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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
6章 平和に裏あり
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13 夢と現実に常識を

 現場でナナカは既に馬車から降り立っていた。

 今回の遠征に連れてきた人間は殆どが大工である。警護の人間も加えれば50人を軽く超える。

 もちろん、それだけでは今の自分の護衛としては十分とカジルを納得させる事は出来なかった。ここは『消光の森』であり、先日の魔物たちの発生源でもあるのだから仕方がない。


 しかし、あの戦いで専門家の重大さを多少は理解したつもりだ。

 そこでナナカが考えたのは狩人という存在。彼らを自分たちとは別に、この周辺で狩りを行わせている。ここで作業している間の食料の確保と危険を未然に刈り取る意味を含めて。そして代金は刈り取った物を直接、この場で買い取る事。輸送や傭兵を雇うより事を考えれば安く手軽。


 それでもカジルの縦に首を振らなかった。その為に強引に「魔物の討伐」という理由をつけて、勇者であるマコトに周辺での活動をお願いしている。狩人に手に負えない魔物でも彼女なら何とかしてくれると判断。これだけの条件を揃えて、カジルはようやく前を向いてくれた。


 ただし、実質的に狩人や、人同士の争いに手を出さない勇者が敵対者の妨げにはならない。そんな事はナナカもカジルも相手方もわかっているはずだ。

 しかし、人がそれだけ集まり周辺の動くモノの気配を伺っているというのは十分な抑止力となる。それを承知で足を踏み入れるような馬鹿は2流である。敵対者が数百人で襲ってこない限りは安心できる体制と言えた。


 そこまで気を使ったというのに、今起きている問題はナナカだけでなく、この周辺にいる全員を悩ませている。その問題とは――


「思った以上にひどい匂いだな……」

「こりゃ、屍だらけの戦場をも超えているかもしれねぇな」


 ナナカだけでなく、シェガードすらも鼻をつまむほどの悪臭である。それは、つまんだはずなのに口から入る空気でも匂ってきそうなほど。


「ナナカ様! こちらを!」


 慌ててハンカチをこちらの口元へと運んでくるメルも涙目だ。


「ありがとう。使わせてもらう」


 そんなもの程度で防げるとは思えないが多少の効果を期待して使用してみるが、やはりというべきか変わったようには感じられなかった。


「姫様が来るような場所ではありませんね……」


 いつもは隣に控えて、うるさい男も今日は口数が少ない。それだけの匂い。


 ちなみに被害を生み出しているのは油田である。

 泥と原油が混ざってしまう事により放たれる匂いだ。原油とは既にバクテリアにより分解されているもので、それ以上の分解が進む事はない。だが泥の方は菌により腐り続けるのだ。植物菌が活動するのに動物バクテリアが活動しない。それがヘドロ状の油が強力な匂いを放つ理由だろう。下手をすれば、この匂いだけで魔物も動物も近寄って来ない可能性すらありえた。


「予想を超える状況だな……」


 この状況をナナカは予想していなかったわけではない。ただ、目の前で湧き出る油は異常と言えるほどに泥が含まれていて、液体というよりも時間が経過すれば固形化してしまいそうな生のコンクリートに近い。つまりは油に泥が含まれているというよりも、泥に油が含まれていると言ったほうが正しい。それだけヘドロになる材料は揃っているという事だ。


「お嬢、本当にこの状況を何とかできるのか?」

「なんとかなるとは思う。しかし、ちょっと疑問なんだが本当に、こんなひどい匂いの物を市場に売りに出していたのか?」

「はい。この見た目と匂いの為、買いたたかれてしまい、この国どころか周辺国の中でも最も安い値になっております」


 匂いに気圧される事無く言葉を口にしたカジルだが、その顔は強張っている様に見える。


「仕方がないな。これじゃ油というより泥と言った方が正しい」


 しかし、これだけ状況が酷ければ大きな技術導入するまでもなく、改善を図る事は出来そうである。手間自体は大きなものになるとしても。


「それじゃあ、作業にかかるとしよう。大工達を2グループに分けてくれるか?」


 そこからナナカが指示したのは、馬小屋程度の広さに分けられた池ようなものを正方形状に九面作らせる事と、もう1つはその池の屋根。

 指示に従いながらも大工達は何を作らせるつもりなのかと頭を傾げる者が多かった。7歳の子供が考える事なのだから意味のあるものではないのかもしれないと。




 そして――ナナカの意図するものは外部の邪魔が多少はあったものの、3日間の工程を得て完成にたどり着いた。


「お嬢、これで完成は……したのか?」

「ふむ。あとは実験あるのみだな」


 大丈夫だとは思っているが自信はない。ナナカの持つ、多少の知識が正しいかどうかはこれから分かる。


「第一の門を開けてくれ!」


 指示に従い開けられた水門から1つの池へと泥油が流れ込む。匂いには3日間で慣れてしまったものの、そのヘドロ状態を見ただけで匂いが復活してきそうだった。


「よし。第二の門を開けろ!」


 次に流れ込んできたのは油と混ざり合うはずのない、ただの水。それは黒い物体に圧し掛かるようにして池の中へと流れ込む。


「姫様……油と水を混ぜてしまっては、もう売り物にならないのではないですか?」

「まあ、見ていろ。まだまだこれからだ。さー、中をかき混ぜてやれ!」


 当初、通達してあった通りに何人かの大工が素足で池の中を混ぜるように歩く。今は実験段階の為、大工たちにやらせるが、いずれは作業に適した動物を使うべきだとは思う。もちろん成功してからの話だが。


 本来ならば水と油を混ぜるなどあり得ない行為。使い物にならないと嘆くカジルを横目に作業は続いた。

 そこに反応が現れたのはしばらくしてから。大工達の足取りが軽くなっているように見られる。当人達は何かの変化に気づいているはずだ。


「どうだ、泥が底に沈んだんじゃないか?」

「は、はい。姫様。泥は沈んで上部はほとんど水だけになったようです」

「いや違う。たぶん上部が油のはずだ」

「「「えっ?」」」


 大工達とカジルから「姫様は何を言っているんだ」と疑いの目が集中する。


「ああ、もちろん完全に分離は終わっていない。しばらく時間を置けば私のいう状態に近づくはずだ」

「お嬢、どういうことだ? どう見たって上部は液体だろ? じゃあ水じゃないのか?」


(やはり、この世界の人間は理解していない)


 油と泥が混ざっていた事により浮くとは行かなくても沈みにくい状況だったはずだ。それが分離させられた事が出来れば――


「泥に油が含まれているなら泥から油を絞りだせばいいんだ。その役目を水にやらせた。少しでも早くそれを進めるために大工達に掻き混ぜさせたんだ」

「なんだか分からんが、そんな知識をどこで手に入れたんだよ、お嬢は」

「そんなものは常識だろうが」


 この世界では常識じゃないだろう。

 しかし、人は相手から常識と断言されてしまうと自分が知識不足だと思ってしまう。大工も同じだったようで恥ずかしそうな姿を見せる。王族とはいえ、知識で7歳に負けてしまったと。シェガードとカジルも同じだったかもしれないが表情から心が読み取れない。


「料理の時に出る灰汁と同じですね!? 姫様!」


 背後からのメルの言葉は微妙に違う気もするが、そちらの知識はない為に否定できない。とりあえずは「そんなところだ」と答えておくにだけにした。


「しばらく時間を置いたら、第3の門を開けて隣の池に液体だけを流せ。そして、また時間を置いて、その上部だけを更に隣に流せば水とも分離できて、かなりの綺麗な油が取り出せるはずだ」


 3層構造の沈殿式分離。9面あるのはそれを3カ所で行う。沈下と分離の時間の無駄を少なくするためにだ。そして屋根は雨を防ぐための物。


「なんと……本当に泥が分離出来ているなら、それだけで十分にすごいと言えます。しかも無駄を無くす為に3カ所で行えるようにするとは恐れ入りました」

「常に湧き出てくる油を止めておくのは難しいだろう。止めずに分離作業を続けるにはそれしかなかったからな。これで少しは財政難を解決できそうか?」


 カジルからは「もちろんです」と力強い返答が返ってきた。

 どうやら、こちらの思っていた以上に油の値段を高騰させる事に成功しそうだ。

 しかし、久々の明るい話題を作り出せたと満足したナナカは、この時は気づいていなかったのだ。この3日間は着替える事は無駄と汚れるに任せていた自身の姿が、どれだけ油に塗れているのかを。

 それにより忘れかけていた儀式の時間が迫りつつある事を。

 だから後ろでメルの目が輝いていた事を見逃していた。



 そして――全ての作業が済み、帰路に就く馬車の中から夕暮れの空に天使の絶叫が今日も響いた。

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