+0.5 真の宝物は懐に
今日も地上にいる全員を絵に書いたような青空が包み込んでいる。
世界中で公平なのは、この天気くらいではないだろうか。
なぜなら、この世に公平などというものは見つかりにくいものだからである。
もちろん、そこには人間も含まれる。いや、彼らの場合は不公平という言葉が最も似合う生物だろう。
人間は生まれてきた瞬間に価値が決まり、その後の人生の道筋と選択肢も有利不利がハッキリと別れる。
奴隷の元に生まれてきた者が王座に就く事はないし、貧乏な家に生まれれば飢え死にする事はあれども、太るなどという言葉は縁遠くなる。
結局、当たり前にある空気だけが全ての人間に平等に与えられている。
ちなみに、その天気の中を進む1台の馬車の中の人間たちにとっては、そんな空も平等も頭にはない。
彼女達にとっては、現在の会話こそが世界の全て。いや、彼女達が繰り広げようとしている仁義なき戦いこそが、本当の平等な戦場なのかもしれない。
「ぱんぱかぱ~~~ん! これを見てひれ伏すがいいっ!」
「「「そ……それはっ!!!」」」
狭い馬車の中で、1人のメイドが大げさに両手で持ち上げた物に、3人のメイド達が驚く。
「ものどもっ! ひれ伏すがいいっ!!!」
知らない人間が見ていたら、「最近の女の子達は変わった遊びが流行っているのね」と口にしそうな光景が繰り広げられていた。
両手でそれほど大きくもない生地を掲げていたのは、この国の第三王女であるナナカ姫の館でメイドとして働く「メル」。他の4人も同じ館で働くメイドだ。彼女達はナナカ姫の護衛の邪魔にならないようにと、1日遅れで王都へ向かってる途中である。
機密性の高い館内の噂を耳にした者であれば、この時点でメイド達が何を行っているのか察しているのではないだろうか。……メルの手に収まっているものは女性ものの下着であると。
「その青と白のストライプは、姫様が勇者様を叩き潰した時に履いていたと言われるっ!?」
「そうよっ! しかも姫様の使用済みっ! これぞ、ジュエル・オブ・ジュエル!」
「「「おおおおおっ!」」」
馬車の中は彼女達の意味の分からない熱気に包まれていく。
なぜ、そんなものをメイド達が持っていると言われれば、それが元々彼女の私物だからだ。
彼女達は様々な私物を宝物に変化させるために、一時的に提供という形で貸し出しているのである。
特にナナカ姫がそういう事を気にすることがない為に、かなりメイド達の自由な状況を生み出している。
「お召し物コレクションの中でも伝説の1枚がメルの手に落ちていたとは!?」
「やりますね……」
2人のメイドが恨み節を口にする中で、1人だけが対抗意識を示すように懐から何を取り出す。
「わたくしも1つ持っていますのよ。これを見てくださいませっ!」
「まさかっ、なぜ貴様がそれをっ!?」
手の中に収まっていたのは、ナナカ姫の唇の乾燥を防ぐ為に使われたと思われるリップクリーム。
館で働くメイド達であれば、姫様が使用されるのを何度か目撃しているアイテムである。つまり、それだけ認知度も高い。
「ふふ~~ん、少なくなった時に新しい物と入れ替えさせてもらったのです。運よくゴミの回収の役が回ってきたお陰ですわね」
思わぬ拾い物報告に他の3人の視線が鋭くなる。
「私だってっ!」
「そ……その程度のものはっ!」
「まだよっ、まだ倒れるわけにはいかないのっ!」
次々と上がる対抗意識の加熱は、馬車内を女達の闘技場へと変貌させていく。
使用済みのハンカチからニーソックス、食事に使ったスプーンやお風呂の残り湯。
それらの価値を己の生き様のように語る彼女達の討論は真剣そのもの。
もはや犯罪レベルではないかという宝物が自慢話の種にされていく。
そしてそれは……恐らく、1時間近くは加熱し続けたのではないだろうか。
そこに至り、彼女達は誰の宝物が一番かという討論に入っていた。
「やはり、メルのそれは確かにすごい」
「姫様が眠りから起きて、初めて使用された物である貴重性は高い」
「初物というだけではなく、カジル様の『ロリコン』の由来となった功績は偉大です」
「これは・・・認めるしかないのでしょうか」
3人の称賛を集めるメルは上機嫌である。
自身こそが姫様に一番近い存在だと誇るように。
しかし、彼女は御者として馬車を操る、もう1人の存在を思い出す。
「ミーヤ! あなたも何か持っていないの?」
「ふぇっ! わ……私ですかっ!」
自身の存在など忘れられているものと思い込んでいたミーヤは、突然のやってきた指名に狼狽えた。
彼女としては、お姉さま方の大人な会話は赤面もので、聞き耳を立てながらも御者でよかったと思っていたくらいだったからである。
「そうよ。出来れば姫様関連の宝物……いえ、姫様関連限定よっ!」
「……!!!」
ミーヤは他のメイド達と違って、私物を貸し出す事で価値を上げるなどという考えを持った事がなかった。それどころか、そのような姫様を辱める行為を自分には出来ないと思っている。もちろん、意図しないで方向で発育状態を確かめてしまった事はあるにはあるが、全ては”たまたま起きてしまった”事故であると認識している。特に胸とか、胸とか、胸とかを意識して体が勝手に動いてしまったのは不可抗力なのだ。
「えっと、そんなものは……あっ!」
「あっ??? 何かあるのね? 白状しなさい。そうしたらメイド長との夜勤交代を考えてあげてもいいわよ?」
メイド長との夜勤。それはメイド達の間では恐怖の対象となる、2月に一度はやってくる仕事である。
夜勤自体は元々は週1はやってくるのだが、メイド長とセットになる事は多くない。それでも一夜の間、緊張を強いられる、その仕事は皆が避けたい事は間違いがない。
「えっと……姫様関連と言われても、こんな物くらいしか持っていないんですけど……」
そう口にする少女は懐から、”黄色”の液体が入った小瓶を取り出した。
誰もが意味の分からない、目の前に出された物体に声も出せずに見入ってしまう。
しかし、それが何のかを言い当てる者はなかなか現れない。
「それは何なの??」
「言わなきゃダメ……ですよね?」
かなり怯え気味の妹分となる少女の姿に、お姉さま方は良からぬ考えが浮かび始める。
「まさか、あなたっ! そこまで外道に落ちたわけじゃないでしょうねっ!?」
姫様への愛が高みまで達した、お姉さまの1人が暴走気味に言葉を吐き出す。
周りで聞いていたメイド達も、その言葉に反応したように顔色が青くなったり赤くなったりと激しい変化を見せる。
いつもは姉貴分の彼女達の思考に付いていけないミーヤも、その思考にようやく辿り着き、腕をブンブンと振り回して全力で否定する努力をみせる。
「ちっ、違います!!! 私にそんな趣味はありませんっ!!!」
「じゃあ、それは何なのよっ!? 色からして怪しさしかないわよっ!」
「これは……先日の魔物達の襲撃時に手に入れたものです」
その言葉にメイド達は冷静に吟味する。
あの戦いに自分達は、ほぼ参加していない。
そう、”ほぼ”参加していないだけで最後の甲殻竜との決戦では、あの場に居たのである。
当然、手に入れられる物も限定されてくる。
つまり……黄色の液体と言えば、もう”アレ”しかない。
「ま、まさかっ!?」
「はい。あの時のバタースライムの残留物です」
ミーヤの言葉を耳に入れた彼女達の瞳が大きく開かれる。
「あれを回収していたなんてっ!?」
「いつの間にっ!?」
「こ、この子やるわっ!」
「あの時の光景に見とれて、そんな事に頭が回らなかったわ……」
バタースライムはマッサージだけでなく、独特のほのかな甘さと舌触りからスイーツの材料となったり、お酒の材料になる事は広く知られている。熟成された年代物は一財産になる場合があるほどである。
次の瞬間、驚きの姿を晒していた彼女達は行動を開始する。
「ミーヤちゃん。おねぇちゃんにチョットだけ触らせ……いえ、出来れば……」
「駄目よ! これはメイド全員の宝物にするべきだわっ!」
「私の宝物と交換しましょうっ!」
「どんな仕事でも変わってあげるからっ、一滴頂戴っ!」
もはや恥も外聞もない攻撃が始まった。
ミーヤは予想以上の反応にどうしていいものか戸惑い、御者としての仕事を忘れて手綱を離してしまいそうになる。
「え、え、わたし……私はどうすればっ!?」
お姉さま方の声に少女の声を包み込まれていく。
その熱気は上昇し続けながら馬車に運ばれて王都へと向かうのだった。
ちなみに、ある噂では同じ量の金と同じ値段を付けられても持ち主が変わる事はなかったらしいが、真実は本人達と馬車を引く馬だけが知っている記憶となるのだった。