4 敵対者の表
意外な訪問者の訪れにナナカは、どのような選択をするのだろうか。
廊下の誰かを説得するような声が響き続けていた。
それは自室に居たナナカにも、もちろん届いていた。
「……さまっ! ……ですから……」
どうやら、この部屋に少なくても「様」と呼ばれるような人物が訪れようとしているようだ。
どこかの貴族か、有力者なのか、それとも本当に宰相あたりが来ているのか。
それはまるで、ビックリ箱と分かっていながら箱を開ける時の気分、もしくは待ち構える罠に自ら飛び込む単なる愚か者かもしれない。
室内で待ち構えるナナカ姫の内心も知らずに、警護役のシェードが心乱した声で来訪者を留めようとしているようだった。
「入ることを許すわけには……! いえ、誰が来ても同じです……!」
とりあえず戦闘が始まった様子はない事からも、相手が武器を所持しているわけでない事は確定したといってもよいだろう。恐らくは危険な相手というよりも入れたくない相手とみるのが正しいか。となれば招き入れても問題はないと判断する。
「シェード。構わない。入れてやってくれ」
「ナナカ姫がそう言われるのなら……、あっ!」
シェードの言葉は最後まで続ける事が出来なかった。
原因は遠慮なく開けられた扉から現れた人物が待つ事を良しとしなかったからだ。
その人物は赤髪の少女を驚かせる事に成功したと言える。
例え本人にその気がなくても、結果としてはそうなってしまった。
何せ全く予想すらしていない来訪者だからだ。
「子供……???」
自身が子供である事も忘れたかのように、来訪者が子供である事を言葉にしてしまう。
「子供とはなんだっ! ナナカだって子供じゃないかっ!」
あまりに幼い言葉使い。そして男の子である。
更に驚きべき所はナナカの事を知っているというところか。
もちろん、己の記憶にない男の子。
身長としては指数本ほど、こちらよりも高い。
大きな土色の瞳が活発さを感じる。
短めに揃えた黄金色の髪が見た者を魅了しそうである。
着ている服も無駄な装飾はないものの、とても安い物には見えない。
ここまでくれば記憶になくても誰なのか想像がつく。
「ラルカットなのか……?」
「昔から何度も言っているだろうっ! お兄様と呼べとっ!」
どうやら正解のようだ。
まさか、ここで次の王座に最も近いと言われている大本命が乗り込んでくるとは思っていなかった。
彼の背後でメイドが狼狽えた姿で行動に迷っている。見た事もないメイドだが、恐らくはラルカットの世話を任されているのであろう。どうやら王子の行動に手を持て余しているようだ。
自分を棚に上げて言うのもなんだが、随分とやんちゃな子供である事は短い時間でも読み取れた。
彼を支持する宰相が近くにいない所を見ると暴走と見ていい。
姉といい、兄といい、どうやら王族は行動力溢れる人間が多いと言えるのかもしれない。
もちろんナナカ自身も勇者を口論で叩き潰したり、教会の人間を便利に使ったり、魔物退治に戦場に出たりしているが、全部相手の方から来たから対応した結果である。別にこちらから出向いたわけではないのだから行動的ではないと思っていた。
ただ周りから見れば十分行動的である。
普通の子供は勇者と口論して潰すなど考えない。
自分の嫌いな教徒だからと駒として利用しない。
魔物が現れれば逃げるのが当たり前である。
どう考えても行動的な人間のしている事なのだが、本人に自覚がない状況というのは同属を同属と思えないものである。
更に少女の周りはそれを良しとしている為、誰も指摘する人間がいない。
とにかく少女は己を自覚しないまま、同属を迷惑な性格だと決めつけているあたりは正に同属の証拠である。
話は戻るが、ラルカットが現れた事は妹であるナナカでさえも対応に困った状況である事は間違いない。
つまり、何を答えていいのか迷いが出るのも当然だ。自然と出る言葉は情けないものになる。
「えっと……おにいさま……で宜しいでしょうか?」
しおらしい。随分としおらしい。
7歳の女の子らしい年相応のかわいらしい姿は、扉の近くで控えていたシェードに衝撃を与えたかもしれない。彼女は一瞬、ビクッとした反応を見せた後に口を開けたまま頬が朱に染まっていく。その姿は館のメイド達に近いかもしれない。最近、メイド達と仲良くしていた成果(?)があらわれているのかもしれない。
ただ、ナナカはそれに気づかない。
自分の行動の違和感を感じると同時に、2人の人物が頭に思い浮かんでいたからだ。
1人は「お嬢がおかしくなった!」と笑い転げる大男。
もう1人は「花の似合うような女らしさを手に入れられた!」と頬を染める疑惑の多い男。
おかげで間違った方向(?)へ足を踏み入れかけた自分を元の世界へと引き戻し、おにいさまと呼ばれて満足げな表情を浮かべる兄に向い、ここで最初にすべきだった質問を投げる。
「いったい何の用でここへ来たんだ?」
わずかな時間で年相応な少女から、大人びた言葉使いで質問へと変化したナナカに、苦い薬を飲みこんだような顔を浮かべながら少年は口を開く。
「いつものナナカに戻っちゃったか。まあいいや。今日来たのは僕の話を聞いてほしいからなんだ」
「話? 私と違って、お前の母上は生きているのだろう? だったら、話す相手は私じゃなくそっちじゃないか?」
ナナカの当然ともいえる言葉がラルカットの表情を曇らせる。
「もう以前のお母様はいない。誰も僕の話を聞いてくれない。僕は……」
これは泣き出す前の子供の仕草だとナナカは察する。
泣くと子供は面倒である事は誰もが知っている事だ。それを見る事は当然ながら好きじゃない。となればやる事は決まっている。だから、赤髪の少女は自身が彼よりも年下である事も忘れたかのように小さな胸を張って答える。
「よし! いくらでも話を聞いてやるから安心しろっ!」
ナナカの頼もしい言葉を受けた目立つ髪色の少年は、子供らしくない作り笑いを浮かべて、ゆっくりとその口を開き始めたのだった。




