13 サプライズ=プレゼント
凍りついた体と心は指先を動かす事さえ許してくれないかった。
ただその冷たさが、冷静に考えるには丁度いい温度だったのが救いかもしれない。
その風貌と並々ならぬ気配。恐らくはただものじゃない。それは戦闘経験の浅いナナカでも理解できる。
それだけの存在で、この場にいる事が出来る人間は限られてくる。全く予想出来ないわけではない。どうしても思いついた人物と、目の前の人間が結びつけるには違和感を感じる為に確信できないのだ。
自分を抱きかかえている男は若いと分類される年齢にしか見えない。シェガードよりも若いと言われても疑問には思わない。30半ば程にしか見えない。それではナナカの考える人物とは年齢が合わない。その人物は50を超える年齢だと聞いている。では誰なのか。
「陛下!」「バス王!」「先代王!」
周りから聞こえ出した声の主達は男の正体をナナカの耳へと届け、次々に片膝を落とし頭を垂れる。それはナナカの兄弟達も例外ではない。先代王バスを中心に出来た人の渦は、神の山の前に祈りをささげる信仰者のようでもあった。お蔭で登場したばかりの支配者と、抱きかかえられた主役の男女だけが見下ろす形になっている。
「ということは……あなたが、おじいさまということか」
ナナカの考えは正しかったという事だ。見た目の若さは兎も角として判断は間違っていなかった。ただし、やはり若すぎる。この見た目で孫がいる年だと言われて納得しろという方が無理がある。特に以前の記憶のない自分にとっては当然ではないだろうか。
「皆の者、ワシは唯の代理王とも言うべき存在じゃ。そう畏まるではない。それに今日の主役はワシではなく、このナナカじゃ。間違えること無きようにな」
「「「ははぁー!」」」」
全員の口から出た返事には緊張感が隠し切れない。それだけの存在感を持っているという事。これを見れば、表の主役はナナカだとしても、集まった人間は先代王の存在により集合した事は誰にでもわかる。
ただ、これほどのカリスマを備えた人間が王座を退き、数か月前までは隠居の身だったと考えると勿体ない話に聞こえる。事情を知らないとは言え、同時に無責任さも感じるのは仕方がないことだろう。
とにかく今は、そんなことよりも優先すべき事がある。会場にいる人間達にとっての優先事項ではなく、ナナカの……いや、「夢の経験」を口にしたバス王も当然含むべきだ。
しかし――
「さぁ、宴を始めるとしようではないか。祭に重い空気は似合わん」
ナナカからの鋭いを視線に構うことなく、支配者は進行を促す。完全に主役だけが心に水をかけられて放置された格好である。思わず文句の1つでも口にしそうになる少女に対して、毎日見かける、あの傭兵を思わせる悪戯な表情を見せられた瞬間、自身が試された事をナナカは理解した。
(このじじいっ……、一体何をどこまで知っている? いや、果たしてそれだけなのか?)
ここで考え過ぎるのは相手の思惑通りと言えるかもしれない。だが動き始めた頭のゼンマイは、動きを止める事を忘れたかのように働き続ける。もはや、ナナカの意思では、どうにもならないほどに。
その後に進行役を務める宰相バールが次々と流れを作っていく。進行の中で長兄ストレイが体調不良の為、参加していない事と、第3王子であるラルカットも参加できない事を説明していたように思う。ナナカにとっては、先代王に投げつけられた問題に比べれば、そんな事はどうでもいいことだった。ほぼ聞き流していたと言ってもよい。
だがバス王にとっては、ここまでの状況すら遊びの1つだったのかもしれない。次に飛んできたのはナナカだけの問題で終わらないモノだったのだから。
「……という事でじゃ、……に相応しいモノを与えるべきだと判断した」
おそらく、王の孫への祝いの言葉を口にしていた気がした。呆然と考え続ける少女にとっては話の一部が耳に入っただけである。内容なんて覚えていない。
しかし――会場がどよめく。
今日一番の音量が会場を包む。
会場全ての視線が主役のナナカへと降り注ぐ。
決して祝いの笑顔ではない。驚愕の表情だ。
さすがにナナカも思考を停止せざるを得ない。
バス王は何を言ったのだろうか?
驚くようなプレゼントでも用意していたのだろうか?
いや、ナナカが継承権を得た事に対する言葉を口にする順番が回ってきただけかもしれない。
予定通りの挨拶の後に、ジェスト王子支持を口にすればいいだけのはず。
そう判断したナナカを否定するように、更に隣に立つカジルまでもが慌てた視線を送ってくる。その表情に浮かぶ、珠のような汗がこちらにまで大きな緊張を生み出す。そして波及するように広がる人々の声を、慎重に拾い集めるべきだと判断する。
「あの若さでまさか……」「それほどの功績を……」「噂は本当だったのか?」
はっきりとは言葉の意味が理解出来ない。ただ先代王から、恐ろしい「言葉」を投げられたのではないかという不安がナナカを襲う。
その戸惑う赤髪の少女を嘲笑うかのように、赤土色の髪の男は再び言葉を吐き始めた。
ナナカは今度こそはハッキリと耳に収めるのだった。一文字も聞き逃すまいと。
「祝いと共に、あの甲殻竜からベルジュを守った功績を持って、孫娘ナナカにベルジュの町、ヘーダル港、ソルガトの領地を与え、その地域の領主に任ずる!」
城内に響き渡るような王の声明は、まるで嵐を呼ぶための合言葉のように聞こえたのだった。
これで7章は終了となります




