記憶~大人になったら迎えに行くから~
「待っててね!大人になったら迎えに行くから!」
大学の講義中、長い間密かに思いを寄せている川岸綾香の後ろ姿を眺めていた西岡俊樹の脳裏に、ふとこのセリフがよぎった。
何だ・・・今の・・・。突然の出来事に俊樹は驚く。そして今のセリフが何だったのか、俊樹は頭の中を整理し始めた。
確かすごく小さい時の俺の記憶だったような。小学校低学年くらい。んで、実家近くのどこかの屋内で、女の子相手に言った気がする。
俊樹は過去の記憶を掘り起こす。しかし、小学校低学年、実家近くの屋内、相手は女子ということしか思い出せず、俊樹は残り講義中ずっとモヤモヤした頭で過ごしていた。
「・・・ってなことがあってさあ。」
「へえー!何かロマンチックな予感がするね!」
講義後、俊樹は綾香に突然思い出した記憶のことを話していた。勿論、綾香をずっと見ていて思い出したという話はしていない。
「そうかあ?当時そんなに大好きだった女の子がいたわけではないし。多分綾香ちゃんが思っているほどロマンチックな話ではないような気がする。」
「でも迎えに行くって言ったわけだし、一度実家に帰ってみたら?何か思い出せるかもよ。丁度来週はお盆だし。そして大人がいくつを指しているか分からないけど私たち二十歳だから一応大人よ?」
「そうだな。帰省した時思い出せるように頑張るわ。」
「うん。思い出したら報告ね。さて、それはさておき当時好きだった女の子はいないってことは、今はいるってことよね!?私が相談乗ってあげてもいいわよ!」綾香が俊樹の脇腹をつんつんしてくる。
「うるせえ。今はそんな話別にいいだろ。」俊樹は照れながら、綾香のつんつん攻撃をガードしていた。
綾香に言われた通り、俊樹は実家に帰省した時、当時のことを思い出そうとしていた。俊樹の実家は自然に溢れた村にあり、コンビニは少し気合を入れなければないような辺鄙な場所にある。
おそらく学校までの登下校の道ではないな。てことはよく遊んでいた場所で、屋内とか屋根があるところと言えば・・・。公園、河原、神社・・・。
一つ一つよく遊んでいた場所とそこまでの道のりを、俊樹は頭の中で辿っていた。その時、パッとある遊び場のことを思い出した。
そうだ!公民館だ!公民館の裏にある倉庫だ!そしてあのセリフを言った相手も、大人になったら迎えに行くって言った理由も思い出したぞ。俊樹は当時の記憶が鮮明に蘇ってきた。
俊樹の実家から歩いて約20分くらいの場所。今はもう車を運転できるのであっという間に到着した。誰もいないひっそりとした公民館。裏手にある倉庫は鍵がかかっているが、扉を上下にガタガタさせれば鍵が開くことは小学生の時から知っていた。まだこの扉直されていないんだなと、俊樹は懐かしむようにそう思った。
「よう。迎えに来たぜ。」倉庫の中に入った俊樹そう言うと、自分の身長より少し高いところにある隙間に手を入れた。中は埃だらけで汚いが、俊樹は夢中で隙間を手探りであるものを探していた。
「あった。懐かしいな。てかすごい汚ねえ。」俊樹が呟きながら握っていたものは、俊樹が初めて自分のお小遣いで買った女の子向けの人形だった。
確か、両親にそんな女の子みたいな遊びをするな、捨てなさいって怒られたんだったよな。今思えば当時の両親酷いこと言ってたんだな。それで捨てきれなかったから公民館の倉庫の隙間に投げ入れたんだっけ。で、大きくなったらって言うのは、この隙間に手を入れられるくらい大人になったらってことだったよな。俊樹は当時のことを懐かしみながら、人形を見つめていた。
俊樹が人形の埃をはたいているとき、人形の背中に一枚の紙がテープで貼られていることに気付いた。そして、その紙は未来の自分に書いたメッセージだということも思い出していた。
その二つ折りになった紙を広げると、
『大人の僕はちゃんと男らしくなっていますか?』
この一言だけが紙に書かれていた。男らしくか・・・。少なくとも女の子っぽい遊びは両親に怒られて以来やらないように気を遣っていたな。でも男らしくは・・・できているのかなあ・・・。
俊樹はそう思いながら、改めて人形を見つめていると、何となく綾香に似ていることに気が付いた。昔から好きな女性のタイプは変わらないってことやな。俊樹は自嘲気味に笑った。
さて、過去の俺よ。昔から女性のタイプが変わらないことはよく分かった。そして、過去の俺は男らしい大人を目指していたんだな。じゃあ、お盆が明けたら綾香ちゃんに告白してやるよ。男らしくな。
俊樹は人形に向かって決意表明をし、人形とメッセージ入りの紙をバッグに閉まった。