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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
7章 誕生日の贈り物
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+0.5 シェードの記憶 ~ミゲルの後悔(後編)~

「俺の見たところ、お前らは芸人だよな?」


 目の前の大男、シェガードが何を言っているのか周りで理解している者はいない。


「ああ、いきなりだったな。すまねぇ。職業を聞いているんだが違ったか?」


 突然、この男は何を言っているのだろうか。今はそれどこではないというのに。


「悪いが、続きは今度にしてくれないか?」

「今だから聞いているんだ。いいから答えやがれ」


 どうやら酒の話の続きをしているようではないようだ。

 ミゲルを見つめる瞳も楽しいものではなく、戦場に立つ戦士を思わせる光が見える。

 よく分からないが、職業が大事なのだろうか。今の状況に。


「あ、ああ、俺達は、この町で演じる芸人と言われる舞台の上の人間だ。でも何故それを?」

「そんなもん、小奇麗な顔を見ればわかる。顔が大事な人間だと。貴族っていう線もあるが、お偉い貴族連中は外の酒場では飲まない。となれば顔を売る商売は限られてくるだろうが」

「見た目だけで、そこまでわかるものなのか……」


 恐ろしい洞察力である。

 確かに言われた通りに推測すれば辿り着けない事もないだろうが、それは聞いた後だからだ。

 視覚だけで直ぐに見つかる道筋とは思えない。これが戦場を職業にする人間の標準だとすれば、傭兵というのは馬鹿が務まる世界ではない。


 しかし、やはり……


「それで、芸人だとすればなんだというんだ? それがこの事件と関係があるのか?」

「まぁな。俺たち傭兵っていうのは日陰の世界の人間だ。そりゃ目立たない。誰が死のうが戦力一人減りましたで終わる世界。そんな俺たちからすれば、あんた達は日の当たる世界に住む人間。観客の熱い視線を金に換える錬金術師さ。となれば答えはみえてくるんじゃねぇのか?」

「日の当たる場所……舞台か!?」

「おそらく、そこを指しているんだろうな」

「くそっ! なめやがって!」

「酒を酌み交わした仲だ。俺も付き合ってやるぜ?」

「俺の力だけで……と言いたいところだが、すまない。お願いできるだろうか?」


 言葉と共に伸ばしたミゲルの右腕と力強い傭兵の右腕が交わされた瞬間だった。



 ◇◇◇



「ここだ! こっちから入れる! ついてきてくれ!」


 先行するミゲルの背を静かにシェガードが追う。

 明らかに自分よりも大柄な体だというのに、まるで猫のように気配なく走る姿は異様である。途中でついて来ていないのではないかと何度か振り返ったほど。相当に強い傭兵かもしれない。

 もしかすると酒場で、トンデモナイ人間に喧嘩を売っていたのではないかと、今さらながらに背筋が冷たくなる。


 だが今は味方。

 どんな罠があるかもわからない状況で、この男の存在は背を預けるべき相手である。自分は運がいいのかもしれない等と甘い考えを持ち始めていた。


 しばらくすると通路に舞台からの光が漏れ始める。

 現在は深夜であり、本来は誰もいないはずの舞台からである。

 それが意味するところはシェガードの予想は当たっていたという事だ。


 そして――光が完全に開けた時、視界にあの女が突き刺さる――


「あんたは!?」

「ようやく、お出でいただけましたか。親愛なるミゲル様……随分と待たされましたよ」


 見覚えがある。ないわけがない。

 多少弛んだ腹と厚化粧で本当の顔がわからない女。何よりも考えている事がわからない不気味な笑顔が特徴的。名前は知らないが、あの婦人。数週間前から劇場に通い続けて、ミゲルに熱い視線を送り続けていた観客だ。


「なんだ、お前の知り合いか?」

「いや……単なる常連客って奴さ」

「なるほどな、あんな趣味の悪い女と知り合いかと心配したぜ」


 シェガードの言葉には同意である。間違えても夜を過ごす選択にも入らない。ただ団員の中には、そういう趣味の人間もいる事は間違いがないのだが。


「あら、お友達を連れていらしたのね。ただ、ちょっと私の趣味には合いませんので、お帰り願えますしら?」

「まじか……断る前に、アレに断られたぜ。男に選択権がない世界は好きじゃない」

「アレに好かれる世界も好きじゃないけどな」


 どうやら2人の意思を確かめ合う事が出来たようである。

 ただし、ここは酒場ではない。それを続けるわけにもいかない。


「彼女は……シャクリは無事なのか!?」

「シャクリ? あんな女の名前を口になさるなんて、ミゲル様は趣味が悪いのですね。心配なさらずとも生きていますよ。体のほうはね」

「体の方だって?」


 言葉の意味が分からない。生きているのに「体のほう」とは、どういう事なのだろうか。


「その女をこちらに連れてきなさい」


 婦人は新たな登場人物を舞台へと招く。

 言葉からするとシャクリ以外の別の存在への指示。

 嫌な予感だけが、ミゲルの心臓を叩く。


 呼ばれ出てきたのは6人。下品な笑みを浮かべた男たちだ。

 そして最後に現れた男に引っ張られるように舞台へ上げられたのは――


「シャクリ! シャクリ!! 無事なのか! シャクリ!!」

「…………」


 先に好きになったのはミゲルの方だった。

 シャクリは自分が舞台の上の人間だと知らない町娘だった。

 たまたま通った道で洗濯物を楽しそうにする彼女に一方的に惚れたのだ。

 太陽の光でやや赤く見える髪、優しそうな瞳、小さく結ばれた口。どれも満点とは言えない。

 でも笑顔の時は間違いなく満点だった。

 それからは毎日の様に用もない道を通い続けた。

 1か月。3か月。半年と過ぎ去ろうとした時に彼女から「お仕事毎日大変そうですね」と声をかけられた。

 それからは加速的に距離を縮めていった。

 夜空を眺めて、笑顔を返しあい、未来を語った。


 だが今のシャクリは……

 見えないものでも見ているかのように視線は泳いでいる。

 頬を伝った量がわかるほどに水滴の跡が残されている。

 開いたままの口からも透明の液体が零れ落ちている。


 そして――服は切り裂かれたように破かれて、隙間から見える部分には下着などという物の存在が全く確認出来ない――誰の目に見ても何があったか想像する簡単だと言えた。


「きっ、貴様ら――――っ! 殺してやる――――っ!!!」


 ミゲルは腰に下げられていた剣を抜き放つ。

 相手が6人であろうと関係ない。相手がどれだけ強くても知った事ではない。己が死のうとも全員をるまでは地に膝はつかない。全てを終わらせる――


 しかし、相手はまだ最後の仕事を終えていなかった。


「あら、そんなに取り乱すなんて、これはいけませんね。こんな女が居るから、ミゲル様が可笑しくなるのです。そう、忘れて頂くためにも――」


 暴走としか思えない言葉を口にする婦人の手には、いつの間にかナイフが抜き放たれており――


「やめろ!!!」


 世界から音が消える。

 世界から時間が奪われる。

 世界から色が失われる。


 夫人の手の中の物は……シャクリの胸へと吸い込まれた。


「うわ―――――――――っ!!!」


 抜き放ったはずの剣が大地とぶつかる。

 走り出したはずの足が折れる。

 心を満たしていたはずの真っ赤な怒りは、真っ黒な悲しみへと変わった。


 もうミゲルにとって、これからの世界など、どうでもよい事だった。全ては終わったのだ。この手に重ねてもらえる相手は残っていないのだから。




 どれくらい時間が経っただろうか。

 しばらく、耳触りな雑音が続いていた気がする。

 深い夜を証明するように虫の音すらも聞こえぬほどの静けさがミゲルを包んでいた。


「おい。ミゲルだったよな。お前の名前。どうする? 望むなら彼女と同じ場所へ送ってやるぞ?」


 その言葉の主は……たしかシェガード。そんな名前だった気がする。

 なぜ、ここにいるのだろうか。助けるべき相手は居なくなったというのに。

 少しだけ湧いた疑問に操られるように周りを確認する。


 血の絨毯が広がっていた。

 確か先程までは1人と6人の悪魔が舞台に居たはずである。

 だが今は赤く染まる丸太のような物が無数に転がっているだけだ。

 元の形状は残っていないと言えるが、元がなんだったかは想像がつく。

 これだけの状況を、この傭兵を1人で作り上げたというのだろうか?


「あんたがやったのか」

「ああ、気に入らなかったからな」

「そうか……俺もあっちへ行ったら彼女喜ぶかな?」

「まあ、死んだ人間の気持ちなんて俺には分からんさ。ただ今日あっちに行くのも、明日あっちに行くも死人にとっては変わらないんじゃないか? その選択は生きている奴の特権。いつでも出来る。それに心が疲れても体が動く限りは戦い続けるのが俺たち傭兵だからな。その俺から言わせてもらえば、動く限りは前に進み続けてみるのも悪くないと思うがな」


 戦場で命の奪い合いをしている人間とは肉体以外も強いのかもしれない。自分も同じようになれるのだろうか?


「あんたは強いんだな」

「お前の言う強さが何を指しているかだが……意外と人は自分が思っている以上に強いもんだと思うぞ」

「俺もあんたみたいになれるのかな?」

「さあな。同じ道を歩いてみりゃ、辿り着けるかもしれねぇな」


 この状況の中でも悪ガキのように笑みを浮かべるシェガードに釣られて頬が緩む。

 ミゲルは驚く。

 心に穴が空いても人は笑えるのだと。

 そしてそれを引っ張り出した、目の前の男に新しい世界を感じる。


「俺を……死に場所へ、案内を頼めるだろうか?」


 そう口にすると、ミゲルは右手を差し出す。

 シェガードは言葉なく、その手を握り返すのだった。



 ◇◇◇



「というわけです。ナナカ姫様」


 己の体験のように長く語ったシェードは、慣れない行為に疲れたように終わりを告げた。


「ミゲルは婚約者を無くしていたのか」

「はい。今は過去の事だと笑いながら話してくれますが、その悲しみは私は分かる気がしますね」

「ふむ。私もわかるぞ」


 小さな姫は胸を張るように言葉を発しましたが、その姿がまるで年下に見せる虚勢にも見えて、私には随分と可愛い姿に移りました。叔父からも「おませさん」だとは聞いていましたが、現実に見ると確かに小さなから体を無理に大きく見せるような姿は納得出来るものでした。


「それで、あのシェガードの影響を受けるように傭兵の道に進んだわけか?」

「そうらしいですね。最初の頃は随分と無茶な行動が多かったらしく、まさに死に場所を求めるような状態だったらしいですが、現在では「死なない男」「不死の傭兵」とも言われてますね」

「不死の傭兵か。どこかルナと似ている気がするな」

「ほう……ルナも不死と言われているのですか?」

「ふっふっふっ。では次は私の番だな。聞かせてやろう。心して聞け!」


 赤髪の少女は楽しそうにバモルドをやり込めた話を始める。

 その姿はどこかの国の英雄の物語を背伸びして、大人のように振る舞う子供にしか見えません。

 確かに叔父さんの言う通りの「おませさん」です。


 こうしてミゲルの過去から、新たな話題へと馬車の中の流れは変わっていくのでした。

やっと、ミゲルの話終わりです!

思ったよりも長くなりすぎました。以後気を付けます。

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