+0.5 シェードの記憶 ~ミゲルの後悔(中編)~
酒場は戦いの専門家達により支配されていた。
もっとも誰も反対している者などいない。受け入れて飲んで飲まれてを交互に繰り返している状態である。
そんな中で違った意味で目立つ2人がカウンターに向かい、差しでグラスを交し合っていた。
その2人とはミゲルとシェガードである。
「しかし、あんた酒場に来たのに酒を飲まないなんて、何のために来たのかわからないじゃないか?」
女性受けしそうな顔を何の因果か、正反対の人間に向けて酌み交わす事になるとは面白い日になった。しかもミゲルから見れば、無駄とも言える図体を持っているにも関わらず、相手は果実を絞った液体をお茶に入れただけの飲み物を口にしている。一般的には子供の飲み物とされているもの。中身を知っている女性が見れば笑い出してしまいそうな光景である。
「どうにも酒は俺には合わなくてな。それに飲んでいる奴の姿を見ている方が楽しい」
「傭兵は戦いと酒と女が三種の神器だと聞いていたが、どうやら考えを正す時が来たのかもしれないな」
「俺の場合は嫁と娘と悪戯が三種の神器さ。どれが欠けても俺は機能しないからな」
「ほう……傭兵が結婚しているとは珍しい。しかし、結婚は神の決めた器すらも交換させられてしまうのか。俺も数年後にはあんたと同じ答えに辿り着くのかな?」
傭兵は何時、命を失うか分からないから女性と約束をしない。この世界の常識だ。気ままに世界を流れて、決まった道を繰り返し戻る事はない。だから守るモノが出来た時が引退の時である。守るモノが有りながら戦う事は力だけでは難しい。誰もが、それを理解しているからだ。
「俺は死なねえからな。『行ってくる』と出かけたら、必ず『ただいま』と帰る事を約束したからな。それに娘の天使のような笑顔で見送られたら、幸運が俺から離れるわけがない」
半分ばかり別の世界へ行ってしまっているかのように表情が壊れてかけている。この男が戦場で剣を振るっているかと思うと、傭兵も意外と悪くないと思えてしまうから不思議である。
「そっちの世界では変わった人間がいるもんだな……」
その言葉に「俺は普通だ」というのように顔をしかめている大男に思わず吹き出してしまう。
そして今日の出会いは特別になる予感がした。
しかし――和やかな酒場の空気は、叩きつけるように開けられた店の扉の音に一気に破壊された。
「大変だ! ミゲル! お前の婚約者のシャクリが攫われた!」
その知らせは酒場の賑わいを閉店へと追いやるには十分な威力を発揮したのだった。
◇◇◇
「それで、どこのどいつがシャクリを攫いやがったんだ!?」
酒に飲まれそうだったミゲルは完全に酒を浄化してしまっていた。赤みを帯びていた頬が青ざめて見えるほどに。
「わからない! ただ、これが宿舎に届けられたんだ!」
そう口にして出されてた手には1枚の手紙が握られている。とても安物には見えない上質なもの。ここまで来る間の風にも負けないで原型を留めている事が証明となる。それだけでも容易ならない相手だと覚悟が必要と言える。ただミゲルには恨まれるような記憶はない。酒場の喧嘩は多少あるとしても恋人を攫われるような終わり方をした覚えはない。
覚悟を決めて手紙を受け取り、文面を読み上げていく。
「ミゲルさま。貴方に害をなす、不届きな娘を私の手で排除する事にしました。その瞬間の鑑賞をご希望であれば日の当たる場所まで足を運んでくださいませ。―貴方の心を理解する者より―」
まるでミゲルが困っているかのような勝手な話である。もちろん、シャクリが本当に攫われたなら恨みこそすれど、感謝も笑顔も残されるはずはない。全く心を理解していない。文面通りに受け取るなら完全な相手の暴走と言ってよい。それとも単なる挑発なのだろうか。今、予想できるのは文面から女性である事と「日の当たる場所」にいる事くらいだ。
「あと……これが一緒に届けられていた!」
手紙を運んできた団員がポケットから取り出しのは、結婚を誓い合った証として舞台終了直後に、シャクリへと渡したはずのネックレス。当時、気取りすぎだと団員達に盛大に冷やかされた事から、関係者であれば誰もが知っている物である。つまり、間違いなく彼女は攫われたという見たくもない証拠。
「くそがっ! 一体誰がどうしてシャクリの奴を……! それに『日の当たる場所』っていうのはどこを指してるんだ!?」
現在は夜である。空に太陽は出ていない。浮かぶのは欠けた月だけである。
日が出れば分かるということだろうか。いや、何かが違う気がする。それでは、どこもかしこも日が当たる場所である。『日の当たる』はそんな意味ではないはずだ。
「ちょっといいか?」
緊迫した空気の中で、アルコールの入っていない酒の様に気の抜けた声がミゲルの耳を叩いた。
反応するように振り返った先に居たのは、先度までグラスを交わしていた相手。
酒を飲めない男――シェガードだった。
すいません。今回のチョイ話は2部構成のつもりが3部構成に……これも私が纏め下手のせいです……お恥ずかしい。しかし、これ次で終わるのかな?(おいおい)




