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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
7章 誕生日の贈り物
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8 思惑の渦への準備はOK?

 今、ナナカの目の前で、カジルとシェードが狭い空間を分け合うように共有していた。そして此方はメイド長と席を分け合っている。

 何故わざわざ4人で、そんな狭いところに居るかというと移動中の馬車の中だからだ。現在は本国へ向かっているということである。王族が使うものとしては、みすぼらしくも感じるサイズとはいえ、控えめにと頼んだのはナナカである。見た目的にもギリギリ程度の気品は漂っている。つまりは最低条件は満たしている。手配したカジルは無茶とも言える注文に応えたといえる。


「上手く移行が進んだとはいえ、忙しい10日間でした」


 疲れを吐露するように吐き出された男の言葉は重かった。それは十分にナナカにも理解できる。

 確かに移行はうまく行き、誕生会の開催準備が必要なくなったとはいえ、表向きには主役として本国へ行く準備というものは思っていた以上に大変だった。共に行く護衛兵達の宿泊施設手配、旅行中の物資手配、そして各参加者への移行の知らせ。どれも待ってはくれない期間限定の仕事。完全に館の日々の仕事は放置状態。帰ってからの恐ろしい量の業務が待っているだろうことは簡単に予想ができた。


「うむ。もしそのまま、あの館で開かれる事になっていたら、こんなものでは済まなかっただろうな。提案をしてくれたメルに感謝すべきか」


「はい。まさか、最終的に参加者が700名を超えるとは……。タイミング的にはギリギリでした。後2,3日遅れていたら間に合わなかったでしょうね」


 そうなのだ。当初は100人程度を予想していた。それでも大目に出した予想。ところが先代王が参加を表明してからは増える一方で200人を超えていた。このままでは300人を超えるかもしれないと移行へと決断したわけだが、これでも甘かった。なんと国外からも参加の意思が届き始めたからだ。それは表向きの『ナナカ姫の誕生会』が目当てではない事は一目瞭然だった。


 以前から国外の視線が次代の王の選定に向けられていた。彼らとしては様々な思惑が絡んでいることだろう。つまりは国内と国外の思惑がぶつかり合う、今後の世界の動向をも決めるかもしれない歴史的なイベントへと発展してしまったといえる。


 例えば国内組は次の王を見定めて誰の下に入るかという判断材料を集めるため。見え見えであるがために分かりやすく、王族側も対応をある程度準備をしていたはずだ。しかし国外組の参加の目的を見通す事は簡単ではない。


 もちろん純粋にナナカの誕生日を祝う人間も居ないとは言えない。その代表としては姉レイア。あの人は場の空気など無視をして全力で祝ってくれそうだ。ちなみに、その姉は随分と気合を入れて準備の為にと家に戻っていった。現地へは直接向かうらしく、現地で再開することになりそうだ。他の国外組も同じだったらと思いたくもなるが絶対に違うだろう。本当に移行してよかったと胸を撫で下ろす。


「国外からの客がどんな動きを見せるか気になるところではあるが、対応する宰相は大変だろうな」


「国内の名声を得るチャンスが国外にも広がったと喜ぶ半面、厄介な対応に辟易しているかもしれませんね」


「こちらは準備する側から参加する立場になったのは幸運だったな」


「はい。あの時点では断られる事はあり得ないと思っておりましたが、今の状況がわかっていたらどうなっていたか分かりませんね」


「今回は恩を売ったか恩を売られたか微妙な線引きになってしまったな」


「それは今は考えないようにしたいところです。ちなみに……姫様。例の件はどれくらいまで?」


 避けたい話題が振られた。実は今回の移行するにあたって、ナナカに与えられた課題があったのだ。1つは誕生会の流れを把握する事。元々一般人の記憶しかないナナカにとっては零からのスタートに近かった。ただ、こちらは覚えれば何とかなるだけマシだった。もう1つの方は絶望的な状況だったのだ。


 それは――


「ナナカ様。はっきりお答えくださいませ」


 いつもは滅多に会話に混ざらないメイド長の一言は背筋に氷を落とされたように悪寒を走らせる。


「いや……私も頑張ったんだ。それに幾らなんでも10日でやれというのは無理があったと思うんだが……」


 首を絞められているように絞り出した言葉だったが、遠慮なくメイド長は鋭い視線をこちらへと突き刺す。


「まあまあ、メイド長。ナナカ姫も頑張りましたよ。確かに10日で魔法を使えるようになれというのは無理があったんですよ」


 シェードの援護射撃がナナカを庇う。しかしやはり、本国開催となれば他の派閥がどう動いてくるかわからない。少しでも安全を確保する為に自身の魔法の練度を上げるようにと、カジルやシェガードからも言われたのである。それは以前の戦場での活躍からも、ナナカが魔法を行使するのに難しい壁など存在しないと皆に思わせてしまったからだろう。

 だが――


「姫様の頑張りの噂は私の方にも届いてはおりましたが、駄目だったのですか……」


 苦虫を潰したような表情がメイド長に浮かぶ。先ほどから彼女が厳しい視線を向けていたのは仕方がない事はナナカだって理解していた。それほど今回の本国行きについて案じていたからだろう。少しでも己の身を守ってほしいと言う願いを込めて。


 ナナカが長い眠りについたのも母のマイカを亡くした場所も本国での事だ。その当時から近くで世話をしていた彼女からすれば、再度の不幸など許せるわけもないだろう。例え、それが自身の責任ではないとしても危険に対する回避方法を出来るだけ準備するのが自分の務めだとでも思っていそうだった。


 もちろんナナカ自身もサボっていたわけでも、やる気がなかったわけでもなかった。魔法という力に心躍る気持ちを抑えていたくらいだった。自由に魔法を使えるようになったら違う世界を見れるのではないかと。魔法という魅力は小さいものではなかった。


 ところが蓋を開けてみれば、カジルの言葉通りだ。シェードを先生として訓練を受けたが『具現化』まで至る事は出来なかった。もちろん先生が悪かったからではないだろう。勇者であるマコト程に魔法を得意としないとはいえ、シェードもかなりの腕である事は親であるシェガードも認めている。親バカという言葉が浮かびそうなほど嬉しそうに語っていたが、実際に魔法を使っているところを見ているナナカは、それを差し引いても不足はないと初心者ながらにも感じていた。


 では問題はどこにあったのか?


「あたしも想像力が高すぎるが故に魔法が具現化出来ないなんて聞いた事がありません」


 先生役を務めたシェードの、この言葉が全てである。

 ナナカは魔力精製は問題なく出来るようになっていた。本来であれば一番難しいと言われる段階を僅か7歳でクリアしているのだから、後の段階ですらも10日あれば習得可能かもしれないと周りも勘違いしていたのだ。普通とはナナカは違う存在などだと。特別な存在であると。


 それが間違いだと判明したのは特訓初日にしてだった。

 想像力に魔法の濃度を上げる作業がついていかないのだ。そこはシェードのサポートも在り、何とかクリアする事が出来た。が、次の問題が大きかった。具現化しようとする『想像』が強すぎてナナカの魔力だけでは足りず、『創造』する事が出来なかったのだ。もちろん、これもシェードが魔力供給する事で成功はした。しかし魔力を枯渇するほどにナナカの具現化の為に吸い上げられた彼女は、自身の父親の以前と同じ状況に追い込まれたのだった。


 特訓が遅々として進まない。さすがに見かねた、カジルやシェガードが応援に駆け付けたのだが結果は同じであった。周りは頭を悩ませた。ある意味で才能が有りすぎ、ある意味で能力が足りなかった。今回のようにバランスの悪さが原因になるなど前代未聞だったから。


 その為、10日間の特訓は魔力量の上昇と想像力の低下という意味の分からないレシピが組まれた。当然、簡単に魔力量が上がるわけはなく、想像力の低下に関しては簡単そうに聞こえるが、実際のハードルは高かった。人間の意識レベルを意図的に下げるなど簡単なわけがない。


「仕方がございません。今回はレイア様の方に何人か信用の出来る護衛を回してもらうように依頼しましょう。今後の事を考えると頭の痛い問題でございますね」


 メイド長からの珍しい溜息が狭い馬車の中で長く響いたのであった。

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