4 新しい風が揺らすマスト
結局、ナナカの選択の先は傭兵の元だった。
ルナの元へ行く事を避けてしまった形になる。
重い話を避けて通るのは誰もが経験ある事だろう。
それは夢の経験を糧にしたナナカとしても同じだったと言える。
「決して……私は避けたわけではない。ちょっとタイミングを見計らっているだけだ……」
相手がいるわけでもないのに言い訳を繰り返しながら、一人歩く姿は怒られて言い訳を続ける子供の様だった。もっとも本当に7歳なのだから、その子供であっているわけではある。
そんなナナカの耳に喧噪らしき声が届く。2人らしいが片方は特に声を張り上げている。
(いや、これはもしかすると……)
2つとも聞き覚えがある声だった。館内でも聞こえるのだから普通に考えれば館の人間。ただ声を張り上げている方が普段とは違う雰囲気である事が気になった。
声のする方へと小走りに向かう。そこは裏庭。そして、その2人とは――
「シェガードとサン……?」
名前を呼ばれた彼らは静寂の空気を作ると共にナナカへと振り返ったのだった。
◇◇◇
「なるほど、サンから剣術の訓練を頼まれたというのか?」
「まあ、そういう事だ」
どうやら張り上げていた声は、サンの打込みの声だったらしい。
「しかし、なぜ突然剣術の稽古を?」
「それは本人に聞いてみたらどうだ?」
確かにその通りだ。目の前に相手がいる状況でシェガードの口から聞く必要はないだろう。執務室で話すような内容と違い、秘密にするような事はないのだろうから。
「では、サン。どうして剣術を習おうと思ったんだ?」
ナナカは自分よりも年上の少年を見上げるように言葉と視線を投げかける。
「は、はいっ! この間の戦いで姫様は僕よりもお若いのに戦場に立たれていました。でも……僕は城に隠れているだけでした。投棄奴隷だった僕が何も出来ずに命の恩人とも言える姫様が戦うなんてっ!」
土子族の少年の思いの激しさが現れるように拳を握る腕が振るえている。
「僕は何度も姫様に守られるわけにはいけません! 次は……僕が守る番になるんです!」
彼の視線から炎魔法のような熱を感じる。それは彼の決意と罪悪の入り混じる心の表れ。
つまり彼は自分よりも5歳年下の赤毛の少女に恩返しと、一種の対抗心を燃やしているのだろう。きっとそれは決して自分を負け犬と認めない男の強さをも含む。
「こいつも、お嬢に焚き付けられた1人って事だ。遊び気分で来て、乗せられてちまった俺と同じってところだな」
この大男と女の子と見間違えるほど美形な少年を同じ箱に入れるような発言には納得しかねるが、確かに火が灯った事は間違いがないようだ。
「訓練をつけてもらうのはいいが、この傭兵の大雑把な性格まで移されるなよ」
「えっ……は、はいっ! 気を付けます!」
2人の子供のやり取りを見ていた大男は、しかめ面で大雑把の言葉に反論できず頭を掻いた。
(もしかするとシェガードは子供に弱いのではないだろうか?)
そういう考えが頭を過るが、ナナカとの初対面の時の事を思い出し、否定した。
「それでシェガードから見て、≪今後≫私の護衛として見込みがありそうか?」
その言葉に一気に少年の表情が凍りつく。
それも仕方がない。いくら本人にやる気があろうとも力を示せない者に護衛は務まらない。護衛する人間は己と、もう1人の2つの命を背負い戦うのだ。当然、足りなければナナカを危険にさらすばかりでなく、本人すらも命を失う可能性もある。護衛する者だけでなく、護衛を頼む方も2つの命の選択が必要なのだ。
「お嬢らしいな。容赦のない質問をしてやがる。だけど心配はないと思うぜ。まあ、ちょっと見てもらえばわかるさ」
シェガードは視線をナナカから、サンへと移すと構えを取るように合図する。どうやら受ける側でなく、攻撃する側に回るようだ。
(何を考えている? 手加減するとしても、プロの攻撃を素人に浴びせるというのか?)
しかし、そんなモノをナナカに見せても意味があるとは思えない。では何故?
――シェガードは木剣を片手で構えると何の前触れもなく、自分の半分ほどしかない少年へと振り下ろした。
(速い――!)
少なくてもナナカには見えなかった。恐らく、いや、間違いなく自分なら交わせない攻撃。自分よりは年上とは言え、まだ12歳の子供に向ける攻撃ではない。
(何を考えている!?)
しかし、木剣が肉を叩く鈍い音が聞こえる事を覚悟していた耳に、その音が訪れる事はなかった。そして、12歳の子供は動く素振りすら無く、シェガードからの攻撃に驚く素振りすらも見せなかった。それもそのはず、木剣はただ、サンの横を通過しただけだったのだ。
(シェガードが外した? サンは反応すら出来なかった……??)
「お嬢。わかったか?」
もちろん――
「全然わからんっ! ただ、お前がサンに当てないように攻撃しただけだろうがっ!」
相手が反応出来ない本気の攻撃を当たらないように素振りしただけだ。そんなもので何が分かるというのだろうか。
「なるほど。流石のお嬢も剣術については良くわかっていないようだな。じゃあ、もっと分かりやすく説明するとしようか」
そう口にすると、加減など感じられない木剣がナナカへと振り下ろされたのは同時だった。




