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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
7章 誕生日の贈り物
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1 負の雨を遮る傘の在処

 ついに誕生会が行われる日まで10日残すだけとなっていた。

 先代の王が参加を表明してからの日々は思い出すだけでも吐き気を催すほどに忙しかった。

 執務室で毎日のように対応に追われているナナカとカジルの姿は、あまりに変わらない風景になりつつある為に、何時見ても同じである絵と勘違いしそうな程であった。


 まず最初に訪れた問題は先代の王の参加を知った、各地の貴族や有力者の問い合わせと追従するかのような参加者の増加。こちらが招待するつもりなかった彼らの行動は、一地方に移り住んだ7歳の姫様如きが抱えられる容量を超えていた。


 それに何よりも正式な領主などではなく、直接関われるのは、この館と権利を認められている油田くらいであり、大した力はない。それにもかかわらず国中の権力者からの集中砲火に、もはや対応の限界を迎えていた。


「カジルよ。やはり、こちらの対応限界を超えているのではないか?」


「姫様。それでも対応しないわけにはいかないでしょう」


 ナナカとカジルの問答は忙しさの中で漏れる愚痴を掻き雑ぜながら何度も交わされていた。


「しかし、このままでは色々と間に合わない事は間違いがない。それに参加希望者は増える一方だ。うちの館レベルでは入りきれないぞ?」


「ですが、この街には、この館以上の規模の会場など御座いません」


「それは分かるが……もし会場を準備出来たとしても宿泊施設も足りないのではないか?」


 行き着くのは結局は、そこなのである。

 最悪、会場は野外という手もある。だが「宿泊場所がないので野宿で、お願いします」とは、さすがに言えない。


 1万人程度のベルジュの町に置いては何もかもに限界が見え始めていた。増え続ける仕事の量が、こちらの限界を無視するように積み上げられているだけだ。


「しかし今から増設など間に合うわけがありません。こうなっては苦しい選択になりますが、これ以上の参加希望を打ち切るか、参加者の厳選をする方向も考えた方が良いかもしれません」


「といっても打ち切るには、もう既に手遅れな気もするな。それに厳選というのは何を基準にして選ぶのだ?」


「もちろん位の高い方と各地の有力者という形になるかと思います」


「それでは参加者が偏るのではないか?」


 ナナカの指摘は当然ともいえる。現状、王位争いでは一番下の王族である事は間違いがないのだ。別に王位が欲しいわけではないが自分の誕生会のはずにも関わらず、主役の立場から脇役へと追いやられていく事に多少の怒りを感じてしまう。


 もちろん、それは小さな問題。どちらかと言えば、ようやく解決し始めた財政問題が再発する可能性が怖い。なのに王に追従する目的で参加希望してきた上位有力者へ出費する事が納得できない。彼らは誕生会が目的ではないのだから。


「姫様の事を思っている人間を中心に集めたい気持ちはわかります。ですが、王の参加が決まった今の状況では仕方がないと言わざるを得ません」


「分かってはいる。しかし……」


 当初から参加が決まっていた人間に断りの報を送らなければならないのは心苦しい。それを口にしかけて堪えたのは、カジルも同じ気持ちだろうと考えたからだった。


 そこへ3人目の人間が追加された。ノックすると入室し来てたのはメイドのサリナ。先日、スライムの件で怪しい眼差しを向けていた1人である。


「ナナカ様。お忙しいところを申し訳ございません。しかし少々問題が発生致しておりまして……」


 どうやら問題を抱えているのは自分たち2人だけではないようだ。


「聞きたくないが、そういうわけにもいかないんだろうな。出来れば、その”少々”を信じたいものだ」


「実は食料の確保が難しい状況になっております。先日の戦いの影響で商人達も、この街とは一歩距離を置いている傾向があるようです。後は……お酒関係に関しては絶望的に足りません」


「商人達ですか……彼らは人同士の戦争になると積極的に関わってくるくせに魔物が相手となると消極的になりますからね。酒に関しては予想はしてましたが、やはりという感じですかね」


 カジルの商人に対する言葉はナナカも感じていたところだ。しかし、それも仕方がないのかもしれない。恐らく理由は――


「人同士の戦争は動きを把握できるが魔物相手では予測が難しい。再度襲来の可能性が今以上に低くならない限りは往来が元に戻るのは難しいか。しかも商売出来る相手が半分になるのでは旨味が減る。それが消極的になる可能性と言ったところか?」


「その通りです。危険に見合うだけの旨みがないと判断されたのでしょうね。酒はともかく、食糧自体が足りないのでは、やはり出席者を選択する方向で……」


「お待ちくださいませ!」


 4人目の存在がカジルの言葉を再度止める。

 それはサリナと同じ、メイドのメル。色々と黒い噂が絶えないメイドである。


「なんですか、貴方も何か問題を持ち込んだのですか?」


 そう返したくなるもの仕方がない。どうも今日は良い報告の影が、なかなか見える様子がないのだから。


「いえ、問題ではなく提案に来ました」


「報告や問題でなく、提案ですか?」


 本来、メイドレベルが王族の行事に口を出す事は良しとされない。それは許される行為ではない。仕事に含まれない部分で無礼を働けば、場合によっては刑に処される事があっても可笑しくない。


 ナナカ自身は、そんな事を気にしてはいないが、メルがそれを弁えていないとは思えない。それでも言うべきだと判断したのだろう。それぐらいに現状は切羽詰まっているという事だ。


「はい。サリナからもお聞きかとは思いますが、このままでは誕生会の開催も危うい所に来ていると思われます」


「まあ、その通りだな。サリナが来る前から、カジルと私とでも悩んでいたところだ」


「問題になっておりますのは会場の広さと、料理の準備についてで間違いございませんか?」


「その通りだ」


 突然現れたのに問題を正確に把握している事に少々の驚きがあった。


(メイドというのは、そんな情報まで把握しているものなのか?)


「失礼な言い方になるかもしれませんが、ハッキリ申し上げれば誕生会を行う事は不可能でございます」


「メル……! いくらなんでも、それは……」


 これには隣のサリナも驚きの表情を浮かべている。それは当たり前と言えば当たり前。メイドが自身の使える主の力不足を指摘するなど完全にメイドの領分を超えている。それどころか、自分達の仕事を放棄する行為も含まれている。しかし――


「否定の為だけに来たわけではないのだろう? 続きの提案とやらを述べよ」


「はい。では……今回の誕生会を、この館で行う事を中止していただきたいのです」


「メル! 貴方は自分が何を言っているのか、わかっているのですか! 王も参加を表明している誕生会を中止するなどと出来るわけがないでしょう!」


 カジルが切れた。

 ナナカの誕生会とはいえ、先代の王の参加が決まっている行事をメイドの提案で中止に出来るわけがない。それはナナカ本人ですらも難しい事だ。カジルの激昂も無理はない。


「まあ、待てカジル。メルの話は終わっていないはずだ。聞いてやれ」


 そう、中止を申し出るだけなら提案ではなく、お願いだ。「今回は難しいので中止を検討してください」と言うべきだ。しかし彼女は「この館で行う事を」と言ったのだ。何か代案を持っているという事になる。


「はい。代案も、もちろん準備してきております。それは――」


 一瞬だけ空気の流れが止まった気がした。誰もがそこに長い時間を感じた気がした。


「――誕生会を本国で開催して頂く事です」

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