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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
7章 誕生日の贈り物
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6 太陽の光と影の月

「それで、お嬢は何を企んでいるんだ?」


 ナナカの誘いに釣られるように言葉を口にする大男の声には、疑問よりも楽しみを待ちきれない少年のような弾みすら感じて取れる。この男の生き甲斐には真面目という言葉はないのかもしれない。


「実は誕生会を……」


 今日ここまでに起きた流れを伝えていく。シェードから、サンを一緒に連れて行く事の提案についても。


「なるほどな。サンに危機予知能力の経験を積ませるには持って来いの状況だな」


「やはりそう思うか。本国に先代王が居るとは言え、宰相の派閥の支配が強い場所ともいえる。ある意味で魔物の巣窟ともな。もしかすると、その強い敵意や企みがこちらに向けられるかもしれない。その空気の中でなら多くの経験を積めると思わないか?」


「剣術は突然成長するなんて事はないからな。時間がかかる。だが危険予知って言うのは本能だ。厳しい環境に置かれれば急激な成長をするかもな……。なるほど面白い」


 傭兵と姫のサン本人の意見など取り入れる様子のない会話は続けられる。


「シェガードに反対する意思はないって事だな?」


「というよりも、誕生会を本国でやる事への意見は聞かないんだな」


「どうせ聞いた所で「俺が居るから大丈夫だ」とでも言うつもりだったのだろう?」


「まちがいねぇ。さすが、お嬢。わかってるじゃねーか」


 小さな体で大人の真似事をするように腕を組んだ姫と、心を読まれたにも関わらず楽しげな大男との奇妙な、2人の静かな笑いが起こる中で、サンの中で危機予知能力が警鐘を響かせていたのだろう。しかし、それが手遅れである事を理解したように、子供らしくない深い溜息が漏れるのだった。


(サン。まあ、がんばれ)


 少しだけの応援を心に残し、ナナカは最後の訪問先へと足を向けたのだった。


 その後「他の奴らにもサンの特訓を付き合わせるのも面白いかもしれない」と口にした大男の言葉の中に、更に危険を感じた少年は顔色すらも変える事になるのだが、それはシェガードだけが楽しんだという噂である。

 

 ◇◇◇


 もう目の前には見慣れてきた太陽と月の住処の扉がある。

 説明するだけの覚悟を決めて立っているが、やはり心の重さは変わらない。傭兵親子がいれば何とかなると信じた所で危険がなくなるわけではない。ナナカ自身でも、あまり行きたくない場所への同行をルナが断る事はないだろうが心配をかける事にはなる。それを吹き飛ばすような準備まではしてきていないのだ。


 迷い始めたナナカは知らず知らずのうちに、カップに入れた湯がぬるく感じる程度の時間を扉を見つめるだけで立ち尽くしていた。それを現実に引き戻したのは何もしていないはずの扉が開いたからだ。当然、その奥から現れたのは――


「えっ、ナナカ様! どうなされたのですか!?」


「あ、え、おっ、アレだ! いい天気だな~」


 こうして陣形の整わないナナカの言葉は崩壊した。


「と、とにかく……中へ、どうぞ」


 降伏した兵士のように、その言葉に従う。既に覚悟の言葉すらも消えていたのだった。




 中は依然に訪れた時と何も変わっていなかった。あれから1カ月程度。ナナカには長かったように感じる時間も、この中を見るとそれほど長い時間ではないのかもしれない。


「それで私にどんな御用があったのですか?」


「う、うむ。なんというか……最近の生活はどうだ?」


「そうですね……正直、奴隷として生活してきた16年間が嘘のように毎日が楽しいです」


 ナナカが平和な夢の世界から、この目まぐるしい現実に引き戻されたのとは逆ということだ。


「何か不自由していることはないか?」


「あるわけがございません。これ以上を望んでは罰が当たります」


 自身の質問が愚かだった事を気づくのが遅かった。ルナは奴隷として自由のない生活を16年過ごしてきたのだ。命すらも自由のない身分だったのだ。そんな人間に対してする質問ではない。それなのに「今から弟を魔の巣窟へ連れて行く」などと言えるだろうか?


 いくらナナカもルナも友人だと思っていたところで実際には上下関係は実在している。それはナナカが望むところではないとしても、己がプリンセスという立場で相手が元奴隷という過去が変わるわけではない。「サンを同行されてもいいか?」と口する事への拒否権が実際にはないに等しい。それだけに、その言葉を絞り出す事は難しい。とんでもない選択をしているのではないかと心が揺らぐ。


「ナナカさま。本当に聞きたい事は他にあるのではないですか?」


 徐々に床を見るように顔が傾いていくナナカに気付いたのだろう。ルナは自身の黒い髪と違い、真っ白な心を現すように優しい表情で見つめてくる。それは姉レイアよりも、よっぽど姉らしい姿かもしれない。


(これ以上、避けていてはルナを結果的に困らせる事になる)


 心を切り替えるために自分よりも高い位置にある瞳へと視線を絡ませる。友情という言葉を落としてしまわないように。


「実は……決定ではないが誕生会を本国でやる事になると思う。サンには一緒に来てもらうつもりだ」


 ナナカの強い眼差しに単純な話ではなく、本国に何かが待ち受けている。危ない橋を渡る可能性がある事を感じ取ったのだろう。一瞬、その瞳に揺らぎを感じたがそらす事はない。


「もちろん、ルナも一緒に来てもらっても……」


「ナナカさま。それはサンには話したのですか?」


 珍しく強い口調でナナカの言葉を切るようにルナは質問を口にする。もしかすると投機奴隷だった時の彼女は常に、そういう状態だったのかもしれない。それだけ弟を大事にしているのだろう。


「あ、ああ、ここに来る前に話はしてある」


 了承を口にしていたわけではないが、あの時のサンから拒否する雰囲気は感じられなかった。それよりも強くなる事への渇望を感じた。恐らく実際に言葉に出しても、こちらの方針に文句はなかっただろう。


「弟は先日の戦いの後、「強くなりたい」「私を守る力がほしい」「ナナカさまの力になりたい」と、よく口にしていました。今日はシェガード様に訓練してもらうんだと嬉しそうに出かけました。あの姿を見ては、もう私が口を出す事などありません。弟が一緒に行く事でナナカ様の力になれるなら連れて行ってやってください」


 ルナがサンを庇護の壁から解き放った言葉だった。何よりも「連れて行ってやってください」ということは、自身はここに残ることを意味する。


「いいのか?」


「弟の成長の邪魔をするような無粋な姉には成りたくありません。それに私が一緒に行ったところで邪魔になるだけです。弟と友人の負担になるような事はしたくありません」


 ここで友人という言葉を出されては、こちらもこれ以上の押し問答は愚かである。ルナとて、そこに至るまでに悩んでいないわけがない。夢の世界で聞いた事がある。たしか……「竜はわが子を谷に突き落とす」と。微妙に違ったかもしれないが確かそんな感じだったと思う。その決意を素直に受け取る時だ。


「ありがとう、ルナ。必ず、くだらない旅の土産話をサンと一緒に持って帰ってくるよ」


 ナナカの、ちょっとした冗談交じりの言葉に、月は窓から差し込む太陽の光を反射するように優しい笑みを返してくれたのだった。

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