6 子供らしさは子供のもの
ラルカットから願い事とは予想外であった。
彼は年についてはもちろんのこと、権力についても、王位への距離についてもナナカよりも上にいる。
だが願いを言う立場の人間とは、自身よりも上の人間言うべき事だと昔から決まっていることである。現状、全く逆の人間であるナナカに向ける話ではない。
しかし、そんな赤毛の少女の思いなど気にした様子もなく、金色の髪の少年は会話を進める。
「実は譲りたい……違うかな? あげたい……うん~? 受け取って欲しい……でいいのかな?」
あれこれと伝えるべきを言葉を選択している様子ではあるが、納得出来る言葉を見つけられないでいる様子である。どうやら、こちらへ何を渡したいようではあるが相手に上げたりするのに、お願いとは可笑しな話だと思うが彼は真剣そのものである。下手な突っ込みを入れずに、大人(?)としての待つ余裕を見せるべきだと判断した。
やがて納得した言葉を見つめたような少年は、満足した表情をナナカへと向けてくる。
「引き取ってほしい!」
そこに主語がないわけだが、それすらも忘れているようだ。
ただし、それだけでも何を指しているかは多少はわかる。
恐らくは生き物。
ペットか何か飼っていて世話が難しくなった為にナナカに引き取ってもらいたいという事だと思われた。
「どうしてもバールと母上が『これ以上は面倒を見れない』と手放すように命令するんだよ。僕は嫌だっていうのに絶対にダメだって。だからナナカが引き取ってもらえると嬉しいんだ」
「なるほど、一度飼い始めたはいいけど今の状況では世話を出来ないだろうと判断したんだね」
数か月前なら子供のままで居られただろうが、現在のように王への道を進ませるには邪魔だと判断したのかもしれない。それくらいの事すらも緩めない宰相と母親の本気度が伺える話かもしれない。
そう思っていた……この時までは。
「なるほど、その程度の願いなら聞いてやってもよい。館に帰る時に一緒に持って帰ってやる」
「えっ? いいの?」
「館が多少賑やかになるだけの話に何の遠慮があるのだ。その程度の事なんて、お願いするまでもない」
「本当? やったー! やっぱりナナカに頼んでよかったよ!」
兄とはいえ、子供の弾けんばかりの笑顔を見せられれば、大抵の大人(?)は同じ様に笑顔を返すものである。お蔭で王座を争っている相手とは思えない程、微笑ましい兄妹の優しい空気が室内を満たす。王族などに生まれなければ何時でもあったはずの光景はある意味で悲しいものでもあった。
そして次に引き取るペットの名前を確認したのは当然の流れである。
「それで、そいつの名前はなんていうんだ?」
「あ、そういえば伝えていなかったね。肝心な事を忘れててごめんね」
「多少の時間のズレが発生しただけさ。追いかけても十分に手の届く時間じゃないか」
「また、そうやって難しい言葉を使って大人ぶるっ! 僕がお兄ちゃんなのに!」
「いいじゃないか。お兄ちゃんなら、それくらいは気にしないものじゃないの?」
まるでお菓子を奪い合って喧嘩をしていた兄弟を窘める親のようだが、夢で29年の経験を得たナナカにしてみれば、やっぱりラルカットは子供でしかない。このような言葉使いになったとしても仕方がないところである。
「うん……僕はお兄ちゃんだからね。我慢してあげるよ」
そして、どうやら思惑通りに彼は乗ってきた。
大人はズルいという子供がいるが、確かに間違っていない状況かもしれない。
7歳のナナカとしては同調するべき立場であるはずだが、この場合は含まれないと言えるかもしれない。
「じゃ、名前だけどね……ナナカは覚えれるかな?」
「えっ?」
少年の言葉は少女の額に水滴を浮かび上がらせる。
もしかすると何か選択肢を大きく間違えたのではないかと。
色々な経験を積んできたが故の勘が、脳でなく表情へと先に現れたのかもしれない。
「まず”一人目”が……」
全てが狂い始める。
その口からは出たのは”一人目”という言葉。
つまり彼は間違いなく”人”である事を示した事になる。
ここに至り、藪へと首を突っ込んだ事を理解し始めた。
次の瞬間、ナナカは頭を抱え込んで項垂れるのだった。