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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
6章 平和に裏あり
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+0.5 迫りくる敵は魔物とメイド

ナナカ姫は多数の敵(?)に囲まれる中で己を守りきる事が出来るのか!?


 私達は魔物からベルジュの街を守った。あの巨大な甲殻竜の駆除に成功したのだ。途中で何度もダメだと思った事はあったが当初の目的は十分に果たせたと言える。これで死人が出ていなければ最高の結果だったが、そんな事は絶対にありえない事も当初からわかっていた事だ。ラインを引くべき所を間違えてはいけない。


 あの時に達成感が自分を油断させていた事は間違いがない。

 それが甲殻竜よりも遥かに弱い魔物に隙を与えたのだ。

 そう、こんな粘々とした魔物如きに……



 私は完全に捕らわれていた。捕獲者はバタースライム。誰かが、そう口にしたのが聞こえた。つまりは、これがゲームでも有名なスライム種らしい。


「なんだー! この気持ち悪い奴はっ! ひゃ~~足を這い上がってくる! だ……誰か!?」


 色は半透明な緑。その見た目からは、どこに知能を蓄えているのか不思議なほどに非生物的だ。そいつが自分を襲ってくるなんて、悪魔の作為的な罠としか思えない。


 周りでメイド達が騒ぐ中で、その張本人たる魔物は声援を受けたように順調にナナカの膝あたりまでを取り込んでいる。それに痛みはない。それが逆にナナカを恐怖に駆り立てる。


「ナナカ様! 大丈夫です! 危険はありません! こいつの弱点はお酒です。直ぐにご用意いたします!」


 しかし、そのメイドの言葉はナナカには希望にならない。


「いや、酒は残ってないぞ? 全部使っちまったからな」


 続くシェガードの言葉がナナカに悲しみの声を上げさせたからだ。

 確かに半時前なら、ここには大量の酒があった。だが、それは近くに活動を止めた大物の駆除に全て使ってしまっている。直ぐに用意出来る範囲には助けになる酒はない。他の方法を探るしかない。


 出来る事は少ない。とにかく無我夢中でスライムを自身の手で剥がそうとする。

 しかし――


(だめだ!)


 まるで少々抵抗のある水を掻き回しているような感覚だった。手が濡れるような感覚はあるものの掴める気がしない。気持ち悪い感触が手に残っただけだ。


 周りを確認する。

 満足に歩く事すら出来ない様子のカジルとシェガードには期待できない。自由に動ける状態なのはメイド達くらいだ。しかし希望の女神になるはずだった、その人間達はナナカを孤立させるには十分の姿を見せるのだった。


 彼女たちは確かに口では、こちらを心配する言葉を並べ続けている。ただし、そこに行動が伴わない。何か演劇でも観賞しているかのように他人事。救助よりも別の何かを待っているかのような様子だ。特にメルとサリナに関しては興奮しているかのように表情に赤みが差している。もしかすると救助が遅れる状況を楽しんでいるようにすら見える。嫌な予感しかしない。


 そんな人間たちの行動を嘲笑うかのようにスライムは浸食を進めている。もう太ももまでが支配下に置かれている。もはや周りを気にしている余裕が自身から奪われ行くのを止められない。


 粘々と皮膚の上を這いずるように蠢く感触は、ナナカの背筋をムカデが這い上がるように悪寒を脳に伝えている。この感触は風呂に大量に糸コンニャクを流し込み、全開でジャグジーを稼働させれば近い状態を味わえる事だろう。気になった人間は試してみるとよい。もちろん、それよってジャグジーから煙が出る事態になっても知った事ではない。とにかく今は動く糸コンニャクのくせに動くという状況がナナカを追い詰めていた。皮膚という皮膚から、そんな刺激を受ければ精神的に追い詰められていく。


「あうっ!」


 遂に攻撃側が足の付け根まで、その身を到達させていた。守備側は少しでも進行を遅らせるために手による抵抗を試みるが、やはり効果は得られない。流体物に人間の手が敵うわけがない。しかし、それで納得していられる状況ではない。足の付け根を超えれば、色んな意味で大変な事になる可能性がある。それは想像もしたくない世界に違いない。


「ひぃーっ! 何とか……何とかしてくれっ!」


「お嬢。慌てんな。そいつは殺傷能力はない。弱点は酒と生物の呼吸だ。顔までは来ないはずだ。マコトの奴が酒を取りに行ったから、もうしばらくの辛抱だ」


(呼吸……?)


 つまり通常の空気中では少ない何かが呼吸に含まれるからだろう。当然、生物が吐き出す二酸化炭素しか思いつかない。

 

 しかし、そんなやり取りを相手が待つ様子はない。攻撃側は大事なラインを超えてきた。そう、ついに腰までが蠢きの中に包まれていた。そこから生まれる感覚は足の時の比ではない。それはナナカに抵抗する気力すらも奪い取ろうとするかのような刺激。今、声を出そうとしても恐らくは言葉として意味を持たないものになるに違いない。そんな状況だからこそ、ナナカは自分が今から取る行動による未来を予測する余裕がなかった。


(息を――こいつに吹きかければ……?)


 既にヘソまで達していた相手から受ける刺激はナナカの限界を迎えようとしていた。こんなに人間はヘソに神経が集中していたのかと思うほどに、意識も集められていく。それは今までの刺激を遥かに超えた一撃である。


(だめだ! 早く反撃に移らないと!)


 残された精神力を振り絞るように息を吸い込む。恐らくは攻撃のチャンスは一度。それが成功しなければ次の攻撃を繰り出す気力はない――やるしかない。


「お嬢! 待て! それはだめだ!」


 シェガードが叫ぶ。

 しかし、それを聞き取る余裕はナナカには残されていなかった。だから止まる事無く、溜め込まれた空気を侵略者に対して吐き出す。


 ナナカ自身のそれは成功した。

 思惑通りに状況を変えた。

 口から送り出された風は攻撃側を守備側へと変更するだけの効果を発揮した。

 相手を間違いなく後退させたのだ。初めて効果のある抵抗が出来たのである。


「まずいですっ!」


 今度はハッキリと聞こえた。敵を最終ラインから引かせた事により、多少の余裕を取り戻したからこそ聞こえた声。


(ど……どういうことだ?)


 その答えは直ぐにナナカにも分かった。相手は二酸化炭素から隠れるために場所を探し始めたのだ。よりにもよってナナカの体で。


(あっ!)


 敵が引いたとはいえ、まだ下半身は覆われたままだ。その体の部分で隠れる場所は限られてくる。メイドの緊迫した声は、これを危惧したものだ。つまり、ナナカは先ほど以上に色々と危機に晒され始めた。


「くっ! 誰か酒は残っていねぇのか!?」


 シェガードの声に返ってくる声はない。やはり使い果たされているのだ。

 メイド達も流石の不味い状況に慌てはじめる。彼女達の白くなり始めた顔色が事態の緊急性を表している。


(これは色々と覚悟を決めなければ行けない時が来たか……)



 ガコ――――ン! 


 周辺の誰もが耳を塞ぐような重い爆音が空気を震わせる。それを合図にするかのように、空から雨と何かの破片辺りに降り注ぐ。勢いとしては雨というよりも滝と言った方が正しいかもしれない。


「何故、ここだけに雨が……?」


 メイドの1人が思わず口にする。

 そう、今日は雲1つない晴れ空だった。夜が降り始めたとはいえ、こんなに突然に雨が振る事なんてありえない。尚且つ、それは降って来ているのはナナカの上だけなのである。


 しかし、その雨は状況を一変させる。降り注いだ部分に居た、スライムの動きが鈍化する。それは生命体が、ただの物体に変わるようにナナカの肌を蹂躙していた感覚を薄めていく。


(どういう事なんだ?)


 空を見上げる。やはり何もない。――残っているのは酒の匂いだけだ。そう、音と共に降り注いだのは雨ではなく酒だという事だ。では、もう1つの破片の方は――?


「ナナカ姫! 間に合いましたか!?」


 それは突然現れた疲れ交じりの声。――勇者マコトだった。


「マコト……がやったのか?」

「はい。町で酒を入手したのですが運ぶよりも樽ごと投げてしまった方が早いと判断して、銀武装と遠心力を利用して、こちらへ飛ばしてしまいました。それをタイミングよく、ナナカ姫の頭上で銀武装を使い破砕してしまったわけです」


 聞くだけなら簡単だが実際に、それを実行出来るかというと容易なものではないだろう。しかし、その判断がなければナナカ自身は今頃どうなっていたかわからない。


「助かった……もう少しで色々と大事なものを失う所だったような気がする」


 現在も心は男の部分が強い。その状態で女性としての経験を魔物に実行されていたらと思うと、生きたまま海底に沈められたように息が詰まる思いだ。


 その魔物は活動は完全に止まっており、ねっとりとしたアルコール混じりの無機質となった液体が、ナナカの下半身を覆い濡らしている状態だ。動きがなくなったとはいえ、それでも十分に気持ちが悪い状態である事は間違いがない。だから、ナナカが「誰か、この粘々を何とかしてくれないか?」と口にするのは当然だといえた。


 しかし一番の敵が居なくなり、ナナカは安心しすぎていたのだ。だから先ほどまで魔物に対して声には出さなくても視線で応援していた彼女達の行為を忘れていた。そう――追撃は未だ残されていた。


「姫様! その残った粘々は消化を助ける効果がございましてっ、口にする事は美容に良いと言われておりますっ!」


「口にしても……???」


 直ぐに意味を変換できない。彼女達は何を言っているのかと疑問しか浮かばない。


「ではっ私達が実行して見せましょうっ!」


「実行……???」


(消化。実行。彼女たちは何を口にするというのだろうか?)


 しかし答えに辿り着く前に彼女達の行動は迅速だった。それは、まるで強敵に向かう戦士のようにナナカの元へと殺到する。その光景は標的になった者には命の危険さえ感じる恐怖。もしかすると恐怖心だけならバタースライムの時、いや、あの甲殻竜を初めて見た時ですら超えていたかもしれない。


「私が一番乗りですっ!」


 そう口にした1人目の彼女はナナカのヘソに残るスライムだったモノを指で掬い取ると、迷う事無く自身の口へと運び入れた。ヘソを刺激されたナナカが「あっ……」と漏れる声も無視して彼女は叫ぶ――


「姫様の味がするわっ!」


「「「「「「「本当っ!?」」」」」」」


 残りの7人の反応は完全に一致する。その反応はナナカに悪い予感だけを津波のように発生させた。


「ちょ……ちょっとまてっ!」


「汚れた姫様を綺麗にするのは私達メイドの――」


「「「「「「「お仕事ですっ!」」」」」」」


 ナナカは決断する。逃げるしかないと。

 大量の刺激に晒されて、生まれたばかりの子羊のように笑う膝の状況に鞭を打つようにして立ち上がる。「ここで立ち上がらなければ重大な傷を心に残す事になる」と脳が警報鳴らし続けている。立たねばならない。そして逃げるのだ。全速力で。


 しかし、そんな心と体の決断を無視して、ここまで戦場を一緒に走り回ってきた大事な物が、ナナカの元を去る事になった。それは――


「お、お嬢……動かないほうがいい」


 傭兵からの言葉が走り出そうとする、ナナカの体を止めた。

 意地悪で何を考えているか分からない時が多いが、この男の忠告は的確だ。問題がある時には頼りになるといっても良い。つまりは今動く事は危険である事を示している。


(何故!?)


 それは言葉に出すまでもなく、ナナカも体からの感覚で理解する事となる。足と足の間。つまり男性にとっても女性にとっても大事な部分が妙にスースーするのだ。最近、スカートにも慣れてきて不安感は減ってきているとはいえ、この解放感は行き過ぎている。


 そしてナナカの視界に1つの物体が認識される。三角形の各角位置に紐が3本付いた、上質な生地で出来た黒い見覚えのあるそれを。


(確か……今朝、メイドたちが勝負がなんとかと言いながら自分に履かせたもの?)


 それは戦場へ赴く女性の為に作られたものだと。この国では画期的だと言われた装備であると。三角形の角度を120度回転させる事で3日間使用可能と言われる「戦場式回転下着」――間違いなくナナカの装備品だったもの――


(俺は……俺は今履いていないのか!?)


 地が出てしまうほどの衝撃がナナカを襲う。


「あれはっ! 姫様の汗と香りが込められた勝負下着っ!」


「「「「「「「私が回収しなくてはっ!」」」」」」」


 先ほどの「美容に良い」などという話は忘れられたようにメイド達による、恐ろしい争奪戦が始まった。




 夜の訪れを知らせる冷たい風から守ってくれるはずの下着がない状況でナナカは思うのだった。そろそろ「メイド全員を入れ替えるべきじゃないのか」と――


 大地歴214年5月27日。太陽が台地から消えようとする時刻。

 ベルジュ防衛線と呼ばれる戦いは本当の終わりを迎えたのだった。

すごく悩んだチョイ話でした。内容的に色々とOK……だと良いのですが。ギリギリダメそうな気もします。(メイド達は完全にアウトかも)

いつもチョイ話は凄く苦労している気がしますが、良い感想を頂く事があるので頑張っています。でも流石に今回のは賛否が分かれそうかも。

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