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不良【ヤンラック】妖幸  作者: 野々村あこう
第一章、座敷わらしの怪
3/10

座敷わらしの怪、第二幕

 一昔前、捨てたはずの人形がいつの間にか帰ってきて、じっとこちらを見つめている気がするなんて話が流行ったものだ。


 テレビ番組にも取り上げられ、ネット上でもまことしやかに噂されていいた。

 もしかしたら今でもそういった話が生まれては消えてを繰り返しているのかもしれない。


 夏休みの特番や、サングラスの似合う司会者がお送りする奇妙な話なんかにも、捨てたはずの物がいつの間にか帰ってくるという怪談が出ていたのを覚えている。

 今となっては大暴れをしている花澤開(ハナザワハルキ)も子供の頃なんかは、そういった話を耳にするたびに震えあがったものだ。記憶の断片に過ぎない話では、大手おもちゃ会社Toys “○” Usで、買い物をしている最中に見かけた喋る人形を、てっきり呪いの産物かと思い込み泣き出した。なんてこともあった。


 それだけ人形というのには恐れを抱かせるような力があるのかもしれない。

 人形に絡んだ話は日本だけではない気もする。

 日本人形では髪の毛が伸びるといった話が有名だが、同じ場所に帰ってくるお利口さんな人形は基本的に洋人形が主だったように記憶しているから、おそらく人形というのは世界各国どこでも怪談につながりそうなものなのかもしれない。


 その人形を手に取り楽しそうに着せ替えをする女の子たちには、素直に感心したものだ。勇者だと。


 そういえばかなり古い、とは言ってもハルキにとって古いだけで、今生きている日本人のほとんどは古いとは感じていないのかもしれないが、自分の魂を人形に宿し生身の体を手に入れるために殺人を犯すなんていったぶっ飛んだホラー映画があった気がする。

 通称チャッキーと呼ばれているあれだ。

 正直ハルキにとってチャッキーなどという名前は可愛いだけで恐怖心すら抱かないのだが、話を聞く限り相当な話題を呼んだ大作らしい。

 初めてその名前を知ったのは中学生の頃だった。他校と喧嘩の最中、チャッキーと呼ばれていた刃物を持った少年が襲い掛かってきたのだ。パンチパーマの小太り少年で、両手にカッターナイフを握っており、どこで注文したのか真っ赤な学ランを着ていたのを覚えている。

 彼は自信満々にカッターナイフを両手に握りしめ、脂ぎった頬を震わせて手下を叱りつけていた。

「たった一人に何てざまだ!」

 それが彼の最後の言葉だった。

 いや、別に殺したわけではないのだが、そのテカテカと滑る鼻先に拳を強くめり込ませたら、一発で伸びてしまったのだ。

 その時ハルキは、チャッキーと呼ばれていた少年のあだ名は、ホラー映画から取ったのではなく、ゲームピクミンの赤い敵キャラ、チャッピーから取ったのだと思っていたが。

 今思えば確かにあの呪いの人形に似ていた気がする。

 題名はチャイルド・プレイだったか、ロリコンが喜びそうな題名だと素直に感想を述べておくが、それはハルキの頭が変態だからじゃない。馬鹿だからだ。



 なぜ唐突に、こんな突拍子もない話をしたのか、順を追って説明しようと思う。


 それはつい先日の出来事だった。


 いつもの調子で、自分には運がない。などと分かり切ったことを呟き、幸運の億万長者になりたい、いや、そこまで望んだことは言わなかったが、幸運が舞い降りてほしいと、誰ともない空間へ願った時だった。


「お主に幸運を分けてやろう」


 いやらしい笑みを浮かべた幼女が、構って欲しそうな眼つきでハルキを見つめていたのだ。

 しかもハルキの部屋の中で。ハルキが拾ってきた毬を大事そうに抱えながら。

 不審に思うどころの話ではない。場合によっては誘拐犯扱いされてしまう。

 慌てて座り直しどこのガキだと訊ねても、どうやって部屋に入ったと聞いても、返ってくる答えは同じであった。


「妾はお主を幸運の持ち主へ変えてやれるぞ」


 その一点張りだ。

 ここが公園か小学校なら、てっきり今の小学生はそういうネタが流行っているものかと思い込み、面倒なガキに懐かれたな程度にしかとらえなかっただろう。

 散歩中なんかに絡まれた程度なら、その面倒くさそうな幼女の言葉をとことん無視する作戦に出たはずだ。

 午後7時、日は既に海の向こう側へ落ちた頃合い、まだ4月だということもあって、厚着をしていても寒気のする夜風が吹く日だった。

 雨は降っていなかったから過ごしやすくはあったが、その分空気は乾燥していて、喉がやたらと渇く、そんな一日だ。


 とにかくそんな日だったから、道端で出会った程度なら、すぐに帰っていなくなるだろうとしか思わなかったはずだ。


 しかし、状況というものは思ったほど思い通りにいかないものらしい。

 この幼女に出会ったのはこの室内が初めてで、しかも学校が終わってから家に到着するまで、確かに幼女の姿はなく、その日、学校での自己紹介について悶々と反省しながら彼は自室へ向かったのだが、どうしたことか、鞄の中にしまっておいたはずの毬がハルキの部屋に転がり落ちており、それを拾うようにどこからともなく幼女が湧いて出たのだ。


 わけの分からなくなった彼は、慌てて自分の部屋の鍵をかけた。

 どうやって勝手に入ってきたのかと、窓ガラスの鍵も確認した。

 彼の部屋は一軒家の二階。窓は一枚だけで、しっかりと施錠はされていた。

 両親は共働きで、帰ってくる時間帯はまばらだが、その日はすでに二人とも家には帰っており、食事の支度をしていた。

 玄関には来客の様子を告げるような、見たことのない靴はなかった。


 完全とは呼べないが、確かにこの部屋は密室であり、おそらく今日一番にこの部屋に帰ったのはハルキ自身だろう。


 それなのに、なぜだか従妹ですらない、見たことのない女の子が当然のように部屋にいたのだ。

 それは非常に不自然な状況で、花澤開はただ純粋に混乱するしかなかった。

 正直に、ただ単純に、わけが分からなかった。


 もしかしたら本当の怪奇現象に出くわした人間というものは皆同じ感想を抱くのかもしれない。

わけが分からないよ。と。


 とにかくその時のハルキは、現状を理解することすらできず、慌てて今日起こった出来事を整理した。


 朝起きる、寝坊する。ご飯に蟻が集っている。遅刻する。謝る。自己紹介する。怒らせる。

 帰る。


 いつも通りの日常だ。

 いつも通りじゃないのはその後。

 ベッドに寝る。毬落ちる。幼女現る。


 こんな日記を書いて、小学生の頃の宿題として提出したら精神病院に連れていかれるか居残りをさせられるかのどちらかだろう。いや、文章になってなさ過ぎて逆に伝わらないか。


 とにかく、ハルキは幼女の正体を問いただした。

 しかし答えは返ってこない。ただ、精神が壊れたオウムのように「妾はお主を幸運の持ち主へ変えてやれるぞ」と重ねて言うばかりであった。


「うっせぇクソガキが!同じ事を何度も言ってんじゃねぇ!通じてるっつーの!俺は小学生に心配されるほど落ちぶれちゃいねぇよ」


 ハルキは生まれつき頭に血が上るのが早かった。それが裏目に出ていつも失敗ばかりしてきたが、この日ばかりは感情的になって正解だっただろう。

 彼は目の前に立つ女の子の抱える毬を鷲掴みにすると、窓を開けて思いっきり投げ捨てた。


 フーフーと威嚇する猫のように荒い息をあげながら振り返ると、幼女の姿はそこにはなかった。

 それでようやくハルキは、先ほどの女の子が人ならざるものであることを察した。

 ストーカーされていたとか、どこかのヤンキーの使いとか、無駄なことを想像した自分が少しだけ恥ずかしくなって、初めて体験した怪奇現象に、今さらになって鳥肌が立った。



 さて、回想はここまでにして本題に戻るとしよう。


 花澤開は今、相も変わらず遅刻を成し遂げ、だれもいない下駄箱で、信じたくないものを目の当たりにしていた。


 冒頭にあげた言葉を覚えているだろうか。


 一昔前、捨てたはずの人形がいつの間にか帰ってきて、じっとこちらを見つめている気がするなんて話が流行ったものだ。


 人形に関しては怪談話が作りやすいのかもしれないし、人形は人の形を模して作ったから、もしかしたら人に近い存在なのかもしれない。

 小説から始まり、アニメ化、映画化まで漕ぎ着けたホラー小説アナ○ーでも「人形は空ろ」みたいな台詞があった気がする。

 それほど人の形に近いそれは、呪いだとか妖だとかになりやすいのかもしれない。


 しかし、その日ハルキが見たものは人形ではなかった。

 というか、ここまで話せば大方想像はつくかと思うが。その通り。


 毬がそこにはあった。


 上履きの上に丁寧に乗っているのは、昨日窓から投げ捨てたはずの赤と黄色で彩られた小さな手毬であった。


 片手に乗るほどの小さな毬が、ちょこんと靴箱の中で待っていた。

 置かれていたとは感じなかった。目も鼻も無ければ手足もない。完全な球状のそれは、どうしてか靴箱を開く直前まで、ハルキのことを待ち続けていたように、丁寧に座っていた。

 

「いきなり投げ捨てるとは、なかなかに酷いのう」


 毬を目に焼き付けて状況を飲み込めずにいる彼の背後から、未発達の女の子らしい声が投げかけられる。

 振り返らずとも分かった。そこに誰がいるのか、昨日の出来事ということもあり、はっきりと少女の姿が目に浮かぶ。


「妾がお主を幸せにしてやろうと言っておるのに。その態度はなんじゃ」


 その姿とは似つかわしくない言葉の使い方。声とも妙にマッチしていない。不思議な感覚だ。

 今度ばかりは二度目ということもあり、ハルキは恐れることなく苛立ちながら振り返った。自分でもそれなりに険しい表情を浮かべていたとは思う。今までに喧嘩してきた人間は、ハルキの睨みを真正面から受けると大抵がたじろいでしまう。それなりに眼力は持っていると自負してはいた。ところがハルキの背後に佇む少女は、まったく臆する様子は見せずに微笑んだ。


「そう怒るでない。妾は巷で流行中のメンヘラキチガイストーカーでもなければ、援助交際を持ちかけては通報し金を請求するような阿婆擦れ小学生でもない。まぁ、昨日のこともあるから妾については大体分かっておるじゃろうがな。クスクス」


 幼い姿で上品に笑うものだ。外見は小学生にしか見えないのに、彼女の立ち振る舞いは四十を超えた舞子さんのように洗礼されていた。昨日と変わらないスミレ柄の和服を身にまとい、紫の映える下駄を履き、おかっぱ頭の良く似合うその少女は、体の軸を全くぶらすことなく静かに近寄った。


「ふむ、今日は乱れてはおらぬの。話を聞いてくれそうな面持ちじゃ。それとも、まだ四月の序盤であるのに遅刻を重ねた自分に対し自暴自棄になっておるだけかの」


 そう言うと彼女は小馬鹿にするように笑って見せる。声には出さず、息だけで笑う。口元を片手で覆い、歯を見せないように心がけている動きだった。

 二日続くと慣れが来るらしく、昨日の夜みたいに冷静さを失うことは無かった。もしかしたら少女の言う通り、遅刻を繰り返した自分に対して自暴自棄になっているのかもしれない。

 しかも、一時間目は数学だ。数学の教科担任の評はさらに落ちているだろう。朝から腹の立つ四角眼鏡を見ずに済んで喜ばしいこと限りはないが、そうも言ってられないのも事実だ。と言うか今日が初めての授業なのだから、遅刻なんてご法度だ。


「それにしても、ここ一週間お主を観察させてもらったが、本当に運がないのう」


「やっぱりストーカーじゃねえか!」


「おっと、静かにしておくれよ。妾の声はお主にしか聞こえておらぬが、お主の声はこの校舎によく響くのお。もう授業は始まっておろうに」


 そう言われてハルキはあたりを見渡し、それから少女に小声で話しかける。


「お前って、あれなの?幽霊とかゴーストとかファンタズマとかお化けとかいうやつなの?」


「意味が被っておるぞ」


 微妙に違うだろう。とは声に出さない。


「そうじゃな。幽霊とかゴーストとかファンタズマとかお化けとか、そういった奇奇怪怪なる存在とは違うな」


 何を言っているのだろう。呪いの人形のようについてくる毬と、それに触れると現れるこの少女が奇奇怪怪な存在だというのに。


「死んだ者が現世に留まって生きる者と会話するなど、そのような怪奇現象を妾は認めたくないのう」


 ということはなんだ。ハルキの下に音もなく現れ話しかけてくる古臭い口語を用いる幼女は、死霊ではないということだろうか。


「妾は昨日も申したはずであるが、妾はお主を幸運の持ち主に変えてやる存在であって、未練がましく現世にしがみ付いておるような下等生物とは非なる存在じゃ。むしろ同じ扱いを受けることは、まこと腹立たしい次第じゃ」


「じゃあなんだ?お前は俺を幸運にしてやれるっていうのか?」


 何度も言うようだが、どこからともなく現れる毬とこの少女を幽霊と呼ばずして、何と呼べばいいのだろうか。科学的に証明できるとすれば、それは恐らく不運にもハルキを襲った幻覚という名の現象だろう。統合失調症とかいう病名なのだろう。


「うむ。妾の手にかかればお主を完全なる幸運の持ち主に変えてやれるぞ。さながら、『とっても!ラッキーマン』といったところじゃな」


「1993年から1997年のギリギリ俺が生まれてくる前まで連載されていたどんな状況もラッキーで乗り切るトンデモヒーロを例えに出すな。分かりにくい」


「分かっておるではないか。まさしくその状況にしてやれると妾は言っておるのじゃ」


 少女はそう答えると、口元を抑えて笑った。なんと言うか、こんなに幼いのにどこか妖艶な姿に一瞬ドキッとする自分がいる。彼女は自分のことを下等な死霊と一緒にするなと言ったが、これはなるほど、確かに彼女は下等な死霊とは比べても比べきれない存在らしい。怪奇現象でありながら恐怖以外の感情を一瞬でも芽生えさせるのは、悪魔か神の所業に違いない。そんなどうでもいいことを、その一瞬に考えた。


「んじゃ、早速だがその力で俺を超幸運のメガラッキーにしてくれよ」


「ラッキーの進化形はハピナスじゃよ」


「ポケットモンスター第6世代から導入されたメガ進化の話じゃねえよ」


「ふむ、ラッキーか。そうしてやりたいのは山々じゃが、できない理由が谷々での」


 できない理由とは一体どういうことなのだろうか。目の前に立つ少女は、少し申し訳なさそうに顔を曇らせた。ピンプクを捕まえていないとか、サファリゾーンが近くにないとか言い出すつもりだろうか。


「それなりに代価が必要なのじゃ」


 指をつんつんと合わせながら上目遣いに物申した。要するに、金を払えということだろうか。


「あのなぁ、悪霊。俺はお前の話を聞いてやってるんだ。遅刻ギリギリの俺がわざわざ立ち止まって話を聞いてやっているというのになんだその返答は。金を払えっていうのか」


「そういうことではなくての、それに妾は悪霊でもないし、お主は遅刻ギリギリではなく遅刻済みじゃ。まずな、簡単に話してやるわい。妾は霊ではない。神じゃ」


 このいかれ天然おかっぱ少女は、元ヤン眼鏡ロンゲを前に何をふざけているのだろうか。髪の毛がどうしたというのだろうか。零ではないと言ったが、確かにハルキも少女も髪の毛は生えている。だが髪の毛が生えているとなんだと言うのだろうか。

 もちろんそういう思考はわざとなのだが。


「髪の毛の話ではないぞ」


 幼女はハルキの行動を、自分の髪の毛を掴む仕草を見てとりあえず訂正を入れた。


「GODじゃ。神様じゃ。宗派が変われば仏様などとも呼ばれるが、それとはまた少し違うの。妾はな、付喪神ツクモガミじゃ」


 はて、髪がつくとはどういう事だろう。この少女は初対面で見ず知らずの元ヤンキーにカツラ宣言をしたのだろうか。若白髪ならぬ若ハゲだろうか。もしや抗がん剤の副作用だろうか。

 そういえばお化けの○太郎とかいうやつも頭に毛が3本しかなかったな。怪奇現象は髪の毛が足らなくなるのだろうか。

 幽霊族の末裔ゲゲゲの下駄小僧も髪の毛針と叫んでは抜け毛を貫いていたが。この少女は戦闘民族だろうか。


「おーい、現実逃避をするでない。話が面倒になるじゃろが。妾は付喪神。お主の臭い臭い上履き入れに収納されておる毬が本体じゃ」


「臭いってなんだ。まだ一日しか使ってねえよ。それに足は毎日綺麗に洗ってる。靴下も香りカプセル入り柔軟剤で丁寧に洗濯済みだ」


「頭の次は足の話か。忙しない小僧じゃな」


「お前に言われたくねえよ」


 ハルキの気もしれず、幼女はやれやれと肩をすぼめて首を降る。


「付喪神じゃ分かりにくいじゃろうからな。妖の名を教えてやるわい。妾は毬の付喪神、座敷わらしのスミレじゃ」


 少女はそう伝えながら着物を見やすいように軽くポーズを取ってみせる。正直に言おう。可愛い。


「なるほど、座敷わらしか。たしか座敷わらしが家から出ていく姿を見たものは不幸になるとか……ということは俺が不幸なのはお前のせいか!」


「なぜそう受け取るのじゃ人間!語弊じゃ!間違って伝わっておる!勘違いじゃ!手を話さんかっ!」


 おっとしまった。気がつけば頭に血が上り大声を上げて齢10歳と幾つか程度の幼子の、小さく弱々しいその肩に、人を殴ることしか覚えていない両手を乗せて、力任せに揺さぶっている高校生がいた。


「言い伝えは間違ってはおらんがお主の解釈は鶏以下じゃ」


 例えが分からない。3歩歩けば忘れる解釈とはどういう事だろうか。


「救いようがないという事じゃ」


 なるほど、ハルキは鳴くか蹴るしか能のない雄鶏のまさしくそれだった。


「それに、不幸や幸福とも少し違うの、妾のような座敷わらしは、人間を幸せにすることは出来ぬ。幸せを司るのは福の神の仕事じゃ。座敷わらしができるのは運を良くすることじゃ」


「なんだそれ、言ってることは同じじゃないのか?」


「だいたい同じじゃが、ほとんど違う。似て非なるものじゃ。月とスッポン……とは違うの。それよりもっと深い関わりを持った、例えば彼女と彼氏のような関係じゃ」


 いつの間にやらハルキはこの森ガール、いやおかっぱ座敷ガールの存在に完全に慣れてしまったらしい。全くもって警戒心が無くなったように感じる。というより、危険な存在にはどうしても思えなかった。


「幸運があっても幸せにはなれず、幸福であっても運がいいとは限らぬのじゃ。そして座敷わらしは運を司る。幸せに関しては妾にどうこうすることは叶わん。まぁ確かに、妾のような座敷わらしが、宿主に幸運をさずけていたと仮定して、ある日突然家から出て行けばその家は一夜にしてこれまで溜め込んだ、避けてきた不運に見舞われるじゃろうな。それを不幸と思うのは人の勝手ではあるが」


 言いたいことが分かるようで分からない。


「その顔は理解しておらぬのう、低脳」


「んだとクソガキ」


「例えば、不運の連続で、借金地獄に陥っても、努力と支えてくれる優しき家族がおれば、それは幸福であろう?それは幸せじゃ。どんなに運が無くたって、幸せにはなれる。逆に、運が良くて宝くじを当てたとして、その莫大な金額のせいで近所づきあいに亀裂が走り家族が破局すれば、運がいいのに不幸ということになる」


「いやでも、それってものの捉えようだよな。例えば借金地獄から家族と共に努力することで抜け出せたとしても、それは運良くいい家族だっただけかもしれないし、だいたい借金地獄に襲われること自体が不幸だ。宝くじを当てて人付き合いが悪くなったとしても、それは逆に金を独り占めできるから幸せかもしれねえ」


「その通りじゃ。運も福も、要するにその程度の問題なんじゃよ」


 やはり何を伝えたいのか理解出来ない。幸運にはさせられるのに幸福にはしてやれないとはどういう事なのだろうか。


「よいか、運とは、双六で偶然6の目が2つ出るようなことを指す。福とは、双六をする仲の良い相手がいる事を指すのじゃ。つまりな、運は不確かで自分では決められぬが、福というのはある程度自分で操作が可能ということじゃ」


「やっぱり俺にはどちらも同じ程度のものにしか感じない。つまりは心の持ちようって事になりかねないぞ」


「ふむ。では、サービスをしてやるとしよう」


 菫は、論より証拠だと笑いながらハルキの肩に手を置いて、不運だと感じた出来事を話してくれと言った。どうやら彼女なりの出血大サービスらしく、今回だけは特別に代価を払わずとも幸運にしてくれるらしい。運性に見放されたハルキは、例えガセだろうと詐欺だろうと騙されてやる覚悟だった。というより、それで偽物だったとしても運が悪かったという言い訳は既に用意されているのだ。


「そうだな、なら簡単なのから行くか。あれは四日前の話になる。俺はその日、ただ何もやることを思い浮かばず、入学式の二日前という事もあって浮き足たっていた。なんとなくソワソワと胸がうずく感覚だ。

 人生が大きく変わる分岐点。自分で言うのもなんだが俺は頭がいい方ではなかったし、中学時代はかなり荒れていたから内申点もよろしくなかった。それでも自分の未来を変えたくて、幸せを手にしたくて必死に勉強したんだ。それで俺は第一志望の進学校、私立夕陽ケ丘高校に合格した。

 そういう理由もあって浮かれていたんだろうな。まだ昼間だっていうのに、その日何故か散歩に出た。天気のいい日で、ポカポカ日和と名付けたい日だった。だから鼻歌交じりで俺は足元に落ちている小石を蹴飛ばしながら歩いたんだ」


「長いのう」


「横やりを入れるな。不運とはどういう物なのかしっかりと認識させてやる必要があるからな。

 その日の俺は珍しくガキの騒ぐ声に腹を立てることもなく、車の騒音でさえ気にもとめない朗らかな気分だったんだ。多分その時に俳句でも詠んでいれば、芥川賞も夢じゃなかったはずだ」


「色々と夢じゃ。芥川賞は小説じゃ」


「横やりを入れるな。不運とはどういう物なのかしっかりと認識させてやる必要があるからな。

 それで俺は、一句読んでやろうと、いや。そんな事は思わなかったが、思わず蹴飛ばしていた小石を高く高く蹴り上げてしまったんだ。

 それが不運にも、昼間から酒盛りをしていた中学生の酒瓶に当たったらしく、彼らは酷く憤慨した。せっかくの陽気な一日を、たった一つの小さな小石に砕かれた。こんな不運があってたまるか?」


 まずは手始めに、不運の中でも最弱な小石コロコロ事件を供述してみせる。検察はさてなんと返すか。


「お主は幸運じゃな」


 何を言っているんだこいつは。ハルキは髪の毛の先まで血液が上り、彼のグツグツと煮えたぎる怒りが目を釣り上げさせた。


「そう怒るでない。説明してやる。なぜお主が幸運と言われたのかについて、ゆっくりと説明してやるわい。

まず一つ。お主は子供たちが沢山いる中で蹴りあげた小石が、子供たちに当たることなく不良共の酒瓶を割るだけで済んだのじゃろ?それほど幸運な事があるじゃろうか」


「だが酒瓶に当たりさえしなければ俺はこんな怒り抱かずに済んだんだぞ」


「もし砂遊びをしていた子供に当たっていたらどうなっていたかの。子供を傷つけた罪は、重い十字架となってお主を縛り付けるぞ」


 ごもっともだ。そう考えれば、子供の将来や、自分のことを考えても幸運だったと言えるだろう。


「それに不良にも当たらずに済んだ。その小石で誰かを傷つけでもしていたら、入学を取り消される可能性だってあったんじゃから」


 たしかに。そう考えると酒瓶に小石をぶつけたのは正解とも言えよう。少年達はまだ中学生。上級生でも16歳だ。酒が飲めるのは20歳からと決まっている。もし彼らがハルキを誰かに訴えようとしたとしても、小石をぶつけられたのは彼らの飲んでいた酒。怒られるのは間違いなく自分たち。つまり訴えられない可能性が限りなく高いのだ。


「そして二つ目に年齢じゃな。もし相手が大人なら、人数の差と力の差で負けていたじゃろう。中学生相手だったからこその勝利と言っても過言ではないはずじゃ」


「お前俺の強さ馬鹿にしてんのか?」


「その自負するだけの腕っ節も幸運じゃったな。自分の身は自分で守らなくてはならないような生活環境であったからこそ身についたスキルじゃ。まこと運の良い」


「お前……俺は言葉遊びをしたいわけじゃないんだよ!」


「幸運とはつまりそういうことじゃろう。心の持ち用だと言ったのは、他でもないお主じゃろうて」


 ならばと特別な事件を出してやろう。題して青天の霹靂だ。


「では、あれが起こったのは一週間ほど前の出来事だった」


「手短に頼むぞ」


「っ、散歩中に鳥の糞が頭に降ってきた。それを拭おうと手を頭にのせると、その手の甲にも糞が降ってきた。腹が立って上空を見上げると額にもう一つ降ってきた。これならどうだ!」


 ハルキは完全に自棄を起こしていた。


「よかったではないか。運幸ウンコが3つもついておるぞ」


 もうなんと言っていいのかわからなかった。


「まぁ、悪ふざけじゃ。だが、そんなに糞をつけられたのに鳥インフルエンザにならなくてよかったの。運の賜物じゃ」


 ああ言えばこう言う。と言った感じだろうか。なんだか空を掴むような間の抜けた話だった。聞いて損したとさえ思えてくるから不思議だ。これこそ不幸の賜物だろう。だがそれを口に出せば菫は別視点からの物言いで幸運だったと褒めるに違いない。

 微かに期待した自分にガッカリすると同時に、用意していた言い訳を使う。こんな幼女に目をつけられて時間を浪費するなんて、本当に運が悪かったと。


 ところが、そうも言ってられないような出来事が起こった。肩を落としたハルキを眺めていた幼女が、同情の眼差しを向けながら、もう一つだけサービスしてくれたのだ。


「あと30秒で鐘が鳴るじゃろう。その後教室から生徒が出てくるから、それに交じる様にして教室に入り黒板へ向かうが良い。鞄を置くのはその後でも構わん。お主、今日は運が良いぞ」


 もちろん少女の言うことを信じるつもりは無かった。

 たしかに彼女の言ったとおり、すぐに鐘が鳴り響き、ガヤガヤと生徒が教室から出てきたが、やはり運がいいとは思えなかった。とりあえず言われた通りに、その人混みの中に混じるようにして教室に入ると、黒板にはデカデカと『自習』の文字が掲げられていた。その下に生徒名簿らしきものが貼られており、隣に小さく『出席者はチェックして』と書いてある。

 ハルキは慌てて周囲を見渡した。自習が終わり生徒達は各々の友人と会話を楽しんだり、時間内に解けきれなかった問題と睨めっこしている。つまり、誰も黒板を見てはいない。


 ハルキは瞬時に理解した。このクラスに未だ彼は友人が居ない。自習時間に彼が教室に居なかったことなど知る人間はここにはいない。そして出席確認はこの生徒名簿で行っていた事が見て伺える。つまりは、今チェックしてしまえばハルキの遅刻は無かったことになるのだ。

 ハルキの真後ろでハルキの胸元までしか身長のない女の子が小さく可憐に笑って見せた。


「どうじゃ?ラッキーじゃろう」


 なるほどたしかに。コイツは本物の座敷わらしかもしれないと、この時ハルキは一人で納得しながら、チェック欄に印を書き込んだ。



「俺はまだ信じ切ったわけではないからな」


 昼食時になるまで、普段なら起きたであろう不運な出来事には出くわさずに済んでいた。消しゴムが何の前触れもなく転がり落ちて、教師の足元まで拾いに行く羞恥プレイも無かった。階段を下りている最中にゴキブリを踏みつけ慌てて足を上げると同時に転落するという事故も起こらずに済んだ。いつもならありえないほど、その日は『運の調子』が良かった。

 それでもやはり、座敷わらしの菫を盲信する理由にはならなかった。少しばかり酷い言い草になるかもしれないが、三流詐欺師の地縛霊が人を騙して喜びたいがためにわざわざストーキングする毬を作り出してハルキを付け纏っていて、この日は偶然運が悪く『運の調子が良さそうな日常』を送ってしまった可能性が否めないのだ。


「その言い草は無いじゃろうて。何度も説明しておるが、妾は地縛霊のような幼稚な物と一緒にして欲しくはないのじゃて」


 その事を試しに話してみると、このように不機嫌になってみせた。これは演技なのか、これとも見破られたことに対する図星なのだろうか。


「妾も怒る時は怒るぞ?」


 これ以上の挑発は辞めておこうとハルキは心に決めた。幸運が失われてしまう。

 そう思い決意した時だった、菫は悪びれる様子もなく手もならして。


「では、サービス期間は終了じゃ」


 そう言った。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


 思わず大声を張り上げたハルキに向かい合う姿勢のまま、菫は自らの口元に人差し指をそっと立てた。この仕草はとても良く知っている。「黙らないと殺す」の手話だ。


「もうサービス終わりかよ」


 できるだけ小声で、弁当を食べる素振りのまま確認する。


「当たり前じゃろ。妾とてただ働きは嫌じゃ」


「働いていたのかよ」


「当然じゃ。お主は恐ろしく不運の星に生まれておるな。というより過去の所業に呆れた運が、お主の体からまるっきり引越しをしてしまったみたいじゃ。お主は不運、つまり運がないわけではなく、無運、つまり運がまるっきり無いのじゃ」


 どうやらハルキの体からは運が引越ししたらしい。恐らくその引越し費用は花澤開さんにツケだろう。


「お主の取る行動のすぐ先には、口を大きく開けて餌が入るのを待ち構えるウワバミのような不運が佇んでおる。太刀打ちするための運が全くないのじゃ」


「運って使い切ったりするのか?」


「否。運は使い切ってもすぐに溜まるよう出来てはおるのだ。ポイントカードのポイントと思ってくれて構わん。運はカードに蓄積されるポイントのようなものじゃ。じゃが、お主はそのポイントカード自体をどこかに無くしておる。」


「それでお前が俺の代わりにポイントを払っていると」


「対価も貰わずに無駄な浪費がかさむと妾もただでは済まぬ。お主の体はまるで貧乏神じゃわい。しかしして、妾もこれ以上無賃金労働をさせられると今後に関わる。だから、ここいらで切り上げて契約をせぬじゃろうか」


 契約とは一体何の話だろうか。賃金を得るための契約なら、まるで会社のようで資本社会的だから納得はできる。しかし運を司る自称神様のストーカー手毬さんが契約などとくちばしれば、代価に魂を求められても不思議ではない。

 悪魔という生き物は、生き物と呼んでいいのかは分からないが、彼らは人間の魂を代償に3つだけ願いを叶えるという。もしこの少女が似たようなことを言えば、花澤開は何と答えるだろうか。おそらくは首を縦に振るだろう。それでたとえ死んだとしても、運がなかったとしか思わないだろう。この世界に生きている情人が呟いたように、当然のように、ハルキもラッキーと口にしてみたいのだった。


「いいぜ。どんな代価だろうと払ってやる。例え詐欺だろうと、呪いだろうと、俺はありがたく頂戴する。言い訳はできているんだ。俺を幸運の持ち主に変えてくれるって言うんなら、ぜひそうしてくれ。そのための努力は惜しまないさ」


 そう答えるハルキを見つめて、少し驚いた様子で菫は答えた。


「何もそう構えることはないぞ。妾とて魂を取って食うような野蛮な神ではないわい。なに、簡単な話じゃ。妾はお主を幸運にしてやる。その代りお主は善義に尽くし善行を貫くだけの話なんじゃから」


 目の前に立つ少女は、可愛らしい笑みを浮かべてそう言った。彼女の口からあふれ出した言葉を理解するのに、ハルキは少し時間をかけた。そしてその日、高校生活二日目にして、不良少年は善良青年になることを誓った。

 契約は成立されたのだ。

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