3 混ざり合う汚水
次に向かった先はシェードのところ。恐らく、この時間はメイド待機室。
戦いに明け暮れていた女傭兵には、女性の密度の多い、この館で受ける刺激は新鮮だったのだろう。ミゲルが護衛として館に来てからは空いた時間でメイド達から料理を習う姿が目撃されている。
シェガードに見劣りしない戦士とはいえ、やはり女性である事を捨てているわけではないようだ。もっとも、それを口にするような愚行は侵さないように気を付けている。
扉が開けっ放しのメイド待機室では最近の話題で盛り上がっている様だった。その内容は――
「カジル様のロリコンは本物ね」
「そのロリコンの意味を貴方は知っているの?」
「ナナカ様を押しをロリコンというらしいわよ」
「それなら私達もロリコンね!」
どうやら今日は「ロリコン」が題材らしい。スカート捲り事件以来、この言葉はメイド達の間で定着しつつある。本当の意味を取り違えている様子も見られるのだが訂正はしない。本質は間違っていないのだから。
「え――、おほんっ。失礼してもいいだろうか?」
室内に、それまでとは違う子供独特の甲高い声を響かせた。声に反応するように彼女たちは振り向く。
その中に頭1つ分ほど、背の高い目的の彼女もナナカの予想通り混ざっている。聞く側に回っているとはいえ、楽しそうな表情を見る限り満更でもないのかもしれない。いつか、ここのメイド達の様にならない事を願うばかりである。
「あっ! ナナカ様! こんな所まで足を運ばなくても、ベルで合図して頂ければ駆けつけましたのに」
メイドを代表するようにサリアが口にした言葉は本当だ。ナナカの良く使う部屋にはベルが置かれている。その音色を響かせれば彼女らは敏感に反応して駆けつけてくれる。メイドとは耳の良さも必需要素らしい。
「いや、いいんだ。気晴らしに歩きたい気分だったからな。それで……シェードに話があるんだが」
「えっ、あたしにですか?」
「ちょっと中庭まで付き合ってもらえるか?」
その言葉を聞いた何人かのメイドから「イベント来たかもっ」「アレよねっ? やっぱりアレよねっ?」「こ……こく……はく!?」と見当違いの思いを持ったような熱い視線が注がれる。頬が朱に染まっているのが、その証拠。何より最近はこの館のメイドの思考パターンが簡単に想像出来るようになっていた。悲しい慣れというやつだ。
「畏まりました。ご一緒しますね」
その素直な返答がナナカを、このメイドたちに毒されていないと安心させたのだった。
◇◇◇
「なるほど。それは難しい判断ですね」
ナナカから聞く経緯に返ってきた言葉は無難だった。もちろん、的確な即答を求めていたわけではないが、戦場での戦いぶりから有効な剣が振り下ろされるのでは、と期待もあった。しかし思っていた以上にシェードは慎重派であったようだ。
「政治的な事は無視してもらっても構わない。護衛する立場としての判断を聞かせてもらいたい」
「それならなんとか。恥ずかしながら政治の世界に関しては全く知識がありませんから、それを考慮してしまうと、あたしには応えられる範囲を超えてしまいますから」
「変に気負わなくてもいい。参考のために聞くだけだからな」
「わかりました。では――護衛に関しては気になさらなくても大丈夫かと思います。何か月も滞在するとなれば穴が空くかもしれませんが、数日程度であればオヤジ、オジキ、ミゲルさん、あたしの4人が要れば十分だと思います。もちろん敵対者が形振り構わず数十人で乗り込んで来れば多少問題があるかもしれませんが……本国までの移動の方が厄介かもしません。そちらはオヤジと相談してもらった方いいと思います」
さらりと4人で数十人相手でも多少の問題と言い切る女傭兵に頼もしさを覚える。しかし――
「実際に、そんな状況があると思うか?」
本国で開催となれば城内で行われる事は間違いがない。そこに本当に仕掛けてくる馬鹿がいるとは思えない。
「先日にお話しした通り、ナナカ姫に対する監視者たちの危険視する度合いによっては無いとは言い切れません。全力で排除するべきと判断すれば、ありえます。もっとも、それなら先ほど言ったように道中で仕掛けてくる方が確実ですから、場内では暗殺等の警戒が主になると思います」
ナナカが心配していた通り、目立ち過ぎるのは派閥争いでは前線に赴くのと同じである。主役になる気も身を晒し続ける気がないのに、そちらへと引っ張られている状況に納得は出来ない。しかし人生とは思い通りにならないのも分かっている。
「では場内では、シェード達を信頼する事が私の務めだな」
「はい。念の為と言うことであれば、1つ提案があるのですが……サンを連れて行っては如何でしょうか?」
「サンをか?」
「彼の予知は不規則で不安定とはいえ、頼りになる部分も多いです。考慮する価値は十分にあると思います」
確かに魔物との戦いでの予知は役に立った。そのおかげでカジルが迎えに来てくれた上に、防衛ラインを築き上げる事が出来たのだ。自身の意思が反映されない力とはいえ、あの予知能力は大きいといえる。
「確かに良い考えかもしれないな。しかし……」
そう言いながら、自身の赤髪を両手でかき混ぜる。簡単だが楽ではない話だからだ。
サンを連れて行くにはルナから許しを貰う必要があるだろう。ナナカからの申し出を、きっと断る事はない。ただ、それは明確な上下関係を示す事になる。そんなつもりがなくても結果的にはそうなる。
更にナナカ自身も権力の掃き溜めに抵抗を感じているのに、その中心にサンを連れて行く事は心苦しい。奴隷として扱われてきて、そのシステムを生み出した宰相すらも居る場所。それは彼にとっては地獄に等しいと言っていい場所かもしれない。
「どうやら次の相談相手は慎重に選ぶ必要がありそうだな」
自身の心と相反する様に晴れ渡る空へと、妬みに近い視線で見上げるのだった。




