退寮と挨拶_3
寮へは日付が変わる前に辿り着けた。車の音を聞きつけたのだろう寮監が迎えに出てくれ、明日もまた来るからと辞去しようとする和田を寮へと引きずり込んだ。
「せめて茶の一杯でも飲んで、休んでいきなさい」
「でも、こんな時間じゃ皆さんお休みでしょうし…」
「んなわけあるか。天皇杯も負けたし、今はきっぱりオフ。食堂に集まって酒かっ喰らってたりゲームしてたり、結構好き放題だよ、この時期は」
というか、カオスだ。
そういえば和田はほとんど寮に来たことがないな、と思い出す。選手との接触はほぼすべて事務所で、書類仕事のためにだ。例外として、俺のように病室で、というのもあるが。それはあくまで例外だ。
寮との繋ぎを担当しているとはいえ、来るのは日中。選手は練習やら試合やらで外に出ている。しかも、大概の用は電話やFAXあるいはメールで済むし、決済関係など判子がいるような書類は寮監の穂積さんが事務所のほうへ出向いている。エントランスに設置された伝言用ホワイトボードに、月に2回くらい「事務所詣。食堂のはいいが厨房の冷蔵庫はいじるな!」と殴り書きされていたからよく覚えている。
「どうせなら酒盛りに参加して泊まっていけばいい。珍しい面子が来たって連中も喜ぶよ。年末だから帰省してる奴もいるし、キレイそうな部屋を見繕って転がり込んでも、それで文句言うような奴はいないしね。明日また東区から出てくるのも面倒だろう」
夜の雪道長時間走行は神経使うしね。事故られちゃ困るし寝覚めも悪い。
言いながら、穂積さんは和田を食堂に放り込んだ。
「あれ? 和田さん?」
「こんな時間に珍しい…って、如月!!」
「よし、まずは駆けつけ一杯!!」
…やはりカオス。既に全員出来上がってやがる。
「ツレの方もご一緒に……って、って、おい如月!? そちらさん、ひょっとして…」
「なんだよその慌てっぷり。友人の久我だ。かつてのチームメイトで現在主治医。今回はお目付け役兼片付け要員」
「本当にあの久我かよーっ!」
「……あの、ってどれだよ」
まったくもって理解不能。久我を見やれば苦笑している。
和田くんと同じ反応だ、と耳打ちされ、なんとなく納得したことにはしておくが。
「久我さんも和田さんも、こっち座ってください! まずはビール? 酎ハイ? 焼酎各種、ウイスキー、日本酒にワインもあるよ!」
あ、如月は勝手にしてろ、勝手は分かるんだし、とは「久我か!?」と叫んだ同期な萩野のお言葉。
かつてのチームメイトが来たことはどうでもいいらしい場の雰囲気には少々ヘコんだ。
「あ、穂積さーん! ゲスト用になんかツマミになるものないー?」
「お前さん方が食い尽くすんじゃなきゃ用意するがな」
軽く釘を刺しつつ、穂積さんは厨房へ消えた。夕食の残りなり、簡単に作れるツマミなり、何品かが(とはいえ大量に)供されることだろう。ありがたい。穂積さんのメシは旨いのだ。寮生全員が胃袋を掴まれている。
「なんというか…食材費は結構丼勘定なんでしょうか」
「和田、そこは見逃してくれ。数少ない楽しみだし、ゲストがくることもそうないんだから。廃棄率考えたらむしろ無駄がない…と思う」
「大丈夫ですよ。こんな楽しみに招かれて、水を注すような告げ口したりしません」
俺はそんなに信用なかったですか? と、少しばかり寂しげな哀しげな目で上目遣いに見上げられてしまえば、そんなことはないとしか言えることはなく。問答無用で連れ去られた久我の隣に押し込んだ。これでしばらくは持つだろう、と。
なんにせよ、俺は放置に近い扱いで。懐かしい穂積さんの味をひたすらに楽しんだのだった。
あと1話富良野編…で終われるか、な?