもあった。
「ほんとあなた達と暮らしていて、家族ってものを思い出した気がします。失った記憶そのものじゃないけど本当にこの選択をして良かったと思えます」
輝馬と初めてまともに話した時のことを思い出した。選択を恐れては何も出来ない。だからこの選択をして良かったと思っている。家族のように接してくれる恩師とその奥さん、共に戦ってくれる仲間と友人。今まで無かったかのように感じられるくらいに得た嬉しさが大きい。
これで良いのかもしれない。
「さぁ、とりあえず今は楽しいことだけ考えて帰ろう。先に行っててくれ。時間になったら家に呼ぶから」
‐4‐
「それで、これもまた陽動か」
「はい、これで三回目ですよ。あの過激派は何考えてるんでしょうね」
輝馬は下の立場らしいふるまいをしていた。
陽動ということの確認後に真はデスクトップに表示されている三回の陽動された時のデブリーフィング記録を眺めていた。
「PSPC本社手前から空港へただ車を走らせるだけの為に陽動で人材を消費……なにかの予行演習でもしたいのか?だとしても今のまま人材を減らしていけば作戦の実行に支障が出るはず」
思考の為の間が開いた。
「とっ捕まえようにもこのドライバー連中は『心ある力』のメンバーと判明したわけじゃない。ただの仮装マスクを被った民間人。でもうちに喧嘩売るのはあれ以外考えられませんよ」
「PSPC本社からなにかを運ぶつもりか?『鍵』なら確かにここの地下に保存したが、じゃあなんでわざわざ自分たちの逃げ道を教えるような真似をしているんだ?それもわざわざ自分たちが来たことを教えるように……」
一回目の陽動ではただの不審者に考えられていたが逮捕が出来なかった。警備が来た後にすぐに退散したのだ。しかし二回目はあるボイスレコーダーを残した。『エルス、グラント、カガミ』と。この三人全員の名前はPSPCと『心ある力』しか知らないのだ。なにせこの三名のうち二人であるグラントとエルスはPSPCと新崎工業保有の研究所を襲撃出来る力を持ちながら身元が一切不明なのだ。
グラントは中東で活動を起こしていたテロリストのウェナ・ハリクと顔が相似している。なにより、死亡した月日とグラントが出現した日に説得力があるのだ。
エルスに関してはガーディアンスーツを所有、使用している以外が一切不明以外の情報が皆無なのだ。なのでPSPCがエルス(Extra Lapse Subject)と呼称することにしたのだ。特別である(Extra)ガーディアンスーツが敵の手に堕ちた(Lapse)ことと実験対象(Subject)のように興味深く彼のガーディアンスーツは独自の変化を遂げていることからそう名付けられた。その情報を収集した『心ある力』も彼をエルスと呼び始めた。
そして弥太加賀魅、大学卒業後は思想家として活躍をしていた。『世の中の穢れの浄化』をスローガンにネット上での運動から市街での演説と活動していた。
しかし、2年前から活動が過激化。後に起こした爆破事件からグループを『心ある力』として声明を出しテロ活動を開始。性格などのパーソナルの分析は不明。
「そして、3回目の今回。あなたの上空からの追跡で本社から空港に行くことが判明した」
デブリーフィングファイルに記録した通行ルートを映したモニターを眺める輝馬。歩行者天国になるわけでもパレードの進行ルートでもない。ただのルートなのだ。
「とにかく、この通行ルートの警戒強化は今日要請したのである程度は大丈夫だと思います。これで何かあっても対応が早く取れます」
物理的なデブリーフィングファイルを整理し、部屋を後にする準備をする輝馬。これ以上情報が無いのならどうしようも出来ないと判断した。その準備の最中、愚痴と不満を表現する溜息を吐いた
「どうしろってんだ」
口がカサカサして唇の皮が剥けて変な気分の作者のツイッターアカウント→@Zebra_Forest(https://twitter.com/Zebra_Forest)