7 優しさから育つ芽
既に訪問者は退室済しており、室内では赤髪の少女が1人で部屋の天井を見上げていた。
もちろん天井のシミを数えていたわけではない。
新たに訪れた問題に頭を悩ませていたら、自然と視線がそこへ向いていたのだ。
「まさか……人を譲り受けることになるとはな」
会話相手を望んで出た言葉ではなく、まさに漏れ出たともいえる言葉。
しかし、それも無理はない。
ラルカットはあの後、20の名前を出し続けた。
呆然としていた為に全ての名前を憶えてはいないが、「ペレス」「ラミリア」「リズ」という名前があった気がする。そして他の名前も共通点を感じられた――恐らくは全員が女性である。
ペットだと思われていたものが人間だったというだけでも驚いたのに、それが全員女性となれば今の状態になるのも仕方がないのではないだろうか。しかも20人。
最初は何か問題でも起こしたメイドが集団で解雇されたのかと思ったが、それを妹に押し付けるのはありえないだろう。それでは「お願い」ではなくて、嫌がらせである。
8歳の王子が演技していたとは思えなかったナナカは、譲るに至った理由を問質したのだった。
子供の言葉での説明であったが、ナナカがそれを訳すなら、こう解釈する。
事の次第は2年ほど前。
誰もが王座争いの未来など予言もしていなかった時期である。
ある奴隷商人が商品である子供達を輸送中に盗賊に襲われたのだ。
たまたま通りがかった国の兵士がそれを追い払ったそうだが、商品を守ろうとした商人の方は命を落としてしまい、持ち主のいなくなった奴隷達だけが残った。
国としては金になるものであれば自国の財政に充てるべきではあったが、さすがに奴隷を換金するのは体裁が悪かった。更に問題は扱っていたのが”12~15前後の生娘”であった事で話がややこしくなり、処分に困った役人達は保護してきた商品達をどうするか上に相談したのだ。
しかし、結局は上の人間達も対応に困って、更に持ち上がる事になり、気づいてみれば王宮にまで届く結果になった。当然、ここまでくると街中でも噂は流れる。
一時は「奴隷市場にでも捨てて来い」という話も出たらしいが、噂のせいで迂闊な事は出来なくなったのだ。仕方がなく勇者へ”従者”という形で譲り渡してしまおうという結論に至ったらしい。その未来が投棄奴隷となるとしてもだ。
だが商品達に思わぬ所から助けの手が伸びた。
王宮内に届く役人達から噂を耳にしたラルカットだ。
彼は行き場のない彼女達を可哀そうだからと、父親である王に助けてほしいと懇願したのである。恐らくは捨て犬を拾うような気分で。それはナナカへ「引き取ってほしい」と言った言葉から想像がつく事である。ちなみに、どこでか聞いた事があるような話であったが気のせいだろうか。
ともかく息子の優しい気持ちを踏みにじるわけにもいかず、王はややこしくなった問題に一つの終止符を打つ事にした。それは彼女らを「ラルカットの近衛隊」として雇う事。
実際は体裁の為の命名であり、メイドとして働くには知識が足らず、何か期待出来るわけでもない少女達に形だけの役割を与える選択を取ったのだろう。
それでも彼女達は己に与えられた役割を果たそうと日々特訓に励み、肉体と技術を磨き上げた。
兄が言うには成人した男性にも負けないくらいの強さを身に着けているという事だったが、話半分にして受け止めたとしても、かなり頑張った事は想像できる。
何しろ、2年前の事だというならば、現在でも14~17歳である。かなり若い。
それに救ってもらった恩を返す為に、まさに命がけで訓練に明け暮れた結果が寂しいものであるとは思いたくない。
ただ王が死に、ラルカットが王座争いに巻き込まれ始めた頃に状況は一変した。
次の王となる者の近衛隊としては相応しくないと宰相と母親が騒ぎ出したのだ。
元々が体裁の為だけに作られた役割であり、確かにうら若き少女達が護衛していたのでは迫力に欠けるだろう。理由としては納得できるが、おそらくはそれだけが理由でない事はナナカには予想がつく。8歳とはいえ、王となる者の近くに年相応の女性を置きたくなかったのではないだろうかと。
なぜなら夢の記憶の中でも貴族が性欲に溺れる事は、よくある話である。
婚姻者が居て後継者もいる立場ならまだしも、そんな段階にない次期王が最も近くにいる異性に溺れてしまって、下手に身籠ってしまえば、元奴隷との間に王の長男が生まれるなどという未来の展開は否定できない。つまり、数年後に訪れる可能性を排除する意味でも廃止させる動きを見せたのではないだろうか。
兎も角、少女達による近衛隊は守られる本人の意思を関係なく、その役目を終えて、またも処分について噂が王宮を駆け巡っている中で兄は妹に「お願い」に来たというわけである。
「また面倒事に巻き込まれた予感がするな……」
天井から視線を動かさない少女から思わず、このような言葉が漏れてしまうのも仕方がない状況である。
今回の妙な形でも引き取る事を約束したこと自体はナナカ自身も納得している。
その程度の事で引き下がったり後悔するくらいなら、ルナやサンも館にはいないからだ。
現在の問題は近衛隊の少女達が王宮の内情を少なからず耳にしている事であろう。その情報を持たせたままライバルとして浮上してきたナナカの下へ行く事を良しとするとは思えないからである。きっと宰相側が、この約束を耳にすれば、これ幸いとばかりに条件を提示してくるに違いない。
それが赤毛の少女を一番悩ませているのだった。
「ふむ……何か対策を立てる必要があるな……」
ようやく踏ん切りを付けたように視線を下した幼い姫の瞳には、不安という文字など頭から消えているように光が灯っていたのであった。