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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
8章 回避不可の力と時間
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5 選択肢のない嘘

 部屋の中には半分だけ血を分けた兄と妹だけとなっていた。

 ラルカットが血を頼って、ここへ来ている以上は他人を交えてはダメだと判断した為の、ナナカによる人払いの結果である。

 さすがに先ほどの状況を察して、相手のメイドもシェードも言葉を挟めなかった様子で、渋々ながらに2人だけにする指示に従った。

 その配慮がどうやら兄には良い結果が表れたのか、落ち着きを取り戻したように口を開き始めた。


「ナナカ……お父様が亡くなってから城内の様子がおかしくなったんだよ。あれほど優しかった母上も、いつの間にか同じようにおかしくなっちゃって……誰も僕の話なんて聞いてくれなんだっ!」


 城内がおかしくなった。

 なるほど、子供の視線から見ればそうなのだろう。

 先代王がタイミングよく戻ってきたとはいえ、王が居なくなり、次の王座の競争を告げられて城内は、それぞれが己を権力を得る競争へと移っていったのだろう。そこは子供の純粋な気持ちなど入る隙間のない、大人たちの欲という空気に満たされた世界。


 半年の経過しないうちに親の死に落ち込む暇さえも与えられずに、遠慮なく権力を欲する者たちの頭上に持ち上げられた少年は周りの変化に戸惑っているのかもしれない。いや、8歳という年を考えればそれが当たり前だ。

 恐らくは母親も突如湧き出た、息子が王座つく姿の想像が心境に変化を与えたのかもしれない。

 そこへ吸い寄せられてくる権力の吸血鬼どもが耳元で囁けば、血を与えられなくても同じ権力を吸う者になるだろう。見た目が変わらないだけに無垢な子供からすれば、悪魔に取りつかれたようにも見えるかもしれない。まるで悪夢のようである。


「ラルカットから見て、私は変わっていないのか?」


 ナナカとて変化しているはずである。

 少女としての過去の記憶はなく、永い眠りの中で色々な経験を得てきている。

 館の人間達の様子を見る限りは依然と性格的な違いはないとしても、やはり雰囲気の違いがないわけがない。7年の経験と29年の夢世界での経験には数字で見ても、子供と大人くらいの違いがある。館の人間が気づかない事でも、兄弟ならば気づく可能性は否定できない。


「ナナカが……? 確かに前にあった時よりも……」


 次に出る言葉へと耳を傾ける時間が長く感じる。

 やはり違いはあるのだろうか。

 やはり変わってしまったと思われているのだろうか。

 やはり別人だと感じているのだろうか。


「すーーーっごくっ!」

「す……すごく!?」

「生意気になったよね?」


 生意気。

 そういえば、以前にカジルは大人になったといい、メイド長は男っぽくなったと言っていた。

 そして今回はこれである。

 ここまで過去を知っている人間で性格が変わったと言った人間はいない。誰もが以前のナナカの性格の延長線上でしか見ていないのである。かなりの経験を積んだ今の状態で耳にすると随分と扱い難そうな子供に感じてしまう。例え、それが自分自身の事でもだ。


「でもね、優しいところは今も変わっていないよね」


 そこで無邪気な子供らしい笑顔を向けられてしまえば、赤髪の少女とて難しい表情を浮かべる事は出来ない。それどころか、頬に朱がさしたようにも見えたほどである。


「べ……別にそんな事を言われたからと嬉しくなんてないんだからなっ! 私はラルカットが泣きそうだったから話を聞いてやっているだけだっ!」


 口にしている本人は、それが優しいというものだと理解していないように慌てる。

 その生意気だった妹の変化に満足したように白い歯を見せつける少年の姿は、カジル辺りが見ていたとしたら「ナナカ様の普段の姿を見ているようです」と血は争えないようなニュアンスを含んだ言葉を口にしたに違いない。


「やっぱりナナカと話してよかった」

「えっ?」


 少女の一瞬の疑問を含んだ声は当然である。

 まだ全然会話らしき事をしていない。

 それどころか悩みも解決していないし、アドバイスの一言も返していない。

 なのに少年には満足を得られたような表情と言葉を発したのである。


「わかっているんだ。みんなが僕を王様にしたい事を」


 恐らく違う。

 ラルカットを王にする事で得られる力を欲しての事だ。


「お母様も僕を立派な王様にしたくて頑張ってくれてるんだって」


 これもたぶん違う。

 王の母という地位に目が眩んで、子供の話を聞く母の立場を捨てたのだろう。


「みんな僕が王様になれば元通りになって、ナナカみたいに優しくしてくれるんだよ」


 違う。

 そこに生まれるのは表面上の優しさだけで、本質的な優しさなど感じる事のない世界ではないか。


 しかし、ようやく子供らしい笑顔を取り戻した8歳の少年を再び闇に突き落とすような行為を選択する勇気はナナカにはない。いや、それは勇気ではなく、悪意と呼ぶのではないか。


 結局、ナナカは表情を崩さないように「きっと、そうだな」としか返答出来なかったが、同時に心に”嘘”という針が突き刺さるのを感じてしまい、瞼だけがそれに反応するように瞳を細くなる。まるで心の底を映し出したかのように。


 しかし、少年の話はまだ終わりを見せていなかった。


「あとね、ナナカ。実は一つ、お願いもあるんだけど聞いてくれないかな?」

「……お願い?」


 少女の苦悩に気づかないまま少年は次の展開へと歩を進める。

 それは嘘への懺悔から逃げ場のないナナカへと与えられた、次なるミッションへの道標となるのだった。

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