THE BLITZ チャプター1‐第1話:夢
‐1‐
男は夢を見ていた。その心地はまるで海に浮かんでる感覚だった。その時に、過去を思い出していた。
幼少期の朧気な記憶、少年時代の印象のある記憶、思春期のある程度覚えている記憶。全てが明確ではなかった。まるで誰かの思い出を借りているような感覚だった。
記憶の海は脳を回し続け、心地良い。だが、記憶が完全に思い出せる訳ではない。その釈然としない感じが夢心地を邪魔していた。
脳が回り続け、今度はそれらの記憶が時系列順に頭の中を流れていった。まるで一瞬の間に女性の子宮から出てきてから船に乗って席に座るまでの人生の20年と少しを体験するかのように。夢の中の自分と現実にある自分の肉体が近づくかのように。
その記憶の体験で船に乗ってから席に座ると一体感が生まれた。
‐2‐
夢の中の自分と現実の自分が重なった直後に目覚めた。
妙な夢、夢心地の気持ち良さから目覚めた気分は一転して気持ち悪さに切り替わった。
自分の個人情報を思い出そうとした。
「俺は……井崎灯夜」
名前以外にも自分の誕生日や元住所を頭の中で繰り返した。だが、明確に繰り返したのは名前だけだ。
意味はあるのか無いのか。だが、そうすると自分はここに居るという実感だけは湧いていた。
「船ってのは……酔うな」
気持ち悪さと妙な夢は船酔いのせいだと医者は判断した。自分が起きた直後の不快感を分析するためにたった今自称医者となり、原因がわかったら引退した井崎灯夜という男が。
「俺はなんで船に……あぁ、そうか」
次は自分が何故に船に乗ってるかを確認した。
親父に呼ばれたから。自分が放浪をして以来会ってない自分の唯一の肉親に。後悔を振り払う為にアテも目的もない無意味な放浪で全てを捨てた自分に何故会いたいのかが灯夜にはわからなかった。
それは会えばわかるはず。だが、灯夜は会いたいとは思ってない。怖れているのだ。肉親に会えば、自分がやったことの愚かさを口で言われる気がしている。
「勘弁してくれよ……そういえば」
夢中だった独り言から当然の事にようやく気づいた。自分の周りに誰もいないことを。乗客こそ居れど、その列の席が殆ど空いているのだ。まるで周りの雑草を伐採された1本の木のように。
だが、そんな自分が目立つような状況は灯夜にとっては自分が怖れている状況に比べればどうでもいいことなのだ。
怖れている状況を忘れるためにもう一度寝ようとした瞬間、尿意に襲われた。仕方なくトイレに向かうために一度立ち、自分の足を使ってトイレへ向かった。足の感覚が初めて大地に立つ人間のような慣れない感覚を灯夜の頭が反応した。しかしそれは一瞬のうちだった。
‐3‐
トイレでかくないか?そうでもなさそうだけどそう思わずにいられないくらいなんか珍しく感じるんだよな
珍しいと思うのは初めて見た場所だからだ。だが、そのトイレは特別広いわけでも豪華なわけではなかった。
排泄行為を行い性器からもらったであろう汚れや菌を落とすために洗面台にて手を水洗いした後、トイレの外から一人の幼児のすすり泣きが聞こえた。周りには人が居ない。それがその用事が泣いている原因に繋がっていたのだ。それを灯夜は十数秒思考を行った後に気がついた。
「どうしたんだい?パパかママとはぐれたのかな」
なるべく恐れられないように努力をした。そのためにまず幼児と同じ視線以下になるようしゃがみ込み、柔らかさをイメージして声を出した。
それが功を成したのか灯夜に元から恐怖を感じられないだけなのか、幼児は小さい声で肯定の返答をした。普通、見知らぬ成人男性に話しかけられたら警戒するものだと教わるはずだが、幼児がそれを忘れることは仕方ない事態だった。
「んじゃあ、パパとママをさがそうか。うん?」
灯夜は面倒事に首を出さずにいられない性質でもない。それなのに助けたのは困っている者を助けるという手段を捨てられないからだ。これ自体は別にさほど特別なことではない。普通教育を受けた常識人なら抱く通常の感情だ。しかし、灯夜は自分にとってこの感情は唯一持ち合わせている感情のように行動に移したのだ。
やっべ、こんなこと言ったけどどうすればいいんだ……って普通に声を出して呼びかければいいか
なぜか何もかもが初めてに感じてしまい頭の回転の鈍さを自覚する灯夜。その鈍さを覚ましてくれる聴覚への刺激が鼓膜をつん突いた。日常から非日常の境目が出来た瞬間だ。
‐4‐
「動くなよ」
そう言われると動きたくなるのは恐らく反抗期の青少年くらいだ。だが、銃を持った獰猛な人間が居れば自殺志願者以外は全員言うことを聞くだろう。もちろん、この船の乗客と乗組員に今すぐ死にたい者は居ない。命の価値をアバウトながらわかっているからだ。
その状況をトイレの側にある通路からひっそりと眺めていた。
『園葉島に初めて向かう者』と『初めて園葉島へ来る灯夜を含めた帰ってきた者達』は唯一違う所があった。緊張の大きさが初めて向かう乗客と比べてそれほど高くはない。
銃を知らない赤ん坊でも耳に響く銃声を聞けば銃の脅威度は理解出来るだろう。帰ってきた者たちはそれを知らない訳でもリラックスしてる訳ではなかった。ただ、助かる保障があるのだ。
トイレに隠れれば気づかれる恐れが無い。ということを灯夜の考える助かる保障とするほど彼の頭は鈍っていない。それにそれは根本的解決に至らない。しかしある程度は時間を稼げる保障はあった。
幼児の居るトイレに戻ってきた灯夜は清掃用具入れに入っている用具を幼児が入れるように音が出さず取り出した。
「いい?この部屋の洗面器に座ってね。絶対下に立っても座ってもいけないよ?もししちゃったら……お菓子がもらえないからね」
怖がらせない最善を尽くしているつもりだった。もしかするとこの船に今、脅威が侵入していることに気付かれているかもしれないが灯夜は本気だった。この幼児を守ることに。
「おにいちゃんはどうするの?」
「おにいちゃんは君におかしを買ってくるんだ。地面に立ったり座ったらお菓子は全部おにいちゃんのものだよ。いいね?じゃあゲームスタートだ」
そう言い残し清掃用具入れのドアをゆっくり音を立てずに閉めた。
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さて、ここからが面倒だ。まず、この清掃用具を女子トイレに入れる。この長ブラシ以外を。こいつは自衛用だ。それからここに戻って個室トイレのに座る。気づかれるように隙間から足が見えるようにする。
これは陽動とあの子の護衛のためだ。敵がここに来たらおびき寄せる。それなら清掃用具入れにあの子が入っているとは気づかれないと思う。
それで一人ならこの長ブラシで叩きのめす。複数人なら
「おい何してんだ」
……複数人ならおとなしく降服する。
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‐5‐
「いいかぁ!この船は我々、『心ある力』が占拠した!なにもしなければ我々もあなた方になにもしない。ただ、座っていてくれ!」
銃を持った輩たちは自分達の思想を武力によって訴える過激派だ。
灯夜は拘束によって緊張を感じていても彼らの声がしっかり聞こえるくらいに近い距離にあった。
たのむからトイレにはもう行くんじゃねえぞ
そう願う灯夜。
実行したこの行動に反してこの勢力は結成以後徐々に縮小している。その原因であり灯夜が持つ助かる保証は窓からやってきた。
特殊部隊員が窓ガラスを一斉に割り、正確な射撃でテロリスト構成員を当然のように急所を狙い撃つ。まるで成熟した人間がA〜Zを全て言うように。
だが、ある構成員は人質を確保している。
「動くな!動けばこいつが」
全ての台詞を言い切ったかのようなタイミングでそこの近くに居た部隊員が最後の構成員を射殺した。映画のテロリストのように且つ効果的な位置に人質を持っていた構成員。だが、彼らの前では無意味だった。
「こちら、ストラックチーム。敵性勢力の全排除を確認。負傷者は無し。帰りのヘリを寄越してくれ。オーバー」
ストラックチームはいつの間にかテロリストを排除していた。廊下や違う階にも居たであろう構成員をいとも簡単に。
「アレがタスクフォース∞(インフィニット)……」
彼らが実際に動いてる所を初めて見て、圧倒されている灯夜が居た。
灯夜が呼ばれたのはタスクフォース∞の所属している民間特殊警察会社(通称PSPC)に関係していることなのだ。
ワイルドスピード:スカイミッションがNetflixで配信と聞いて面食らった作者のツイッターアカウント:@Zebra_Forest(https://twitter.com/Zebra_Forest)