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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
7章 誕生日の贈り物
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12 血の舞台

「宰相殿、随分と妹のナナちゃんをお気に入りのようで何よりです。妹への愛が溢れ出しそうな私から見ても嫉妬を覚えそうですよ」


「これはこれはレイア殿ではありませんか。お久しぶりでございますな。以前にも増して美しくなられたのではないですか?」


「まあ、宰相殿。”相変わらず”お口が上手なようでございますね」


「私の仕事は肉体労働ではなく、口を動かす事が前提でございますからな。これくらい回らなければ国の一大事に繋がりますので」


「確かに。お蔭でわたくしめも幸せな結婚生活を送らせて頂いております」


 静かな水面のように始まった2人の会話には、互いに波紋を作るように小石を投げ合いの様相を見せ始めた。そこに含まれた意味を分からなくても、周囲の人間も近寄るのは危険だと距離を取り始める。お蔭で壇上でもないのに舞台が、そこに出来上がる。すでに主役がナナカだと認識している人間は随分と減ったのではないだろうか。


 ところがここは本国城内。それだけで終わるはずもなかった。主役の座を狙う役者には事欠かない。


「あ~ら、これは裏で国を動かす男性と、この国から追い出された女性が何の言葉遊びをしているのからしら?」


 普通の人間が思っていても口にしない言葉を並べたのは、オーバースカートドレスに包まれた強気な顔立ちと瞳を携えた、黒のロングヘアを背中に流した女。


 その姿はナナカの記憶にはないが、宰相と王族に対する話し方から考えれば想像がつく。

 北の隣国ナスダリア王国へ嫁いだはずのミストであろう。


「あら、お姉さまも出席されるのですか。ナナちゃんに興味があるなんて初めて知りましたわ」


「おじい様が出席されるのですもの。兄弟の中で長女たる私も出席するのは当然でしょう」


「主役のナナちゃんを無視するような発言は長女としてマナーに欠けているのではなくて」


 今度はレイアとミストの姉妹喧嘩へと状況は変化する。誕生会は開始される前から荒れ模様の天気を思わせる展開を周りの誰もが感じ始めていた。ただし、ナナカを除いては。


 それは魔物達からも感じなかったほどの強い視線。この状況であれば対立の色を醸し出す3人に意識は集まるはずなのに、1つだけがこちらを観ている。それだけに異様だった。


 相手は壁に、もたれ掛るようにして腕を組み、こちらが気づく事も気にせず見つめ続けている。

 煌びやかと言わないが気品の漂う青のロングコート状の服装を纏っている姿は普通の貴族とは思えない。特に冷たく感じる切れ長の瞳と短い金髪が印象的だった。おそらく兄弟の誰か。年齢からすると15~17歳。そうなると行き着く答えは1人しかいない――バグダリア王子。


 なぜナナカにだけ、その瞳を向けるのかが分からない。失っている記憶の中に答えがあるのだろうか。考えてわかる事ではないが、纏わりつくような視線は気持ちが悪い。言いたいことがあるのなら口に出してもらいたいが、あの様子を見る限りは距離を縮めるつもりはなさそうだ。


 一般家庭と王族では兄弟の意味が違うとは認識していた。助け合うものではなく、競争相手としての意味合いが強いのだろうと。姉レイアを見ていると、自分の考えは間違っていたのかと思いかけていたが、やはり間違っていないようだ。特に容姿を見れば誰にでもわかるように、似ているとはハッキリ言えない。各パーツで「ここは」という部分があるくらい。全員が母方が違うのだから無理もない。王族ともなれば、それが普通である。特にバグダリアなどは亡くなった王帝の息子。父すらも違うため、似ている部分を探すのは他人と比べた時並みに難しいかもしれない。


 しかし、ここまで全員が相手を敵視するような状況だとは流石に思ってもいなかった。これは次の王座を争わせるような発言をした先代王バズが悪いと言える。もっとも、そこに何らかの思惑があるからこそ、そんな選択をしたのだろうが、ライン上に並べられた人間にとってはいい迷惑だ。例外として競争を出来ることに喜びを覚えるような人間は別といえるかもしれないが。


「おおお、孫達のじゃれ合いを見るのは年寄りの楽しみだと言うが本当だなっ!」


 そこに何の前触れもなく、その声の主が空から落ちてきたのはでないかと思わせるように現れた。もちろん例えであって、その辺から歩いてきたのだろうが誰もが姉妹の静かな喧嘩に気を取られていたとはいえ、どこから現れたかもわからない。声の主は誰にも悟られる事無く、この場に現れたのだ。その気配を消す技術は暗殺者を唸らせるかもしれない。


 ただ、その姿を見れば暗殺者を対象者に出すのは間違いだったと言えた。


 何の素材で出来ているかもわからない光沢を放つローブに包まれ、ここに居る誰もが惹きつけられる不思議な雰囲気を生み出し、赤土色の伸びるに任せた髪と常に崩れそうもない笑顔を持つ男は、この空間で明らかに存在感が1つ飛び抜けていた。更に、その体は傭兵親子に劣らないほどに大柄である。


「おお、この小さいのはナナカか? 会うのは随分と久しぶりだ。よし、ちょっと抱っこしてやろう!」


 こちらの言葉も待たず、こちらの意思を確認することなく、ナナカは抱き上げられた。


「たかーい、たかーい! よーし、よーし! 大きなくなったなっ!」


 体が接する事でローブに包まれて見えない部分が見える気がする。いくらナナカが7歳になったばかりだとはいえ、それほどに軽々と扱う姿からすると相当の肉体を隠しているのかもしれない。それに突然現れたように見えた登場シーン。ここまでの状況から考えると、あのシェガードに匹敵する強さを持っているとしても不思議ではないかもしれない。

 

 そして、その状況はナナカを慌てさせるには十分に効果を発揮した。


「あわわわ……まって、待ってください! あなたは……」


「わしを覚えておらぬとは。記憶があいまいになっておるか? となると……」


 その瞬間に頬ずりするようにナナカは男の顔の近くへと抱き寄せられる。周りにはそういう風に見えただろう。しかし抱かれていたナナカだけには、それは1つの言葉をナナカに伝える、いや、試すためだったと理解することになる。


 目の前の男は少女の小さな耳に投げかけたのだ。


「それでナナカよ。夢で何年分の経験を得て来たのだ?」


 シェガードにも負けないようなガタイから漏れた、小さな呟くような言葉は耳から心へ伝わるように流れこんだ。それはナナカの全身を凍りつかせるには十分すぎる威力を発揮したのだった。

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